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昇平

Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

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星の王子さまアレコレ その6

星の王子さまアレコレ その6
(その5からのつづき)

アルコール(酒)は、現在までの社会においては、飲みすぎには注意する必要があるが、 “れっきとした嗜好品”であるというのが一般的な“常識”となっています。実際、多くの人が、「酒を飲むと安堵感や喜びが得られる」と思いながら、たまには飲みすぎることもあるかもしれないが、基本的には自分の意志で好きな時に酒を飲んでいる、すなわち、酒をコントロールしていると思っています。

けれども、真実は、アルコール(酒)も強力な依存性薬物であることは科学的な“常識“なのです。つまり、スモーカーがニコチンに依存しているのと同じように、ドリンカーはみんなアルコールに依存しているのです。アルコールに依存しているからアルコールを飲むのです

タバコについて前回書いたことはそっくり酒にも当てはまります。たとえば、ドリンカーは酒をコントロールできていません。こう言うと、「そんなことはない! 自分は自分の意志で好きな時に酒を飲んでいる」という人がたくさんいます。

でも、それはまだ依存症の初期だからです。アルコールはニコチンに比べて、一般的に依存の進行がかなり遅いのです。タバコもそうですが、依存症の初期においては、みんな自分でコントロールしながら薬物を摂取していると思っています。でも、依存性薬物の怖さはまさにそこにあるのです。依存性薬物は摂取者に自分でコントロールできていると思わせながら、摂取者を薬物依存の深みに引きずり込んでいくのです。ということは、摂取者が自分はコントロールできていると思うことぐるみ、すでに依存性薬物にコントロールされているということです。

スモーカーやドリンカーは決してタバコや酒から喜びを得ているのではありません。真実は、タバコやアルコールを摂取するたびに、前に摂取したタバコや酒自体が引き起こした不快感を部分的かつ一時的に解消してホッとする感覚を真の喜びであると錯覚し、繰り返しタバコやアルコールを摂取しているにすぎません。ですから、この連鎖は、きっぱりやめないかぎり、どこまでも続いていくのです。

サンテグジュペリはその真実を「酒を飲む恥ずかしさを忘れるために酒を飲むのだ」と、ある意味では、滑稽でユーモラスに表現しています。しかし、この呑み助が自分だったとしたらどうでしょうか? 決して「滑稽でユーモラスだ」などと言えないのではないでしょうか? まさに悲惨で哀れな状況であると思いませんか? 自分はタバコも酒もやらない、あるいは、ちょっと嗜む程度だから大丈夫と思っていても、この社会にはタバコや酒のワナに陥って苦しんでいる人がたくさんいます。

「それは自己責任だ」という人もいますが、それこそ自らの無知を暴露した暴言です。タバコや酒は強力な依存性薬物であるにも関わらず、堂々と合法的に広く販売されていることこそが問題なのであって、スモーカーやドリンカーはその犠牲者なのです。

タバコや酒は氷山の一角にすぎません。この社会では、いろいろな分野において、実に巧妙・狡猾な仕掛けによって人を苦しめ搾取することが公然と行われていることをしっかり見抜く眼を持ちたいものです。





星の王子さまアレコレ その5

星の王子さまアレコレ その5

星の王子さまが三番目に訪れた小さな星には呑み助が一人で住んでいました。

呑み助はテーブルの上に空になった瓶と酒がいっぱい入った瓶を何本も並べて黙って座っていました。

「君はそこで何をしているの?」王子さまが尋ねました。
「酒を飲んでいるんだよ」 呑み助が今にも泣きそうな顔をしながら答えました。
「なぜお酒なんか飲むの?」王子さまがまた尋ねました。
「忘れたいからさ」呑み助が答えました。
「何を忘れたいの?」気の毒そうに王子さまが尋ねました。
「恥ずかしさを忘れるためさ」うつむきながら呑み助が打ち明けました。
「何が恥ずかしいの?」呑み助を元気づけようと王子さまが尋ねました。
「自分が酒を飲むのが恥ずかしいんだよ」そう言って、呑み助は黙りこくってしまいました。

