プロフィール

昇平

Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

最新記事

カテゴリ

最新コメント

月別アーカイブ

最新トラックバック

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム

今滞在されている皆さんの数

現在の閲覧者数:

これまで訪問された皆さんの数

すべてOK

すべてOK

8か月ほど前に手の指先の皮膚が荒れて湿疹ができ、ささくれたりするようになりました。

ネットで調べると、皮膚科の病院に行っても、大概、ステロイド軟膏と保湿用薬用クリームを塗りなさいと言われるだけで、それらを塗っても一時的に症状が軽くなっても、塗らなくなると、また症状がぶり返して、いつまでも治らないことが多いとのことでした。

それで、とりあえず、日に何回か市販の自然系保湿クリームを塗っていました。でも、症状はかゆみと痛みを伴ってますますひどくなっていきました。

そのうちに、気が付くと、両手の指の指紋が全部消えてしまっていたのです。

僕は生まれてからずっと、指紋があるのは当たり前ではあっても、「指紋が何の役に立つのか?」などとも考えたこともありませんでした。

ところが、このような状況になって初めて指紋のハタラキとその重要性が身をもって分かったのです。

とにかく、指がひどく乾燥しているので、iPADのタッチパネルを指先で触っても何の変化もなく、物を摘まもうとしてもツルッと滑り落ちてしまうことがたびたびです。

そうしている内に、突然気が付いたのです。

「今は乾燥が必要なのだ。それに逆らって保湿するから、必要上よけいに乾燥するのだ。乾燥しても、そのまま何もせず放っておけば、時期が来ればもはや乾燥する必要がなくなって、自然に皮膚が潤って、元の状態に回復する違いない。

体のすべての部分は表面的に悪化したように見えるときも含めて、その時点時点で、一生懸命に最善を尽くして完璧に働いているのだ。だから、そもそも体の働きには何の問題もなかったのだ。

いつまでたっても以前の普通の状態に戻らなかったのは保湿クリームが本来体に備わっている皮膚を再生する自然の働きの”流れ“を妨げているからに違いない。とにかく症状を出し切ってしまえばよいのだ」と。

そのとき以来、保湿クリームを塗るのをきっぱりやめました。

そうしたら、見かけ上改善に向かっているような症状と見かけ上悪化しているような症状を何度も何度も繰り返しながら、全体としては明らかに回復に向かって進みはじめたのです。

その働きは実に微妙、かつ、精巧で、驚嘆する日々が続いています。

最近では、ちょっと目にはほとんど何も問題がないかのように見えるほど回復してきました。

そして、何と! 今日気が付いたのですが、小指の指紋がふたたび再生され始めていたのです。

後は時間の問題で、ただただ体の自然にすべてを任せていくだけです。

「体はどんな状況でも最善のやり方で全力を尽くして完璧に働いている。だから、何もしないことが究極の治療法だ」とあらためて気付いて以来、その日その日の症状の変化に一喜一憂することなく、どんな症状が出ている時でも、そのすべてを喜んで受け入れ、経過を楽しんで見守ることができるようになりました。

おかげさまで、この体験を通して、あらためてこの世界の本質を再確認し生きることの原点に戻ることができました。。

ただただ自然にすべてを任せてどこまでも安心して生きて行けばよいのです。

What a wonderful world !






←クリックで応援よろしくお願いします
人気ブログランキングへ

痛み止めの薬は効かない

痛み止めの薬は効かない

頭が痛いとき、痛み止めの薬を飲むと、たしかに、痛みは解消します。

でも、それで本当に痛み止めの薬が効いたと言えるでしょうか?

“痛み“という症状は、頭の中に「何か異常があるよ。気をつけて!」という警報シグナルであり、また、自然治癒力がその異常な箇所に集中するように注意を引き付ける作用であり、同時に、痛みそのものが自然治癒力の表れであると考えられます。

ということは、もし、頭が痛いとき、痛み止めの薬を飲んで、痛みが消えたときに、「これで頭の異常はなくなった。問題はすべて解決した」と考えるとすれば、それは室内で火事が発生して盛んに燃えているときに、廊下で音が鳴り響いている火災警報器のスイッチを消して、警報機の音が止んだから、室内の火災は鎮火した。問題はすべて解決した」と言っているようなものです。

痛み止めの薬で“痛み“の感覚を感じさせないようにしても、痛みが生じた根本の原因が解消して、問題の根本が解決したわけではありません。

必要なことは痛みの症状ではなく、痛みの生じる根本原因を探り当て、その根本原因を取り除くことです。

これは頭の痛みだけでなく、その他の身体的な症状について言えることです。

薬で痛みを感じさせないようにすれば、身体にもともと備わっている免疫系統を中心とする自然健康維持機能が働かなくなったり乱れてしまいます。これは身体にとって大きな障害となります。

