プロフィール

昇平

Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

最新記事

カテゴリ

最新コメント

月別アーカイブ

最新トラックバック

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム

今滞在されている皆さんの数

現在の閲覧者数:

これまで訪問された皆さんの数

いのちのつぶやき

いのちのつぶやき 

悟ってみれば、みんなそのままで悟っている。
見ている風景は同じ。そうでありながら、まったく違って見える。
そのままでみんな光り輝いている。
バラバラに見えるが、みんな一つの"いのち"を生きている。
一つの"いのち"しかないのだ。自分はない、他人もない。
いまここを心を込めて生きるそれがすべてである。

もともと求めるものは何もなかった。
もともと何も求める必要はなかった。
もともとノンスモーカーだったのと同じことだ。
すべて洗脳と思い込みのせいだ。
もともと欠けているものは何もない。
心の底からわかることが必要。
でも、騙し絵と同じで、視点が切り替われば誰にも簡単にわかることだ。 
タバコにはメリットが一つもない。デメリットばかりだ。 
原発も同じだ。国家エゴイズムの対立も同じだ。

タバコを吸わずにはいられないのはタバコを吸うからだ。
タバコを吸うから不安・恐怖・ストレスが出てくる。
それをタバコが解消してくれると錯覚しているからタバコを吸うのだ。
もともとノンスモーカーはタバコを吸う必要もなかった。
もともとノンスモーカーはタバコを吸いたいとは思わない。
もともとノンスモーカーはタバコに起因する不安・恐怖・ストレスはない。
心の底からノンスモーカーに戻ろうと思い、タバコをやめると決断すればそれで終り。
禁断症状も出ない。タバコを吸いたい気持ちも出ない。

一瞬でノンスモーカーになれる方法。もともとノンスモーカーだったことに気づけばよい。
一瞬で幸福になれる方法。もともと幸福だったことに気づけばよい。
一瞬で仏になれる方法。もともと仏だったことに気づけばよい。
一瞬で悟れる方法。もともと悟っていたことに気づけばよい。

人間の体はもともと整うようになっている。
それを自ら乱しておいて、それを治そうとしてよけいに乱してしまう。
無為自然の道。これに尽きる。これしかないのだ。

エゴは人間の本質ではない。バラバラ観による身びいきだ。 
間違った観念が邪魔している。自覚のセミナーはそれを脱落させる。
もともとノンスモーカーだったこと、タバコを吸う必要はなかったことを思い出す。
悟りも同じ。もともと悟っているのだ。
アタマで考えることを自分だと思っている
人間にはもともと智慧が備わっている。こころも自ずから整うようになっている。
人間は何が良いか悪いか本能的に知っている。 
喧嘩するとイヤな気持ちがする。腹を立てると気分が悪い。孤独はイヤだ。
タバコ。イヤな臭い、イヤな味。
それが毒であることを自然界の動物はみんな知っている。
本当は人間も同じだ。

バラバラ観は幻想。真の事実はひとつの"いのち"しかない。
それを不可分一体という。 
“いのち“は不生だ。生まれもしない。死にもしない。
肉体の死は怖くない。
この世界には本来悲しみはない。 
すべてが光り輝いている。本来の世界は美しい。

思考そのものが悪いわけではない。間違った観念が問題なのだ。
事実。それだけ。間違った観念モードで受け取れば、ゆがんで見える。
悟りは当たり前のこと。素晴らしいことでもなんでもない。
間違った観念で迷い苦しんでいたから、悟りが素晴らしいことのように思うだけ。

真実の世界は円満具足。求めるものなし。満ち足りている。 
そのままで完全。
足りないものがない。 
真の幸福は条件によらない。

26歳のときの気づき。
何があったとしても自分は変わらない。変わりようがない。
たとえ目が見えないとしても、それはひとつの絶対的な事実である。 
絶対的な事実はそれで完結しているということだ。
それは取替えが効かない。比較を超えている。
すべての事実は、一見、二元相対的に見えるが、真実は一元絶対である
絶対的な事実であるとは、それしかないということだ。

悟りはそれほど簡単なことだ。ムーはムーだ。それがすべてだ。
すべてが変わった。でも何も変わってはいない。 
変わらないものをみつけたのだ。
やっとアタマが本来の家にもどったのだ。
「ただいま帰りました」というわけ。
何も求める気持ちがなくなった。
何も求める必要はなかったのだ
一元絶対の世界はそのまま二元相対の世界でもあった。
自分は世界。世界が自分。

