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昇平

Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

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本当にいいのか?

本当にいいのか?

「つまずいたって いいじゃないか にんげんだもの」 

これは相田みつおさんの言葉です。なんかホッとしますね。

では、次の言葉はどうでしょうか? 
「失敗したっていいじゃないか にんげんだもの」

これは事によりけりではないでしょうか。例えば、外科の手術室の壁にそんな色紙が額縁に入って掛かっていたら、何かドキッとしてしまいますよね。さすがにこれはまずいでしょう。 

では、次の言葉はどうでしょうか? (これは僕が創った言葉です。誰かが同じことを言っているかもしれませんが・・・)

「まあ、いいじゃないか にんげんだもの」

この言葉はそれが使われる場面によって随分意味合いが違ってくるように思います。

例えば、誰かが何か失敗した時などでは、この言葉を掛けられたことによって、その人はホッとするかもしれませんね。事によりけりではありますが、多くの場合に、他の人の失敗を責めるのでなく、寛大に許すことは大切なことだと思います。

また、この言葉は相手にもよるのではないでしょうか。

例えば、何かうまくいかない時などに自分を責めすぎる傾向の方は結構いるのではないかと思います。そのような方にとっては、この言葉はとても有効だと思います。一生懸命やって失敗したのであれば、自分を責めすぎるのは決してよいことではありません。それよりも、何とかできないかとか、次はうまくできるようにするにはどうしたらよいかと冷静にアタマを巡らすほうが賢明です。

ところが、本当は絶対にやりとげなければいけない場合に、それに挑戦しながら、それが出来なかった時にこの言葉を自分自身につぶやくとすれば、それは単なる言い訳になってしまいます。今回のブログはこの問題が主題です。

まだ随分若かった時の自分自身の体験を思いだしてみると、「まあ、いいじゃないか」という言葉を内心自分自身に言った時の気持ちは、慰めでも寛容さでも大らかさでもありませんでした。そして、単なる言い訳でもないのです。そこにあったのは「どうせ自分なんてこんなものだ。どうせ自分なんかダメなんだ」という、まさに、自堕落そのものの気持ちだったのです。

この気持ちに気がついた時のどうしようもないほどの“やるせなさ”は今でもはっきりと思い出すことができます。でも、そのどうしようもないほどのやるせない気持ちが「こんな気持ちは二度と味わいたくない」と僕の眼を覚ましてくれたのです。

そのおかげで、その後今日まで二度とそのような気持ちを味わうことなく、いつも前向きに生きてくることができました。そして、その体験から、今では、人間というものは自分を変えてどこまでも向上してゆけるのだと言い切れるようにもなりました。

例えば、いつまでも劣等感を引きずりながら生きているような方でも、自分自身の決意、決断一つでそれから完全に解放されるのです。

他のことでも同じです。これが真実だとわかったら、きちんと決断することです。きちんと決断しないと、いつまでも苦しむことになります。そして、はっきり決断したことを二度と疑わないことです。





ペイ・フォワード・トゥルース

ペイ・フォワード・トゥルース

僕は小さい頃から、人から何かをしてもらっても、“嬉しい“というような感情は湧いてきても、あまり”有難い“というような気持ちが湧いてこないのを我ながら不思議に思っていました。今考えてみると、多分、何かをしてもらったら感謝するものだということがよく分からなかったのだと思います。

では、今はどうかと言うと、実は正直に言って、今もよく分からないのです。子供の時には僕には人に何かをしてあげるというような優しい気持ちがほとんどなかったように思うのですが、人生の転機となった26歳の時からは、できるだけ人のために何かをしてあげたいといつも思ってきました。そして、それが僕自身の生きる喜びとなっています。

“感謝”というのは、ペイ・バック、つまり、何かしてくれた人に善意をお返しをするということです。僕はそれはそれで素晴らしいことだと思います。けれども、正直に言えば、ペイ・フォワード、つまり、善意を何かをしてくれた人にではなく、他の人にお返しをする、つまり、次の人にリレーする(伝える) ほうが僕にはより自然な感じがするのです。

思えば、今日まで実に多くの方々にいろんなことをしていただいたり助けられました。僕はそのたびにそうしていただいた方々の善意を僕だけの中に閉じ込めないで、できるだけ多くの方々に分け与えようという気持ちで生きてきました。それは奇跡的に気がついた存在の真実をできるだけ多くの人に伝えるということです。

存在の真実に気づくことができたのは、それまでに直接的、間接的に関わったすべての人のおかげです。そして、それ以来みなさんに存在の真実について伝えてきたわけですが、その中に僕自身のものと言えるものは一つもありません。すべて教えていただいたもの、伝えていただいたものばかりです。それを僕なりに整理したり、分かりやすくしたり、伝えやすくするなど、いわば、“編集して”みなさんに伝えていくのが僕の役目だと思っています。

