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Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

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タバコは15分で楽しくやめられる

タバコは15分で楽しくやめられる

この文章はスモーカーはもちろん、ノンスモーカーにも読んでいただければ目からウロコの事実にびっくりされるでしょう。
そして、この文章を読み終わったときには、スモーカーはだれでも楽しくタバコをやめているでしょう!


スモーカーはタバコを吸うと安堵感や充実感などが得られると思っています。安堵感や充実感は人が幸せに生きるためにもっとも必要なものです。ですから、喫煙は健康に悪いとか、金がかかるとか、反社会的な習慣だからやめたほうがよいとアタマでは思っても、結局、本音の吸いたい気持ちに負けてしまって、なかなかやめられないのです。

スモーカーはなぜタバコを吸いたくなるのでしょうか? 
それは二つの錯覚(思い込)が原因です。その錯覚に気づくことができれば、バカバカしくなって、吸いたい気持ちが消えてしまって、二度と吸いたいと思うことはありません。ですから、その錯覚に気づき、吸いたい気持ちがなくなった時点で、きっぱり「タバコはやめた!」と自分に宣言し、やめたことを認識すれば、それが幸せなノンスモーカーライフの始まりです。何の努力もガマンも必要はありません。

では、その二つの錯覚とは何でしょうか?
次の「タバコからアセチルコリンへ」というタバコ図を参照しながら、その下の説明を読んでください。

ニコチンからアセチルコリンへ



私たちの脳の中には神経伝達を司り脳内快感物質であるドーパミンの分泌をスムーズにするアセチルコリンという物質があります。このアセチルコリンの働きで、私たちは、普段、安らかな心を保つことができているのです。

けれども、タバコを吸うとその成分であるニコチンがアセチルコリンに代わって働くようになります。その間、アセチルコリンは不活性になり働きを休みます。ところが、ニコチンには「体内で急速に分解し減少する」という性質があるのです。そのために、タバコを吸ってニコチンを補給するとしばらくして神経の伝達(ひいてはドーパミンの分泌)がスムーズにいかなくなってしまい、脳内に生理的な不安感や空虚感のようなストレスが発生します。タバコ図で言えば、吸い始める前まではゼロラインにあった幸福度が、たとえば、マイナス3に落ち込んでいくということです。しかし、この落ち込みはタバコを吸ってからしばらくして徐々に進行していきますので、通常その脳内ストレスを感じたとしても、私たちは、それをタバコを吸ったせいだとは感じずに、仕事や生活上、あるいは年齢的な疲労などのストレスだと認識します。

そこでタバコを吸うとニコチンは7秒で脳に達して不足した分を補い、脳内のストレスは短時間のうちに軽減します。「軽減」というのは、タバコを繰り返し吸うことによって、ニコチンに対して耐性ができ、徐々にニコチンのストレスを解消する能力が低下していくからです。けれども、スモーカーはこのストレスが軽減する現象、つまり、幸福度が、たとえば、マイナス3からマイナス2になる現象をゼロからプラス1にアップした、つまり、本物の喜びや快感だと錯覚するのです。それとともに、この現象はタバコを吸った直後に起こるので、スモーカーはタバコを吸ったおかげでストレスが解消したと錯覚します。

こうして、ニコチンを補給することによって脳内のストレスが軽減したとしても、しばらくすると、再びそのニコチンが分解減少して、さらなる脳内ストレスが発生し、幸福度は、たとえば、マイナス5に落ち込みます。そこで、タバコを吸ってニコチンを補給すると、短時間の内にストレスが軽減します。とは言っても、幸福度は、たとえば、マイナス4というように依然としてマイナスなのです。ですから、その時、スモーカーは安堵感や充実感を感じますが、それは錯覚にすぎません。ゼロがプラス5になったというような本物の安堵感や充実感ではないのです。

このように、タバコを吸っては一時的にマイナスが軽減し、錯覚(まがいもの)の充実感や安堵感を感じ、気がつかないうちに、しだいにより深くマイナスに落ち込んでいくというサイクルが延々と続いていきます。これが喫煙生活の真の姿です。このどこに真の喜びがあるのでしょうか? はっきり言って、どこにもありません!! 全部錯覚です。

ここまで説明してきましたように、スモーカーはタバコを吸うと安堵感や充実感を感じることができると錯覚しています。これがタバコをやめられない原因の一つです。

もう一つの原因は、スモーカーは私たちの体にもともと備わっているアセチルコリンの代わりにニコチンを使用しているのですが、アセチルコリンは純正品であり完璧な性能を有するのに対して、ニコチンは性能が劣悪な不良品であるということを知らないからです。アセチルコリンと異なり、ニコチンはすぐに分解して減少するので能力が長続きしないのです。だから、分解減少するたびに脳内ストレスを感じて何度も何度もタバコを吸ってニコチンを補給しなければならないのです。