ウーム、大丈夫。 
安心して真心丸出しで生きるのみ。

地球、自然、生きとし生けるもの、そして人間は宇宙の最高傑作だ。
このまま指をくわえて滅んでいくのを見ているわけにはいかない。





僕の夢

僕の夢
(誕生日にあたり、重複するものがいくつもありますが、思いつくまま、順不同で)」


僕には夢があります。
それは、みんなが幸せで、恒久の平和世界を一刻も早く実現することです。

僕には夢があります。
それは、戦争のない世界を一刻も早く実現することです。

僕には夢があります。
それは、人と人が争わない世界を一刻も早く実現することです。

僕には夢があります。
それは、「世界に先駆けて、まず日本に脱エゴイズム国家の理想を掲げよう」という考え方が日本中に広がることです。

僕には夢があります。
それは、世界に先駆けて、まず日本に脱エゴイズム国家の理想が掲げられることです。

僕には夢があります。
それは、日本に続いて、脱エゴイズム国家の理想を掲げようという機運が世界中に高まることです。

僕には夢があります。
それは、この地球の環境が本来の調和と美しさを取り戻すようにすることです。

僕には夢があります。
それは、一人一人が夢と呼ぶに相応しい夢を抱いて生きる社会を実現することです。

僕には夢があります。
それは、すべての人が「自分とは何か。この世界とは何か。本当の幸福は何か」という存在の真実を自覚して生きるようにすることです。

僕には夢があります。
それは、この世界のすべての人が存在の真実を体得できるようにすることです。

僕には夢があります。
それは、バラバラ観をはじめ優劣や差別や所有観念など間違った観念ではなく、存在の真実に立脚した平等でみんなが助け合う社会を実現することです。

僕には夢があります。
それは、世界中で体制や組織のための教育ではなく、一人一人の人間のための教育が実践されるようにすることです。

僕には夢があります。
それは、一人一人が互いに思いやり、本当の生き甲斐を持って生きられる社会を実現することです。

僕には夢があります。
それは、大人でも子どもでも誰でも笑顔で安心して生きられる社会を実現することです。

僕には夢があります。
それは、誰一人として不自然な病気に罹らないようにすることです。

僕には夢があります。
それは、すべての赤ちゃんが健やかに生まれ、育っていくことです。

僕には夢があります。
それは、タバコが強い毒性を持つ強力な麻薬であることが世界中の人々の常識となり、スモーカーが一人もいない世界が一刻も早く実現することです。

僕には夢があります。
それは、すべての動物が幸せに生きられる世界をつくることです。

僕には夢があります。
それは、動物の肉を一切食べないことが当たり前の世界をつくることです。

僕には夢があります。
それは、上に書いたすべてのことが誰にとっても当たり前と言われる社会を一刻も早く実現することです。

僕には夢があります。
それは、どこまでも真心丸出しで生きてゆくことです。

僕には夢があります。
それは、どんな時でも相手の身になれることです。

僕には夢があります。
それは、世界中の人と仲良くなることです。

僕には夢があります。
それは、死ぬまでこころから納得のいく生き方を貫くことです。

僕には夢があります。
それは、いつ死んだとしても悔いのない生き方をすることです。

僕には夢があります。
それは、こころから満足して、思わずニッコリ笑って死んでゆけることです。


ここまで僕の夢について思いついたままに書いてみましたが、自分自身についての夢は頑張れば実現できる可能性があります。けれども、みんなの夢は自分ひとりだけでは実現できません。なぜなら、それはみんなの協力があってはじめて実現できるからです。僕はどうしたらよいのかということをいつも考えています。





具島先生の奥様

具島先生の奥様

これから書こうとしていることは僕の少年時代から青年時代にかけての実にささやかな思い出です。最近、あらためて思い出してみて、僕の人生にとっては実に大きなものであったことに思い至り、ここに書いてみようと思ったしだいです。

僕の家族は戦後熊本の田舎から福岡市の野間というところに引っ越してきました。商売の才などまったくない両親は月刊や週刊の雑誌だけを販売したり配達する小さな本屋を細々と営みながら子供たちを懸命に育ててくれていました。