なぜなら、自然健康維持機能は私たち人間が何千万年、何億年という進化の過程で獲得した能力であり、私たちが健康に生きていくためにはもっとも重要な機能だからです。

その他のことでも基本的には同じです。たとえば、一般的にストレスは悪いものと考えられがちですが、これは「今のままではマズイよ。気をつけて!」という警報シグナルであり、私たちがより生存しやすいように進化の過程で獲得した重要な機能です。

ですから、ストレスを感じているときに、お酒や精神安定剤などを飲んで感覚を麻痺させて、ストレスを感じなくさせたとしても、ストレスの根本原因が取り除かれないかぎり、ストレスが解消したわけではないのです。

ですから、お酒や薬が切れてくれば、再びストレスを感じ、再びお酒や薬に頼ることになってしまいます。

このように神経系統や感覚を直接いじることを頻繁に繰り返していれば、いずれ身体の自然健康維持機能が大きくダメージを受けてしまいます。

お酒やタバコや精神安定剤を含めて、対症療法では私たちの病気や身体的な異常を治すことはできません。対症療法に頼れば頼るほど、根本的に解決することが難しくなってしまいます。

それは私たちの身体のことだけでなく、その他の個人的あるいは社会的な諸問題の解決についてもまったく同じです。

混迷する現代において、いまこそ“人間個人の自然“、そして、”人間社会の自然“を見直し、それを絶対的に信頼することが重要であると思います。





←クリックで応援よろしくお願いします

人気ブログランキングへ

上昇気流に乗って  その4

上昇気流に乗って  その4

上昇気流に乗り、その流れに任せて生きていくと、仕事や健康、家族を含めた周囲との人間関係など、いろいろなことが好転し始め、それはますます活発になって行きます。

その動きは周りの人々にも影響を与え、家族や周りの人々の問題もよりよい方向に向き始めます。

それによって、自分自身の生き方もますます軽やかになっていきます。

そして、それがまた周囲の人々により良い影響を与えるようになります。

こうして、自分自身だけでなく、周囲の人々も変り、互いに良い影響を与え合い、その動きはスパイラル的に上昇していくのです。

この動きは自分自身と周囲の人々だけでなく、少しずつ社会全体に広がっていくでしょう。

ですから、大切なことは自分がまず上昇気流に乗ることです。

では、どうしたら上昇気流に乗ることができるのでしょうか?

それは前にも書きましたように、こころを全開にしてまごころ丸出しで生きることです。

自我は「自分は他と切り離された存在だ」と思っていますので、どんな時でもその小さな自分を守ろうとします。

自我から出てくる思いはどこまでもケチなのです。

でも、それは存在の真実ではありません。

真実の自己は「出会うものすべてわが“いのち“」なのです。

他と切り離された自分などというのはまさに妄想の産物であり、そのちっぽけな“自分“にどこまでも固執して、ケチな根性に引きずられながら生きていくことほど愚かなことはありません。

ですから、上昇気流に乗るためには、存在の真実をはっきりと明らめて覚悟することが絶対的に必要です。

そして、ケチな根性に捉われないで、こころの翼(つばさ)を一杯に広げて生きていると、気がつくといつの間にか上昇気流に乗っている自分自身に気付くことができるでしょう。

こうして、自分だけでなく周りの状況もしだいに上向いて行きます。

繰り返しますが、まず自分が真実の自己を自覚することがすべての”よいこと”の始まりです。

真実の自己を自覚すると、身もこころも軽くなります。

そして、何の気負いもなく、生き方が軽やかで爽やかで活発になっていきます。

周りの人々との関係や周囲もしだいになごやかなものになっていきます。

このようにして、自分だけでなく周囲の状況も好転していきますので、生きることがますます楽しくなっていきます。

まさに「日日是好日」の真実がこの世界に日々より大きく顕現していきます。

世の中には、何かの修行をして、「自分は悟った」という方もいらっしゃいますが、もし、それでも上に書いてきたようなことが、自然に起こってこないとすれば、「その悟りとやらいうものは本物ではない」と僕は断言したいのです。