王子さまは当惑しながら、その星を離れました。そして、旅を続けながら、「大人ってホントに変なの!」と何度もつぶやくのでした。

*****

この話を滑稽でユーモラスな話であると受け取った方もいるかもしれませんね。でも、本当は実に哀しい話なのです。

僕が哀しいというのは、この話は決してこの呑み助の個人的な心境だけに留まるものではないからです。この話は依存症というもののカラクリを鋭く見抜き実に簡潔かつ巧みに表現しているだけでなく、私たちが生きている社会全体の在り方を鋭く風刺しているからです。その意味で、サンテクジュペリは本当にすごい人だったんだなとあらためて思います。

スモーカーの多くは「タバコを吸うと安堵感や喜びが得られる」と思っています。そして、自分は自分の意志で好きな時にタバコを吸っている。すなわち、タバコをコントロールしていると思っています。

けれども、スモーカーは決してタバコから安堵感や喜びなどを得ていません。真実は、タバコを摂取するたびに、前に摂取したタバコ自体が引き起こした不快感を部分的かつ一時的に解消してホッとする感覚を安堵感や真の喜びであると錯覚し、その錯覚に惹かれて繰り返しタバコを摂取しているにすぎません。この負の連鎖はきっぱりやめない限り延々と続いていきます。

スモーカーはしばらくタバコを吸えない状況にあると、「タバコをどうしても吸いたい! 吸わずにはいられない」という渇望感を強く感じます。この渇望感はタバコを吸えないからなのではありません。前に吸ったタバコがこの渇望感を引き起こしているのです! 

簡単に言えば、スモーカーがタバコを吸いたいと思うのはタバコを吸ったせいなのです!

このように、スモーカーは自分の意志でタバコを吸っているのではありません。吸わされているのです! つまり、スモーカーはタバコをコントロールしているのではなく、タバコがスモーカーをコントロールしているのです。

タバコは嗜好品なんかではありません。れっきとした?強力な依存性薬物なのです。タバコを吸う人はそういう新しい眼で、自分自身の喫煙生活のいろいろな場面における自分の心境や感じ方を丁寧見直してみれば、僕が言っていることこそが真実であることが分かるはずです。

(つづく)





星の王子さまアレコレ その4

星の王子さまアレコレ その4

星の王子さまが訪ねた二番目の星には“うぬぼれ屋”が一人で住んでいました。

うぬぼれ屋は王子さまがやってくるのを見るなり、「やあ、俺に感心している人間がやってきたぞ」と叫びました。彼の眼には誰でも彼に感心しているように見えるのです。

王子さまは「こんにちは」と挨拶をすると、うぬぼれ屋に尋ねます。
「どうして変わった帽子をかぶっているの?」

「人が拍手してくれた時に挨拶をするためだよ。でも、残念なことに、ここは人が通らないんだ。そうだ、君、拍手をしなさい。両手でパチパチと。」うぬぼれ屋が言います。

王子さまはパチパチと拍手しました。すると、うぬぼれ屋は帽子を脱いで丁寧に挨拶をしました。

これは面白いと思って、また王子さまが拍手をすると、うぬぼれ屋は再び帽子を脱いで丁寧に挨拶しました。でも、5分間ぐらい何回も同じことを繰り返していると王子さまはあまりに単調なので退屈して拍手をやめてしまいました。