それをスモーカーはタバコを吸うとホッとするとか喜びだとか生きる支えだなどと感じているのですからアワレなものです。それはどう見ても、ヤクが切れて、やっとヤクを腕に注射してホッとして、まがい物の快感に浸っている麻薬患者の症状そのものです。

スモーカーの皆さん。よく読んでください! 私たちの体は30億年間無限回とも言うべき進化を重ねてきて今日にあります。ですから、人間の体の本来の自然の仕組みを乱す物質を体内に取り入れるのはこの体本来の自然な働きに対する冒とくです。
でも、スモーカーはみんな犠牲者なのです。悪いのはタバコでありニコチンです。スモーカーは、姓はタバコ、名はニコチンという狡猾で巧妙な詐欺師に見事にしてやられているのです。その手口があまりも鮮やかなので、感情や感覚まですっかり騙されてしまっているいうわけです。
ここでいさぎよく、それを認めましょう。そして、こんなものは「もうゴメンだ!」ときっぱりと捨ててしまいましょう。

でもどうやって捨てるの?
ただ、やめればよいのです。やめれば、やまっています。もはや、吸いたい気持ちがないので、吸いたい気持ちをガマンする、いわゆる、ガマンの禁煙ではありません。
もともとタバコを吸い始めるまでは誰でもタバコがなしにちゃんとやって行けていたのです。だから、本来タバコがなくても何の問題もないのです。また、やめるといっても、何か大切なものを犠牲にするわけではありません。いらないゴミをゴミ箱にポンと捨てるように、タバコをそっくり捨ててしまうのです。

タバコをやめれば、すぐに休眠していたアセチルコリンが目を覚まし、徐々に活性を回復して、脳内ストレスを解消して行きます。そして、短期間のうちに本来の安らかラインであるゼロレベルに回復します。この間、それを楽しみにしていればよいだけです。そのレベルは二度とマイナスに下がることはありません。

ゼロラインに至るまでの回復過程でまだ脳内に残っているストレスはどうなるのでしょうか?
実は、脳内のストレスはごく微小なものですから、本来は、大したものではありません。ただ、スモーカーの脳はそれを解消するためにはタバコを吸えばよいと学習してきていますので、脳内ストレスを感じるたびに、「タバコを吸いたい! どうしても吸わずにいられない!」という渇望感が生じます。この渇望感は満たされないかぎりどんどん大きくなっていきます。それは、まさに、苦しみそのものです。それだけに、それが満たされた時は、たとえば、マイナス50からマイナス20まで軽減したとしても、大きな安堵感と喜びとしてスモーカーは感じるのです。もちろん、それは前述のように、錯覚そのものですが・・・。

いずれにしても、タバコを吸っても脳内ストレスは解消できるどころか、その後しばらくしてかえってストレスは大きくなるというタバコのカラクリがよく理解できると、もはやタバコに対する渇望感はすっかり消えてしまいます。ですから、タバコをきっぱりとやめた時点から快適なノンスモーカーライフがはじまるのです。

禁断症状はどうなるの?
禁断症状はガマンの禁煙をしている場合に、タバコを吸いたい気持ちと吸ってはいけないという精神的な葛藤が苦しい肉体的症状として現れるものです。でも、タバコの正体がわかって、吸いたい気持ちが消えてしまっている時には精神的な葛藤もなく、したがって、肉体的な禁断症状は出ないのです。

要するに、間違いの大元は、知らなかったとは言え、体にもともと備わっている純正品で性能完璧なアセチルコリンの代わりに不良品で性能劣悪なニコチンを使ったところにあります。ですから、タバコ(ニコチン)はきっぱりとやめて、体(アセチルコリン)の自然なハタラキに任せましょう。

このように、ここまで書いてきた単純なタバコのカラクリがわかったとたんにタバコを吸いたい気持ちは消えてしまいます。吸いたい気持ちがなければタバコをやめるのは実に簡単です。やめた後もすぐに人生を楽しく生きることができるのです。タバコは、やめなきゃ損! 大損!です。