ですから、もし、僕がみなさんに何かをしてあげたとしても、それに対してペイ・バックしてくださるのはもちろん嬉しいのですが、それよりも何十倍、何百倍も僕にとって嬉しいのは、それをペイ・フォワード してくださることなのです。

今日まで“感謝”はとても大切なことだと言われてきました。でも、それは、この世界ではみんなバラバラだと思っているからなのです。だから“有難い”、つまり、「人と人がバラバラな世界でそんな善意による行為は有ることは難しい、なかなかない」という言葉が感謝という意味に使われるようになったのです。

不可分一体の世界には、本来、“感謝“はありません。善意を次々と伝えていく不朽のハタラキと喜び、ペイ・フォワードがあるだけです。

僕はこれからもペイ・フォワード・ピースとペイ・フォワード・トゥルースをやっていきます。それが僕自身の喜びだからです。

“トゥルース(truth)は英語で“真実”という意味で、“ペイ・フォワード・トゥルース”は、“存在の真実を次々と人に伝える”という意味を込めた僕の造語です。





火星は丸かった!

火星は丸かった!

人類で初めて宇宙空間に飛び出したソ連のガガーリンは地球に帰還した時、「地球は青かった!」と言った。

その言葉はメデイアを通して全世界を駆け巡った。多くの人々と同じように、僕もこの地球をこの上なく愛おしく思った。そして、その上に住む生きとし生けるものの幸福と平和を心から祈った。

テレビなどでは、このところ火星の大接近が話題になっている。都会ではどうなのかは分からないが、山の中腹にある我が家からは町の明かりに妨げられることなく、ほとんど毎晩火星をはっきりと見ることが出来る。

たしかに、今までに比べると輝きが一段と大きくなっているようだ。けれども、火星は明るい光を放っているが、「火星大接近」と言っても、僕にとっては夜空に輝く多くの星々と同じように、火星はたんなる光の一点にすぎなかった。

ところが、昨夜家の中に熱気がこもって、あまりにも暑いので、外に出て山の冷気を楽しんでいる時に、東南の夜空に火星が赤っぽい光を放っているのが見えた。その時、たしか我が家のどこかに望遠鏡があったことを思い出した。

「そうだ。あの望遠鏡で見てみよう」と思って、家の中に戻って、書斎の隅のほうにあった望遠鏡を外に持ち出して、早速火星に照準を当てて、レンズを覗き込んだ。

その瞬間、僕は何十年に一度あるかどうかという何とも言えない感動に包まれていた。その時、僕の口から飛び出したのは「火星は丸かったんだ!」という言葉だった。

火星はもはや大きさもない無機質な点ではなく、小さくはあるが、実体のある生きた球体の星であることを理屈や知識としてでなく、自分の眼ではじめて知ることができたのだ。まさに火星は地球に大接近して、その真の姿を私たちに見せてくれたのだ。

そして、その時思ったことは、火星から自分たちが生きている地球を見れば、地球もこの火星と同じように、実体のある生きた丸い小さな星として見えているにちがいない、ということだった。

その時、僕は初めて、自分たちが生きている地球が広大な宇宙の中の一つの星であることを実感することができたのである。

たしかに、これまで度々テレビなどで、宇宙船や月から撮影した地球や火星の写真を見たことはあったが、昨夜は望遠鏡は通したとしても、この自分自身の肉眼で火星の実像をみて、それを実感することができたのである。

こんなことを書けば、天文学者の方々やアマチュアの天文フアンの方々からは、何をいまさら言っているのだと笑われるだろう。しかし、それらの方々も初めて望遠鏡で火星や他の星の姿を認めた時には、僕と同じような感激を味わったにちがいないと思うのである。

それはともかく、今、我が家の外に目の前に見えているこの景色は、もはや、ただの見慣れた景色ではない。僕には、今この瞬間太陽の周りを回っている地球という小さな星の姿として見えるようになった。

それだけに、あらためて、この地球という小さな星に住む生きとし生けるものの永遠の幸福と平和を実現するために微力ながら全力で頑張りたいと思わずにはいられないのだ。





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自分というもの  その3

自分というもの  その3
(その2からのつづき)

26歳の体験の前までは、僕には、この世界では自分を含めてみんな分離してバラバラに存在し、ここに自分というものが存在していて、その外にはすべて自分でないものが存在しているというように思っていました。

ですから、普段は意識することはないとしても、ふとした時に、この世界では自分はどこまでも孤独であると感じていました。だからこそ、何かの折に、自分の心の奥にケチな根性があるのに気がついて、時々、我ながらイヤになることもありました。

それが一変しました。この世界のすべてが自分の分身であり、自分の兄弟姉妹であり、自分自身でした。

空に浮かぶ雲が僕であり、風に揺れる木の葉が僕であり、遠くに見える山が僕であり、「キーッ」と鋭い声で鳴いている鳥が僕であり、膝の上に跳び乗ってきた子ネコが僕であり、テーブルの上のボールペンが僕なのです。

