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Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

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事実の人となる  その5

事実の人となる  その5

この当たり前の事実の世界をあるがままに見れば、それは無限の愛の素晴らしい世界であることがわかります。(もちろん、狂ったアタマが作りあげた狂った思いや事実を除いて・・・)

でも、ほとんどの人はこの事実の世界を“あるがまま”には見ていません。

それは、いろいろな思いや感情、観念、知識などでいろいろな色が付いたり、曇ったりしているこころの眼鏡を通して見ているからです。

それでは、本人は事実の世界そのものを“あるがままに”見ているつもりでも、本当は“あるがままに”見ているとはいえません。

思いは事実ではないのです。

思いはどこまで行っても事実の“影”にすぎません。

たとえば、何かの花を見るとき、「花というものは美しいものだ」という思い(観念)を通して花を見ている方がとても多いように思います。

自分では花をそのまま見ているつもりでも、実際には「花は美しいもの」という自分の“観念“に事実を合わせているだけなのです。

この世界には花も見れない人で満ち溢れているといってよいでしょう。

それは、花だけではありません。アタマの人は、何を見ても、実際には、自分のアタマの中しか見ていないのです。

私たちはアタマの人ではなく、本来の事実の人に戻らなければなりません。

事実を“あるがままに”見るということは、思いその他で色が付いたり曇ったりしているこころの眼鏡をはずして、直接“裸眼で”見ることです。

中には透明で曇りのない眼鏡を手に入れて、それを通して見て、自分は事実を“あるがままに”見ていると思っている人もいますが、それでもダメなのです。

透明で曇りのない眼鏡を通して見ても、事実は“あるがままに”には見えません。

視覚的にはそのまま見えるかもしれませんが、ここで言う”見える“というのは視覚だけではなく感覚全体のことを言っているのです。

視覚はいろいろある感覚の一つにすぎません。透明で曇りがなくても、眼鏡を掛けることによって、匂いや肌に触れる感覚、暖かさ冷たさ、柔らかさや硬さや優しさなどいろいろな生の感覚がさえぎられてしまい、直接感じることができなくなってしまいます。

ですから、存在の真実についてどんなに論理的にすっきりと理解していたとしても、事実そのものの持つ生の感覚を直接感じるのでなければ、事実を“あるがままに”見ているとは言えないのです。

本来の事実の世界はまさに生きている世界です。すべてが生き生きと生き輝いています。

あなた自身がすでに“そのままで“光り輝く存在なのです。

いったんその間違いに気が付けば、本来の事実の世界を事実として“あるがままに”見るということは、誰にでもできる単純なことです。

それが私たちが本来備えている自然のハタラキなのですから・・・。

「思いは事実とは異なる」ことにはっきり気が付けばよいのです。そうすれば、自然に観念は脱落します。

そして、この当たり前の事実の世界こそがこの上なく素晴らしい光輝く世界であることに気付き、その中に生かされている幸せを感じないではいられないでしょう。

(おわり)





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事実の人となる  その4

事実の人となる  その4

その3まで、『よい教育の場を求めて』(柏樹社刊)の中から和田重正先生が存在の真実を自覚されたときのことを先生ご自身が描写された文章の一部をご紹介しました。

僕自身これまでこの文章を何回も読んだはずなのですが、今回読み直してあらためてこころから感動しました。

おこがましいと思われるかもしれませんが、僕自身の体験も先生のそれによく似ているなと思いました。

ここで、先生のご体験についてあえて解説を試みたいと思います。もちろん、これはあくまで僕個人の解釈でしかないことをあらかじめお断りしておきます。

僕はまだ僕自身が存在の真実や真実の生き方を求めて、それが一向に埒が明かない苦しみの真っただ中で、先生のこの文章をはじめて読みました。

そして、先生はとてつもない、通常の感覚では捉えられない大きな深い悟りを得られたのだと感じました。

でも、今この文章を読んで感じることをあえて言えば、「ああ、先生は当たり前のことに“当たり前に“気付かれたのだな」ということです。

「とてつもない、通常の感覚では捉えられない」体験ではないのです。

先生は極限状態の中で思わず桃の花を見たときに、アタマの観念や妄想などで色が付いたり曇った眼鏡がポロッと落ちて、当たり前の事実が裸眼で、ただ、そのまま見えたのです。

通常の感覚では捉えられないような(神秘的な)体験をされたのではなかったのだと思います。

先生はそれまで真実の自己、存在の真実、真実の生き方を懸命に求められていたことは確かです。

けれども、それはすべてアタマのなかでいろいろな思いや感情や思想など組み合わせたり分解しながらああでもない、こうでもないと考えていただけなのです。

簡単に言えば、真実をアタマのなかに求めていたのです。

そうすることによって、存在の真実や真実の生き方に到達できると思われていたのでしょう。

けれども、先生が桃の花を見たあの瞬間に気が付かれたのは「事実しかない」ということです。

思いはどこまで行っても“思い”でしかなく、実在ではない、事実だけが実在であり、それがそのまま真実であるということです。

そこがはっきりして、事実を一切の思いを通さず、そのまま見ると、まさに、事実の世界は生きている世界あり、そして、その本質は“愛”そのものであることに気が付かれたのです。