僕は熊本の田舎とはまったく環境も言葉も異なる町に引っ越してきてなかなか学校生活にもなじめず、成績も落ちこぼれで、今思い出しても、とても内気な少年でした。

小学校3年生ごろからは毎月月刊雑誌を定期購読してくださるお客さんの家を回って配達するのを手伝わされました。何冊もの雑誌を風呂敷に包み、それを自転車の後ろの荷台に積んで1軒1軒配達に回るのです。

その配達先の一つが具島先生のお宅でした。僕は当時は子供であり、どこかの大学の先生らしいなとしか認識していませんでした。しかし、後になって、具島兼三郎先生は九州大学で国際政治学を教えていらして、ファシズムの研究や平和論などの執筆活動や平和活動において著名な教授であったこと、家庭においては、実に、優しい夫であり、父であったことを知りました。

その具島先生のお宅には毎月の中旬に『婦人の友』という雑誌を届けるのですが、玄関のブザーを押すと、とても品のよい、やさしい笑顔の奥様が玄関を開けてくださいます。僕が恥ずかしそうに、もぞもぞと挨拶をし、おずおずと雑誌を差し出すと、「ちょっと待っててね」と言われて、いったん奥に行って、雑誌の代金と何か小さな包みを持って戻っていらっしゃいます。

僕が代金を受け取ると、奥様は「これを」と言って、その包みを手渡してくださるのです。恥ずかしそうに挨拶をして外に出て、包みを開けるといつもお菓子が入っていました。それが毎月1回、とうとう本屋をやめざるをえなくなる大学3年生の時まで約10年以上続いたのです。

僕は小学校の3年生の時にあることで、「自分自身も含めて、この社会はみんな間違っている」と天地がひっくり返えったかのように強く思いました。

でも、「みんな」と言っても、それは「大多数が」という意味であり、「そうでない方も」数は少なくとも、たしかにこの社会にいらっしゃるのです。

僕は、幸いにも、何かに導かれるように、そのような方々の数人に出会い、まさに救われました。その方々のおかげで、偉そうなことは言えませんが、今日多少でも人様のお役に立てるようにもなりました。

そのような方々との最初の出会いが具島先生の奥様との出会いです。人生を思い返してみて、もし、奥様に出会わなかったら、まったく違う人生になっていたような気がします。

最近、偶然にご主人の具島兼三郎先生の追悼集を見つけました。その中に家族写真があり、数十年ぶりに奥様の優しいお姿を見出し、思わず涙がにじみ出ました。

あらためて思うのは、真心を込めてやることは何一つ無駄なことはないということです。
この気持ちが僕を支えています。





本当にいいのか?

本当にいいのか?

「つまずいたって いいじゃないか にんげんだもの」 

これは相田みつおさんの言葉です。なんかホッとしますね。

では、次の言葉はどうでしょうか? 
「失敗したっていいじゃないか にんげんだもの」

これは事によりけりではないでしょうか。例えば、外科の手術室の壁にそんな色紙が額縁に入って掛かっていたら、何かドキッとしてしまいますよね。さすがにこれはまずいでしょう。 

では、次の言葉はどうでしょうか? (これは僕が創った言葉です。誰かが同じことを言っているかもしれませんが・・・)

「まあ、いいじゃないか にんげんだもの」

この言葉はそれが使われる場面によって随分意味合いが違ってくるように思います。

例えば、誰かが何か失敗した時などでは、この言葉を掛けられたことによって、その人はホッとするかもしれませんね。事によりけりではありますが、多くの場合に、他の人の失敗を責めるのでなく、寛大に許すことは大切なことだと思います。

また、この言葉は相手にもよるのではないでしょうか。

例えば、何かうまくいかない時などに自分を責めすぎる傾向の方は結構いるのではないかと思います。そのような方にとっては、この言葉はとても有効だと思います。一生懸命やって失敗したのであれば、自分を責めすぎるのは決してよいことではありません。それよりも、何とかできないかとか、次はうまくできるようにするにはどうしたらよいかと冷静にアタマを巡らすほうが賢明です。

ところが、本当は絶対にやりとげなければいけない場合に、それに挑戦しながら、それが出来なかった時にこの言葉を自分自身につぶやくとすれば、それは単なる言い訳になってしまいます。今回のブログはこの問題が主題です。