なお、ここまで書いてきたことは脳内物質は異なりますが、大筋として、酒(アルコール)についても当てはまります。タバコはもちろん、アルコールも強烈な依存性薬物なのです。「吸いすぎに注意しましょう」とか「飲みすぎに注意しましょう」というような警告は意味がないのです。なぜなら、そもそも人間がタバコやアルコールをコントロールすることはできないからです。人間がそれらをコントロールしていると思わせながら、実は、タバコやアルコールが人間をコントロールしているのです。それが依存性薬物なのです。ただ、人間がタバコやアルコールをコントロールできる唯一の方法は、それらのハタラキのカラクリを理解して、キッパリとやめるということです。


最後に、
一人でも多くの方が一刻も早くタバコの牢獄から脱出してほしいと思いながらこの文章を書きました。その意味するところを理解納得された方は、どうか無理のない形で、できるだけ多くのノンスモーカーの方々にこの文章を紹介していただければ大変幸いです。

また、スモーカーの方は以上の文章をよく読んでいただければタバコは簡単かつ楽しくやめられると思いますが、興味のある方にお勧めの本をご紹介しておきましょう。このブログを読んでタバコをやめた後に読むと面白いと思います。

1 『読むだけで絶対やめられる 禁煙セラピー』 
   アレン・カー・著 坂本章子・訳 KKロングセラーズ

2 『リセット タバコ無用のパラダイス』 
   磯村 毅・著 幻冬社

3 『笑って禁煙できる本』 
   禁煙研究家ワイネフ・文 大里圭介・イラスト 白夜書房




驚異的な体のハタラキ その7

驚異的な体のハタラキ その7
(その6からのつづき)

どうして人間は肥満になるのでしょうか?
それは食べすぎるからです。

では、どうして食べすぎるのでしょうか?
とても美味しいから? たくさん食べないと栄養不足になると思っているから? などなど。

正解は本当に美味しい食べ物を食べていないからです。“本当に美味しい味“と言うのは、白砂糖やその他のものを加え、生の味を胡麻化した味ではなく、食べ物が砂糖や調味料なしの自然そのままの状態で美味しいと感じるもののことです。

私たちの味覚は私たちの体を健康に保つように働いている本能のハタラキによるものです。
ですから、味覚は、生のものを他の物を加えて胡麻化したものでなく、生のままで体によいものは”美味しい“と感じ、体によくないものは”不味(まず)い“と知らせてくれるセンサーです。

ですから、生のまま、そのままで美味しいもの、たとえば、果物は最高に体によい食べ物で、必要な栄養素がバランスよく含まれています。

このように生のままで本当に美味しい食べ物を食べ、体が必要な栄養素を取り入れると、体は満たされ、自然に食欲も満たされ、それ以上は食べたいとは思わなくなります。

ところが、栄養素が糖分だけというように、偏っていたり、必要な栄養素が不足していれば、いくら食べても体は満たされないので、体自身がもっともっと食べなければと、食欲が落ちずに、食べ続けたくなるのです。そういう食生活を続けていれば、いずれ肥満にもなり、また、胃や腸、あるいは、肝臓や腎臓などの消化器や排せつ関係の器官、さらには、血液も老廃物過剰で濁ってきて、さらに重篤な病気になってしまいます。

いずれにしても、生の状態で美味しいものは栄養素がバランスよく含まれているので、体自身がもう必要な量を摂取したと感じれば、自然にそれ以上は食べたくなくなるので、好きなものを好きなだけ食べて、いつも本来理想的な体重と体型を維持することができるのです。野生のカバのように。

多くの人は、ちょっとでも熱が出たり、胃が痛かったりすれば、それ医者だ、注射だ、薬だ、予防注射だなどと大騒ぎをしています。その根底には「私たち人間は弱いものだ」という思い込みがあります。

私たちは洗脳社会に生きています。テレビを見れば、しょっちゅう薬やサプリのコマーシャルをやっています。製薬会社の第一目標は「いかに儲けるか」ということは明らかです。ですから、コマーシャル作りも人々に親切なふうを見せながら、いかに巧みに多数の人を不安にさせて、自社の薬を買わせるかに置かれています。

しかし、私たちは決して弱い存在ではありません。私たち人間は大自然から生まれ、すでに30億年以上も数々の困難を乗り越えて進化を続けてきました。

私たちには健康に生きるための機能がすべて備わっています。

健康だけではありません。
アタマを正しく使い、私たちに備わっている本能に従って生きて行けば、心身共に健全かつ幸福に生きていけるのです。

私たちにはすべて必要なものはすでに備わっているのです。
社会的洗脳から脱して賢く生きてゆきましょう!