先生は、それまでアタマの思いを通して見た世界こそが実在の世界と思い込んで、そこに真実の世界を見つけようとされていたのですが、そこに見出したものはどこまで行っても”死んだ世界“でした。

その幸福度マイナス無限の世界から飛び出してこの当たり前の事実の世界をそのままに見たので、この世界が何とも素晴らしい世界に感じられたのだろうと考えられなくもありません。

でも、そんなことを抜きにして、(狂ったアタマが作りあげた狂った思いや事実を除いて) 本来の当たり前の事実の世界こそ、実際に幸福度プラス無限の愛の世界なのです。
(つづく)






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事実の人となる  その3

事実の人となる  その3

それから、今までは愛されたい、理解されたいとそれのみ求めていました。ところが物質を貪るのが間違いであるのと同じく、愛や理解を他に求めることは心を貪ることで、それも、間違いであることを知りました。物でも心でも欲張ることはどんなに愚かしいことであるかをこのときはじめて知りました。

また、それまでは淋しい淋しいと自分の淋しさばかりみつめて、他から愛されることばかり求めていましたが、眼を放ってみれば淋しいのは自分ばかりではない。すべての人は皆同じように淋しいのである。

だから人間は誰も彼も自分のように愛と理解に飢えているに違いない。お互い限りなく淋しい人間同志が、もし少しでも慰め合えたならどんなに幸せだろう。飢え渇く砂漠の旅行者のために自分がもし一滴の水となり得るならば、どんなに幸せなことだろうと思いました。

そう思うと、淋しさは忽ち変じて明るい希望となり喜びとなりました。淋しさの故に、人を愛することができる。なんという有難いことでしょう。

淋しいといえば父も淋しい人である。気の毒な人である。神や仏ではない、弱い欠点だらけの当り前の人にすぎない。それを、自分は神に求むる如くに父に完全を求め、これを責めてきた。

父ばかりではなく、先生やその他一般の大人に対しても同じであった。しかもその求むるところは自分の我儘な欲望の満足である。我欲に厩理屈をつけて正しいものとして強要したのである。

他を責める資格が自分のどこにあるか。己れの愚痴と食欲によって自らを餓鬼畜生道に堕としていたのではないか。

父をはじめすべての人は、皆一個の人間としてそれぞれどうにもならぬ欠点を持ちながら淋しい人生を精いっぱい生きているのだ。それらの人々をどうして心から愛さずにいられようか、と強く強く胸に迫って思いました。

このとき私は、はじめて独立の一個の人間“大人”になったのだと思います。

この他、無数のことをこの三日間に思ったのですが後で考えてみると、このときに私の心の向きが真反対に変ったようです。有無、確不確、損得。いろいろの感じ方や考え方が完全に反対になってしまいました。

このことがあったのは昭和九年四月二日でしたが、この日を境にして、私の日常生活もすっかり変りました。勿論変ったといっても急に神の如くに立派な生活になったというのではありません。

ただ方向が逆転したというだけです。自分のために、自分の力で、すべて自分を中心として生きてきたのが、こんどは自分の力やはからいでなく、すべてこの世界に満ち満ちている愛と知恵に生かされて生きることになってしまいました。

そしてこの変化は実際生活の上では世のため、人のためという意識となって表われることになりました。丁度東行きの汽車から西行きの汽車に乗り換えたようなものです。東行きの汽車に乗っていれば、汽車の中でいくら西に向って歩いても東へ行ってしまいますが、西行きに乗り換えたらその中でどちらに向いて歩いても結局西へ行ってしまうようなものです。

(後略)
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事実の人となる  その2

事実の人となる  その2

光とか知恵とか、ともかく生かす力として働く、あらゆるよきものに満たされた世界にいる自分を見て「愛されている」と思いました。そして更に、この世界の実質が「愛」というものであろうと思いました。

愛の世界においては、自分の小さな力によるもがきやはからいには拘りなく、すべての事物がありのままに、しかし必然性をもって存在し展開しているのだと知りました。

自分はありのままを求めて彼岸に到ろうとして濁流を泳いでいたのでした。そして力尽き果てて濁流の底に巻き込まれたと観念したとき、濁流と思ったのは実は自分を支え生かしてくれるいのちの流れ、光の大河であったことに気づいたのでした。

それと同時に何か大きな意志のようなものを感ぜずにいられませんでした。すべてを生かさずにおかない意力とでもいうようなものでした。その量り知れない大きなカに生かされている自分を見たとき、今まで求めていた人生の意義など、もしそんなものがあるとしても、それはわれわれの理解を遙かに超えたものであることが分りました。