たとえそれで自分の気分がよくなったとしても、それだけであれば、何の意味もありません。

本当の悟りとは、間違ったすべての観念が完全に脱落し、ただひたすら“いのち“のハタラキに任せて、生きていくその生き様そのものだからです。







←クリックで応援よろしくお願いします

人気ブログランキングへ

上昇気流に乗って  その3

上昇気流に乗って  その3

私たちが生きていくなかでの思いや行いや経験は死んでも何一つなくなるものはありません。

それらはすべて私たちのいろいろな評価を超えて、この世界の進化に寄与していくのです。

何が起ころうとすべてはいずれ到達すべきところに到達するのです。

何一つムダになるものはありません。

ですから、私たちは、根底においては、大安心して生きていればよいのです。

そうはではあるのですが、私たちが生きていくなかでの思いや行いや経験には楽しいと感じるものもあれば、苦しいと感じるものがあります。


たとえば、アネハヅルがヒマヤラを通過して南インドに抜けるルートは大きく分けて2つあります。

一つはうまく上昇気流を捉えて、それに乗り上昇してヒマヤラの山々を越えて行くルート(A)です。

もう一つはうまく上昇気流を捉えられない場合に、山と山の間の谷などの低いところをすり抜けて行くルート(B)です。

どちらのルートでも目的地に到着することはできますが、この2つのルートを比べると、ルートBのほうが楽なように思われるかもしれませんね。

でも、実は、ルートBは低いところを長い距離ずっと自力でバタバタ羽ばたきしながら跳ばなければならないのでとても大変なのです。

それに対して、ルートAは上昇気流を捉えるまでは大変なこともあるかもしれません。

けれども、いったん上昇気流に乗ることができれば、羽を大きく広げ、すべてを気流に任せれば、自分であくせく頑張らなくても、自動的に山々を越えることができます。


そして、その後も風に乗り悠然と滑空して長距離を跳んでいくことができるのです。

ルートAとルートBのどちらが楽かということは明らかです。

アネハヅルはどうしてもルートA(楽な道)に乗れないときにのみルートB(苦しい道)を取っているようです。

では、私たち人間はどうでしょうか?

一般的言えば、私たちは「この人生には苦労がつきものだ」と思っているのではないでしょうか。

そして、少しでも苦から逃れて楽に生きられるようにと、あれこれ努力しながら生きていかなければならない、というのが私たちの人生の姿と言えるのではないでしょうか。

この生き方はルートはBしかないと思ってルートBに乗って生きているということです。

これは大変損な生き方です。

なぜなら、ルートBは妄想によって作り出されたものだからです。

というのは、この世界には明らかにもう一つの道、というか、“いのち“本来の道、あるいは、真実の道が厳然として存在しているからです。

ルートA、つまり、上昇気流をに乗ることができれば、私たちはこの人生をどこまでも楽にスムーズに生きていけるのです。

そのためには、羽を大きく広げ、“いのち“の風を感じて、それにすべてを任せればよいのです。

そうすれば、あなたはいつの間にか一切の苦もなく、どこまでも高く遠く飛翔している自分に気がつくでしょう。

上昇気流は“いまここ”に誰の目の前にもあります。











←クリックで応援よろしくお願いします

人気ブログランキングへ


上昇気流に乗って  その2

上昇気流に乗って  その2

上昇気流に乗る秘訣は「こころを全開にして生きる」ということです。

さらに具体的に言えば、「こころを全開にして、まごころ丸出しで生きる」ということです。


それは別の言い方をすれば、「すべてをこの世界の本質であり自己の本質である“いのち“のハタラキに任せて生きる」ということです。

私たちの身体は全体としても、また、身体を構成するすべての要素もつねに自らの不調や不具合を整え、すべてがたえず集合離散、循環を繰り返しながら調和と健康を維持しようと働いています。

大自然も大宇宙も同じです。

この世界では、すべてが集合離散、循環しながら調和を維持しています。

そのなかで、私たち人間がアタマの思いに基づいて作り出したこの世界はいろいろな不具合や問題点が生じています。

けれども、そのなかに、すべてを調和させようとする大きな力がつねにハタライています。

そして、この世界に起こっていることはすべてそのゴールに向かっているのです。

別の言い方をすれば、この世界はそのゴールに向かって進化しているのです。

そういう意味で、僕はこの“いのち“の世界を全面的に信頼して、根本のところでは大安心して生きています。

でも、それだけでは不十分なのです。

実は、人間が関わって生じたいろいろな不具合や不調和も、実は、そのゴールに向かって起きている進化の流れの一こま一こまとして必然的に起こっています。

ではあるのですが、現実の世界には多くの人々がいろいろな問題で苦しんでいることは事実です。

すべての人ができるだけ早くそれらの苦しみから脱却して幸福で平和に生きられるように私たちはこころがけて生きていかなければならないと思います。

お釈迦様はある時「生きることは苦である」と深く感じて、苦から脱却する道を求めて出家されました。

そして、いろいろな苦労の末に苦から脱却(解脱)し、その道を多くの人々に伝えられたそうです。

そのことがどういうことかよくは分かりませんが、僕も苦から脱却する道はたしかにあると確信しているのです。

そのためは、「もともと生きることは苦ではない」ということに気がつくことです。

たしかに、人間の妄想で作り出したこの世界はいろいろな苦に満ち溢れています。

でも、本来、この世界は“いのち“の世界であり、そこにはすべてを生かし調和させるようとする大きな力がハタライています。

いや、その力こそ“いのち“なのです。

“いのち“のハタラキ(力)を全面的に信頼し、それにすべてを任せて生きる、そのとき、自分のこころが全開になり、まごころ丸出しで生きて生くことができます。

自己の本質、そして、世界の本質は“いのち“であるからこそ、そのハタラキにすべてを任せることによって、すべてがスムーズに好転していくのは当然です。

これが僕の言う「上昇気流に乗る」ということです。

そして、“いのち“のハタラキを全面信頼するするときに、私たちのアタマも正しく本当に有効に機能するのです。







←クリックで応援よろしくお願いします

人気ブログランキングへ

| ホーム |


 ホーム  » 次のページ