(おわり)






驚異的な体のハタラキ その6

驚異的な体のハタラキ その6
(その5からのつづき)

野生の動物には食物が不足して痩せているものはいても、肥満したものはいないそうです。
野生のカバたちは肥満しているのではありません。食べ物を十分食べているカバたちはみな理想的な体型を保っていると言います。

それは、なぜでしょうか?
彼らは人間のように体にあまり必要でないものを食べたり、食べ過ぎたりしないで、大自然の法則、すなわち、本能に従って、体に必要な食べ物を必要な量だけ食べているからです。

それに対して、ほとんどの人間は本能に従って食べていません。簡単に言えば、食べ物に関してほとんどの人間はアタマに頼りすぎて、本能を無視したり、見失っているからです。

けれども、アタマを正しく使えば、人間の体の本能に従って、楽しみながら必要な食べ物を、必要なだけ食べて、肥満を防ぐことは簡単にできるのです。

では、アタマを正しく使って人間の体の本能に従う、とは具体的にどういうことでしょうか? 砂糖を例に説明しましょう。

多くの人が、砂糖が入った食べ物やお菓子が好きなのは、その甘さに惹(ひ)かれるためだということは誰にもわかるでしょう。では、なぜ、私たちは甘いものに惹かれるのでしょうか?

それは、私たちの先祖がチンパンジーやゴリラと同じような生活をしていたときのことを想像すればすぐにわかります。その当時人類の先祖は暖かいアフリカの森の中に住み、果物や木の葉っぱ、草、虫や小動物などの”自然食“を自由に”自然から”手に入れて食べて生きていました。

なかでも、果物は炭水化物を主として、エネルギーの源となる糖分や各種のミネラルなどの栄養価に富んでいるだけでなく、同時に、安全な水分を摂取できる“とても美味しい完全食”でした。

森を離れて草原に住むようになっても、人類の食生活は基本的には変わりませんでした。すなわち、人類は甘い果物はとてもよい食べ物であることを体験的に覚え、それはやがて本能的記憶となったのです。つまり、人類は本能的に甘いものを美味しいと思うようになりました。本来、“美味しい”ということは“体によい食べ物である”と本能が知らせてくれているのです。

このように、甘いものを多くの人が好むのは本能なのです。でも、本能だから自然なのだとは言えません。

その後、人類は農耕時代に入って、“タマで考えた作物”を自分たちで作るようになり、人間の食生活が大きく変わっていきました。その過程で、砂糖の栽培が始まります。

甘い砂糖を好むのは、本能的に、”完全食“である果物と同じように砂糖も完全食であると錯覚してしまうからなのです。

つまり、本当に求めているのは“果物”なのです。しかも、現代では、砂糖は精製されたものがほとんどで、果物のように糖分を体の組織にうまく適合する役割を持った各種のミネラルがほとんど含まれていません。

おまけに、糖分が凝縮されており、高濃度の糖分は動物の細胞や血液などのメタボリズムを大きく乱し、大変有害なのです。その害はとくに白砂糖において顕著です。

ですから、糖分を採りたいなら、果物を食べたり、精製していない黒砂糖やハチミツなどが望ましいのです。

(つづく)





驚異的な体のハタラキ その5

驚異的な体のハタラキ その5
(その4からのつづき)

多くの人はアルコールはストレスを解消してくれると思っています。たしかに、実際にアルコールを飲んだ後、そんな“感じ”がするのは事実かもしれません。

しかし、それはアルコールが神経のハタラキを鈍らせてストレスを感じないようにするからであって、ストレスそのものがなくなったわけではありません。ですから、酔いが醒めて、神経のハタラキが回復すると、再びストレスを感じます。しかも、そのストレスに加えて、アルコールの摂取による体の負担(ストレス)が加わるのです。

でも、そもそもストレスとは何でしょうか? 言い換えれば、ストレスはなぜ、何のために生じるのでしょうか? 

ストレスは私たちにはなくてはならないものであり、「このままでは自分を取り巻く状況が大変だよ。早く何とかしなければならないよ」という、これも体の警告シグナルの一つなのです。

ですから、アルコールや薬を飲んでストレスを感じないようにしても、状況自体が改善されるわけではないのです。それは火事で何かが燃えているときに、警報装置が鳴っているときに、警報装置のスイッチを消して警報装置が鳴りやんだのを、火事はまだ続いているのにも関わらず、「これで一件落着だ!」と言っているようなものです。

ストレスを本当に解消するには、神経を鈍らせてそれを感じないようにするのではなく、ストレスを生じさせている根本原因を取り除く以外に方法はないのです。

その根本原因が体のある部分、あるいは、全体の酷使によるものであれば、まずは、ゆっくり体や当該部位を休めることです。その根本原因が自分の外にある場合には、心身を整えながら、あらためてその問題を見つめなおして、根本原因の解決の方法を探り、的確な処置をとることです。それ以外には、ストレスを本当に解消する道はありません。