もしわれわれがたとえ自分の頭で納得できる人生観を描き得たとしても、それはただ自己満足をかち得たにすぎず、真実の自分の人生に何のプラスにもなり得るものではないことを知りました。

私はただただ、この量り知れない大きないのちの流れの中で、大きな意力にはからわれて生きるだけである。それがすべてである。その他に自らはからって加えるべき何物があるだろうか。

生きようとする一切の努力ともがきを停止しても、まだ生きている自分。一切の理解を抛棄してもなお明らかに認め得る活々としたこの世界のすがた。

ともかく、自分を含めたすべてのものが、無限の愛と知恵に護られ導かれていることを知ったとき、今まで押し潰されそうな重圧を感じていた「人生」という重荷が消えてなくなって、自分の体さえ春風に溶け去ってしまったように軽やかに爽やかになっていました。

今までは、自分でどうかしなければよくなれないと思って力んでいたのでした。自分の判断と意志のカで悪い生活をやめようとしていたのです。それはとても望なきことであると思いながらも、それより他に仕様がないので努力をやめることはできなかったのです。

これほど努力しようと心がけてさえこの有様なのだから、ほっておいたらどんなことになるか知れたものではない、などと思っていました。しかし、この努力は丁度自分が坐っている坐蒲団を自分で持ち上げようとするのと同じで、どんなに頑張っても一寸も上がらず、そのうちに精根尽き果てて倒れてしまうようなものでした。

また、小さいときから私は「感謝せよ」とうるさく教えられました。(中略)が、私はどうしてもその気になれなかったのです。

ところが三日問も泣いているうちに一切のものに対していくら感謝してもしきれない、詫びても詫びきれない気持になっているのには驚きました。(中略)

自分がこのようないのちの世界に、このようにある、という事実に対するありがたさと、それを知らずに勝手に目茶苦茶なことをしてきたことに対する悔恨の念だというのが事実に近いかもしれません。
(つづく)




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事実の人となる  その1

事実の人となる  その1

僕の心の師である和田重正先生は、お母さまやお姉さまの死をきっかけに、10代の頃から、「自分とは何か? 真実に生きるとはどういうことか?」ということを求めに求められました。

けれども、そうして10年以上も苦しんだあげく、ついには、その答えを得ることは不可能だという結論に達し、その結論をあらゆる角度から点検し、その誤りがないことを確認し、絶望のあまり自ら生を断とうと決断されました。

以下は、先生のご著書『よい教育の場を求めて』(柏樹社刊)の一部分を大幅に要約したものです。


こうなったとき、人のすることはきまっています。私も例に洩れずハッキリと覚悟をきめました。姉の用い残したグレランという劇薬を多量に服むのです

将に服もうとするとき、日頃口をきいたこともない女中が廊下伝いに急ぎ足で私の部屋にやってきて、障子を細く開けて言いました。「ごらんなさいませ。もうこんなに咲き始めました」

その張りのある明るい声に誘われて、私は何気なく振り向きました。女中の差し出して示す桃の小枝にはポッとまさに開こうとする桃色の蕾がついています。それを見たときの私の驚きようは、ただ目を見張るばかりでした。そして心中にはこんな叫びが渦巻いて起りましたーー、「みんな間違いだ。今まで見たり考えたりしたことは悉く夢だったのだ。コレが本当なのだ。真実なのはコレなのだ」

この驚きや叫びと同時に明るい世界に生まれ出たような気がしました。予期しない、あまりに急激な世界の変貌のために、暫しは呆然としましたが、「まてまて、これも瞬間の夢ではないか」と思いましたので、驚いてなおそこに立ちつくしている女中を去らせ、独り正坐して静かに瞑目しました。

生け垣の外を子どもが歌って通ります。庭の植込みで小鳥が啼いています。時々、遠くを走る省線電車の音が伝わってきます。五秒ぐらいだったか、それとも二、三十分も経ったかわかりません。「よし!」という気がするので、それでも恐る恐る目を開けてみました。後戻りしていません。急に腹の底から大きな笑いが押し上げて来ましたが、辛うじて爆発を抑えました。

久しぶりに障子をあけて庭を眺めました。桜も松も生きています。門の外へも出て見ました。森も小川も雲も大地も、春の麗かな光の中にいのちのよろこびに燃え上がっています。このとき、私は生まれてはじめて天に向って合掌しました。思慮も分別もなしにただ合掌したのでした。

実にこの世界は生きた世界である。今までの世界は生きていない世界だった。あの世界はバラバラのものの寄り集まりの世界だった。この世界は一の世界である。あの世界の質は極度に粗い。この世界は精妙微妙を極めている。この世界の景色はあの世界の言葉では言い表わすことができない。

これが実物ならばあれは影絵にすぎない。要するにこの世界は光と、もえるいのちの活々とした行き詰りのない世界でありました。しかもそれこそ己れの本来の住居だったのです。
(つづく)





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