まだ随分若かった時の自分自身の体験を思いだしてみると、「まあ、いいじゃないか」という言葉を内心自分自身に言った時の気持ちは、慰めでも寛容さでも大らかさでもありませんでした。そして、単なる言い訳でもないのです。そこにあったのは「どうせ自分なんてこんなものだ。どうせ自分なんかダメなんだ」という、まさに、自堕落そのものの気持ちだったのです。

この気持ちに気がついた時のどうしようもないほどの“やるせなさ”は今でもはっきりと思い出すことができます。でも、そのどうしようもないほどのやるせない気持ちが「こんな気持ちは二度と味わいたくない」と僕の眼を覚ましてくれたのです。

そのおかげで、その後今日まで二度とそのような気持ちを味わうことなく、いつも前向きに生きてくることができました。そして、その体験から、今では、人間というものは自分を変えてどこまでも向上してゆけるのだと言い切れるようにもなりました。

例えば、いつまでも劣等感を引きずりながら生きているような方でも、自分自身の決意、決断一つでそれから完全に解放されるのです。

他のことでも同じです。これが真実だとわかったら、きちんと決断することです。きちんと決断しないと、いつまでも苦しむことになります。そして、はっきり決断したことを二度と疑わないことです。





ペイ・フォワード・トゥルース

ペイ・フォワード・トゥルース

僕は小さい頃から、人から何かをしてもらっても、“嬉しい“というような感情は湧いてきても、あまり”有難い“というような気持ちが湧いてこないのを我ながら不思議に思っていました。今考えてみると、多分、何かをしてもらったら感謝するものだということがよく分からなかったのだと思います。

では、今はどうかと言うと、実は正直に言って、今もよく分からないのです。子供の時には僕には人に何かをしてあげるというような優しい気持ちがほとんどなかったように思うのですが、人生の転機となった26歳の時からは、できるだけ人のために何かをしてあげたいといつも思ってきました。そして、それが僕自身の生きる喜びとなっています。

“感謝”というのは、ペイ・バック、つまり、何かしてくれた人に善意をお返しをするということです。僕はそれはそれで素晴らしいことだと思います。けれども、正直に言えば、ペイ・フォワード、つまり、善意を何かをしてくれた人にではなく、他の人にお返しをする、つまり、次の人にリレーする(伝える) ほうが僕にはより自然な感じがするのです。

思えば、今日まで実に多くの方々にいろんなことをしていただいたり助けられました。僕はそのたびにそうしていただいた方々の善意を僕だけの中に閉じ込めないで、できるだけ多くの方々に分け与えようという気持ちで生きてきました。それは奇跡的に気がついた存在の真実をできるだけ多くの人に伝えるということです。

存在の真実に気づくことができたのは、それまでに直接的、間接的に関わったすべての人のおかげです。そして、それ以来みなさんに存在の真実について伝えてきたわけですが、その中に僕自身のものと言えるものは一つもありません。すべて教えていただいたもの、伝えていただいたものばかりです。それを僕なりに整理したり、分かりやすくしたり、伝えやすくするなど、いわば、“編集して”みなさんに伝えていくのが僕の役目だと思っています。

ですから、もし、僕がみなさんに何かをしてあげたとしても、それに対してペイ・バックしてくださるのはもちろん嬉しいのですが、それよりも何十倍、何百倍も僕にとって嬉しいのは、それをペイ・フォワード してくださることなのです。

今日まで“感謝”はとても大切なことだと言われてきました。でも、それは、この世界ではみんなバラバラだと思っているからなのです。だから“有難い”、つまり、「人と人がバラバラな世界でそんな善意による行為は有ることは難しい、なかなかない」という言葉が感謝という意味に使われるようになったのです。

不可分一体の世界には、本来、“感謝“はありません。善意を次々と伝えていく不朽のハタラキと喜び、ペイ・フォワードがあるだけです。

僕はこれからもペイ・フォワード・ピースとペイ・フォワード・トゥルースをやっていきます。それが僕自身の喜びだからです。

“トゥルース(truth)は英語で“真実”という意味で、“ペイ・フォワード・トゥルース”は、“存在の真実を次々と人に伝える”という意味を込めた僕の造語です。





| ホーム |


 ホーム  » 次のページ