すべてが自分なのです。同時に、自分はどこにもいないのです。こんなことに、ふと気がついたのです。気がついてみれば、これがまさしくこの世界の真実の姿であり、それまで見ていたバラバラの世界は、そのように見えているにすぎません。

生き方も一変しました。「まごころ、本当の心」そのままで生きていけばよいのだ。人のため世のために自分の全てを出していこう、その結果、たとえ野垂れ死にしても、何の悔いもないと思いました。それが最高の生き方だと思いました。それは悲壮な決意でもなんでもなくて、非常に自由で軽やかな新しい人生の出発でした。

すべて手放しで、まごころ丸出しで生きていく。「まごころ」というのは、通常の思考や感情などの通常の心を超えたところに、元々存在する自分の本体である“いのち“から湧き出てきているのだと思います。それで生きられるだけ生きればいいと思いました。ケチな思いがまったくなかったとは言えないでしょうが、自分なりには精一杯まごころに沿って生きてきました。幸いにも、それでちゃんと食えてきました。まさに道中衣食有りです。

他の人からはどう思われるかわかりませんが、自分としては、これまで本当に満足して生きてきました。「満足」という言葉を「安心」と置き換えてもよいでしょう。

確かに、現象としては、いろいろと不都合なことが身に降りかかってきたこともあります。たとえば、緑内障は半年後には奇跡的に回復しましたが、もともと眼は何かと弱く、いろいろ不都合な症状が出てきます。交通事故に巻き込まれたこともあります。

でも、どんなことがあってもいつも自分自身は根底では安心の中で生きてきました。肉体が死ぬときも、恐らく、この安心の中で死んでいくのではないかと思います。

それはそれとして、この世の中にはいろいろなことで苦しんでいる不幸な人が犇めいています。一人も不幸な人がいない世の中を実現することこそが僕の人生の目標です。

こんなことを言うと、「偉いですね」と言われそうですが、それこそ見当違いというものです。みんな一緒、みんな自分なのであり、他人事ではないからです。

(おわり)





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自分というもの  その2

自分というもの  その2
(その1からのつづき)

26歳のときに、目が見えようが見えまいが、自分は変わることはない。したがって、自分の人生の価値と意味は変わらない、ということが体験としてはっきり分かりました。そして、それから1週間の間にそれまでの人生の悩みが全部解決しました。それまで人生に対するいろんな深刻な疑問があったのですが、その一週間のうちにその疑問自体が一切なくなってしまったのです。

では、「何がそれまでと違ったのか?」と問われても、なかなか言葉では説明できません。
でも、強いて言葉で表現すれば、「世界観が540度、1回転半変わった」、あるいは、「それまで見えていると思っていた世界とはまったく違う世界が見えた」と言うこともできるでしょう。

僕はその時まで、「いろいろな精神的活動(心)と肉体的な活動をしているこの体」が“自分”というものであると思っていました。簡単に言えば、この体と心が自分だと思っていたのです。

ですから、病気やケガでこの体が損傷したりすれば、それは「自分が損なわれた」ということであり、心の働きに何らかの異常が出てくれば、それは「自分が異常になった」ということであり、心の働きを含めてこの体の働きが停止すれば、それは「自分が死んだ」ということであると思い込んでいました。

ですから、肉体的に死ぬことは「自分がなくなる」と思っていたので、怖くて仕方がありませんでした。

同じように、眼が見えなくなるということは、「自分が大きく損なわれることである」と感じていました。ですから、怖くて仕方がなかったのです。

ところが、眼科医の説明を冷静に聞いている自分に気づいた時に、アレッと思い、何か自分の中を外から覗き込むような感じになりました。それからすぐに病院の玄関を出て、空を見上げた時に、前方に葉っぱがすっかり落ちたイチョウの木が見えているのですが、同時に、無意識の内に、逆方向の眼の奥の方を見ている感じになったのです。そして、そこには、ただ静寂で透明な空間だけがあることに気づいたのです。

もちろん、これは視覚的な錯覚に過ぎないのですが、それをきっかけに「本当の自分というものは、この体や心ではなく、それらの内側というか奥にあって、色も匂いも形も姿も音もなく、ただ空っぽで透明・静寂、それだけに、何があっても絶対に変わらない確かな実在である」ということにはっきりと体感的に気づいたのです。

その後は、時間を見つけては、体や心ではなく、それらの奥にある本当の自分を確かめるようにしてきました。それと同時に、この体の外にある人やネコや草や木、あるいは、机や畳、部屋など、あるいは、森や山や空など、いろいろなものに意識を向けるようにしてみると、やはり、それぞれの奥に同じ透明・静寂で空っぽな確かな実在が感じられるようになってきました。

それで、その実在を“いのち“と呼ぶことにしたのですが、結局、この世界にあるものは姿、形は違っていても、すべてこの同じ一つの“いのち“が現象として現れていることを知りました。すべては不可分(分けることができない)一体、すなわち、「みんな一緒」なのです。

(つづく)





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