タバコやアルコールなどの依存性物質は共通して私たちにストレスが解消するように錯覚させ、実は、かえってストレスを増します。カフェインを多く含むコーヒーや紅茶や日本茶なども同じです。人間のアタマはなんとたやすく騙されることでしょう。

野生の動物は、一般に、食べ物をどのように確保するか、危険な敵からどのようにして身を守るか、厳しい気候変化など非常に過酷な環境のなかで生きています。

一方、私たち人類の生活環境はアタマを使うようになったためにここ数千年の間に、大幅に“改善”?されてきました。そのおかげで、他の動物の生活環境に比べると、特に、先進諸国あるいはそれに準じるような国々では、台風や洪水や地震や津波、あるいは、戦争などの非常時は除いて、日常的にはほとんどのストレス原因を克服してしまいました。
にもかかわらず、私たちは私たちの生活環境に比べて何百倍も厳しい状況で生きている他の動物たちに比べて、何十倍、何百倍もストレスを感じながら生きています。

これはとてもおかしくないですか?

その原因は一体何でしょうか?
それは、一言で言えば、愚かさです。言い換えれば、五感とアタマを過信して、私たち自身が何者であるかに気づかず、大自然の法則を無視して生きているからです。

(つづく)




驚異的な体のハタラキ その4

驚異的な体のハタラキ その4
(その3からのつづき)

この社会に生きるほとんどの人は熱が出ると、「熱は悪い」と考え、体を冷やしたり、薬をのんで熱を下げようとします。

これは“文明の進んだ社会に生きる現代人”にしてはあまりにもお粗末な短絡思考と言わざるをえません。多くの人は熱が出た時に「体にとって熱は悪いもの」と決めつけ、「熱がなぜ出たのか?」と考えようともしません。

熱が出るのは体にとって必要だからです。このことは野口整体を理解している人にとっては常識でしょう。

では、なぜ熱が出る必要があるのでしょうか?
それは体の不具合を調整して回復させようと、体温を上げて体内の化学反応を促進したり、汗をかいて有害な物質を体内に出すためです。

熱を外部から強制的に下げたらどうなるでしょうか? 体はあらためてさらに高い熱を出そうとするでしょう。あるいは、外部からの強制力によって、体温を上げる機能が弱まり、不具合いは治らないままに内向して蓄積して、ついには心筋梗塞やガンなどの重篤の病気にかかるというような事態を招くことになるかもしれません。

実際に、重篤の病気のほとんどはこのような間違った考え方による、まさに、不自然な処置や生活の積み重ねによって起きるのです。

”痛み“についても、多くの人は悪いものと考え、痛み止めの薬を飲んだり塗ったりして痛みを感じないようにします。

では、痛みがある時に痛み止めの薬を飲んで痛みが消えてしまったらどうでしょうか? それで“一件落着“なのでしょうか?

いいえ。痛みは必要があって起こっているのです。何の必要かと言えば、体のどこかに不具合がある場合に、それを本人に知らせて、その不具合の部位に気を集中させ、回復を促進させたり、何とか処置をするようにさせるためです。つまり、痛みは警報装置のようなものです。

ですから、痛みが出ている時に、痛みを消してしまったら、不具合は回復したどころか、かえって大変な状態になってしまうでしょう。

このように、チンパンジーやゴリラでも、イヌやネコでも大自然の法則に沿って的確な処置をしているのに、万物の霊長とも称される人間が、それこそ、間違った考えによって、もっとも愚かな行為をしているのは一体どうしたことでしょうか?

ほとんどの人は、科学や産業などの進歩に伴い私たちの文明はどんどん進歩していると考えているようです。確かに、原始時代の生活や何千年前、何百年前の生活などに思いを馳せると、一面はそのようにも見えるかもしれません。

しかし、もう一面から見れば、私たちの社会やその中での生活はますます大自然の法則から離れて行って、滑稽としかいいようもない不自然な状況に陥ってしまっていると言っても過言ではないでしょう。

これは、ひとえに、私たちが表面的な生活水準の向上に目を眩(くら)まされて、アタマをますます頼りにするようになってきたためだと言えるでしょう。

私たちは今こそ、「自分は何か? 存在の真実は何か?」というテーマに真剣に向かい合い、目の前に厳然として存在する、当たり前の真実を見失わないようにしなければならないのです。

(つづく)




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