すると、うぬぼれ屋が王子さまに尋ねます。「君は私のことを本当に感心しているかい?」

「感心するってどういうこと?」王子さまが尋ねます。

「私に感心するというのは、この星で私が一番美しくて、一番りっぱな服を着ていて、一番金持ちで、一番頭がいいということを認めることだよ。」うぬぼれ屋が答えます。

王子さまが言います。「でも、この星にはあなたの他には誰もいないじゃないですか!」

うぬぼれ屋が言います。「とにかく、私を喜ばせてくれよ。」

王子さまはしかたなく「あなたに感心します」と言いましたが、「こんなことがどうして面白いのかな?」と不思議に思いながら、再び旅立ちます。

「大人って絶対に変だよ」と何回もつぶやきながら、王子さまは旅を続けるのでした。

*****
この話も大人の世界の醜さと滑稽さの一面を如実に表現しているのではないでしょうか?
よりはっきり言えば、大人の世界はほとんどすべて存在の真実に対する誤解の上に組み立てられているのです。

この話の中心テーマは、優劣観念は間違っているということです。真実はこの世界には優劣など存在しません。ところが、現実の大人の世界ではこの話のうぬぼれ屋は決して例外的な存在ではありません。ほとんどの大人はこのうぬぼれ屋のようにそれぞれの基準による優劣観を持ち、人との比較によって自分自身の価値が決まると思いながら生きています。

この優劣観はもともとバラバラ観に深く根差していますが、逆に、優劣観はバラバラ観を助長し人と人の分断を強めます。

王子さまが言った「でも、この星にはあなたの他には誰もいないじゃないですか!」という言葉はただ面白がって受け止める言葉ではありません。作者サンテグジュペリが、この王子さまの言葉によって読者に伝えたい真意は、そもそも優劣観というものは人と人、人と自分自身の存在価値を比較するという愚かしさ(間違い)から出てくるということだと僕は思うのです。

優劣観念が完全に脱落しないと、優劣を競い合うことだけが自分がこの社会で生きる本音の目的となってしまうので、人は本当に自由で、どこまでもみんなと仲良く生きていくことはできません。

(つづく)




星の王子さまアレコレ その3

星の王子さまアレコレ その3
(その2のつづき)

王子さまは王様に「それで、僕の夕日はどうなるの?」と尋ねます。

王様は答えます。「もちろん夕日を見ることが出来る。わしがそのように命令するのだから。でも、ちょっと待ちなさい。何でも条件が整うまで待つというのがわしの統治のコツなのじゃ。」

王子さまが尋ねます。「条件が整うって、いつ?」

すると、王様は分厚い暦の本を調べて答えます。「う~んと、それは今日の夕方の7時40分じゃ。その時になれば、わしの命令がいかにちゃんと従われるかがお前にわかるであろう。」

王子さまは急に興味がなくなり、再び旅に出ようとします。

すると、王様が「待ちなさい。お前を法務大臣に任命しよう。」と言います。

王子さまは尋ねます。「でも、法務大臣って言ったって、一体誰を裁くの? この小さな星には他に誰もいないじゃないですか」

王様は答えます。「この星のどこかで時々ゴソゴソと音がする。きっと年取ったネズミがいるはずだから、それを裁けばよいだろう。」

それに対して、王子さまは答えます。「僕は他の者を裁くのなんかイヤです。」

すると王様が言います。「では、自分自身を裁けばよいだろう。それが一番難しいのだ。他の者を裁くよりもずっと難しい。自分自身をきちんと裁くことが出来たら、お前は本当の賢者になるであろう。」

*** この部分はまったく王様の言う通りです。私たちは他の人のことはしょっちゅうアレコレと厳しく批判する傾向があるのではないでしょうか。そのくせ、自分自身のこととなるとどこまでも甘いのです。

このような心境の根底に一体何があるのでしょうか? それは、結局、どこまでも身びいきで、自分さえよければというバラバラ観・ケチな根性の極致ではないでしょうか?

他人事ではないのです。このブログを書きながら、あらためて、僕自身大いに心しなければならないと感じています。

ところが、反対に、病的なほど自分のことばかり責めている人もいます。これも大きな問題なのです。実は、注意深くその深層心理を洞察してみると、何と!実は、それは自分自身を責めることによって、逆に、自分自身の心の安定を得ようとする、じつに、むなしい努力の姿なのです。

しかしながら、こういう心理もバラバラ観から生じていることが分かります。要するに、自分と他人の違いを意識しすぎて、それだからこそ、自分自身を大切にしようという過剰な思い、つまり、ケチな根性がそのような心理を生み出しているのだと推察されるのです。

でも、そこから脱却するには、自然全人みな一体という存在の真実に気がついて、そのままの不生でいればよいのです。


ついに、王子さまは、王様が「待ちなさい」と止めるのを振り切って旅に飛び立ちます。

その姿を見た王様が急いで大声で叫びます。「お前をわしの大使に任命する!」

星空の旅をつづけながら、王子さまは自分自身に何回も何回もつぶやきます。

「大人って、本当に奇妙だなあ!」

*** 大人も昔はみんな子どもだったのです。その時は、みんな素直で無邪気な子どもでした。もともと不生で生きていたのです。だから、大人になっても不生で生きることは簡単なのです。





星の王子さまアレコレ その2

星の王子さまアレコレ その2

星の王子さまの住んでいた星は小惑星がたくさん散らばっている宇宙空間の中にありました。大きさは小さな家くらいのほんとに小さな星です。その小さな星には、王子さまの家と、かまどとして使っている小さな2つの活火山と、テーブル代わりに使っている1つの休火山と、わずかな草と、目に見えない草の小さな種と、花びらが一重のちいさな数本の花と数匹の毛虫がいるだけでした。

ある時、どこからか種が飛んできたのでしょう、小さな芽が出てきました。その芽は見る見るうちに成長し小さな木になりました。そして、やがて美しい花をつけ始め、ある朝いくつもの花びらをつけた美しい花が開きました。

でも、その花の虚栄心が強すぎたためか、王子さまは何となくその花と気まずくなってしまい、ついには星空の旅に出かけたのです。それはいろいろな星を訪問して、仕事を見つけて、自分自身を成長させたいと思ったからです。

王子さまが最初に尋ねたのは一人の王様が住んでいるだけの小さな小さな星でした。この王様にとっては王子さまも含めてすべての人間は家来でした。王様は王子さまに言います。

家来はあくび一つするにも勝手にやってはいけない。わしに質問するにもかならず。まずわしに許可を求め、それからわしが「質問せよ」と命令してはじめて質問できるのだ。要するに、家来はすべてわしの命令に従わなければならないのだ。なぜなら、わしはこの世界のすべてを支配しているからだ。この世界のすべてはわしの命令通りに動いている。わしは絶対の支配者なのだから。

王子さまは「すごい!」と感心しました。そして、「では、夕日を見せてください。できますか?」と王様に尋ねます。

王様は「もちろん、できるに決まっている。この世界のすべてはわしの命令通りに動いているのだから。ただ、今はちょっとまずい」と答えます。

星の王子さまは不思議に思って尋ねます。「どうしてですか? 王様は何でも命令通りにできるのでしょう?」

王様は「その通りだ」と答えます。そして、問いかけます。「もし、わしが人間にチョウチョウみたいに花から花へと飛び回れとか、海の鳥になれと命令したとする。その人間が命令通りにしなかったとしたら、その人間とわしのどちらが間違っているのだろうか?」

王子さまは「それは王様でしょう」ときっぱりと答えました。

王様は答えます。「その通り。人にはその人のできることを要求しなければならない。権力は道理の上になければならない。わしは道理にかなうことだけを命令する。だからこそ、わしはみんなを命令に服従させる権利があるのである。」

*** 王様の言うことは、ちょっと考えると変な感じもあるかもしれませんが、よくよく考えてみると、なかなか道理にかなっていると思いませんか?

この社会は、王様に限らず権力を握っている人たちが、道理に外れたことを人々に命令したり強要して、実に不安定な社会となっています。

王様は「権力者が道理に外れたことをすれば革命が起きてしまう」と言っています。その通りです。私たちは今こそ本当に道理・存在の真実に沿った社会を平和的に創造していかなければならないのです。

(つづく)





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