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昇平

Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

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火星は丸かった!

火星は丸かった!

人類で初めて宇宙空間に飛び出したソ連のガガーリンは地球に帰還した時、「地球は青かった!」と言った。

その言葉はメデイアを通して全世界を駆け巡った。多くの人々と同じように、僕もこの地球をこの上なく愛おしく思った。そして、その上に住む生きとし生けるものの幸福と平和を心から祈った。

テレビなどでは、このところ火星の大接近が話題になっている。都会ではどうなのかは分からないが、山の中腹にある我が家からは町の明かりに妨げられることなく、ほとんど毎晩火星をはっきりと見ることが出来る。

たしかに、今までに比べると輝きが一段と大きくなっているようだ。けれども、火星は明るい光を放っているが、「火星大接近」と言っても、僕にとっては夜空に輝く多くの星々と同じように、火星はたんなる光の一点にすぎなかった。

ところが、昨夜家の中に熱気がこもって、あまりにも暑いので、外に出て山の冷気を楽しんでいる時に、東南の夜空に火星が赤っぽい光を放っているのが見えた。その時、たしか我が家のどこかに望遠鏡があったことを思い出した。

「そうだ。あの望遠鏡で見てみよう」と思って、家の中に戻って、書斎の隅のほうにあった望遠鏡を外に持ち出して、早速火星に照準を当てて、レンズを覗き込んだ。

その瞬間、僕は何十年に一度あるかどうかという何とも言えない感動に包まれていた。その時、僕の口から飛び出したのは「火星は丸かったんだ!」という言葉だった。

火星はもはや大きさもない無機質な点ではなく、小さくはあるが、実体のある生きた球体の星であることを理屈や知識としてでなく、自分の眼ではじめて知ることができたのだ。まさに火星は地球に大接近して、その真の姿を私たちに見せてくれたのだ。

そして、その時思ったことは、火星から自分たちが生きている地球を見れば、地球もこの火星と同じように、実体のある生きた丸い小さな星として見えているにちがいない、ということだった。

その時、僕は初めて、自分たちが生きている地球が広大な宇宙の中の一つの星であることを実感することができたのである。

たしかに、これまで度々テレビなどで、宇宙船や月から撮影した地球や火星の写真を見たことはあったが、昨夜は望遠鏡は通したとしても、この自分自身の肉眼で火星の実像をみて、それを実感することができたのである。

こんなことを書けば、天文学者の方々やアマチュアの天文フアンの方々からは、何をいまさら言っているのだと笑われるだろう。しかし、それらの方々も初めて望遠鏡で火星や他の星の姿を認めた時には、僕と同じような感激を味わったにちがいないと思うのである。

それはともかく、今、我が家の外に目の前に見えているこの景色は、もはや、ただの見慣れた景色ではない。僕には、今この瞬間太陽の周りを回っている地球という小さな星の姿として見えるようになった。

それだけに、あらためて、この地球という小さな星に住む生きとし生けるものの永遠の幸福と平和を実現するために微力ながら全力で頑張りたいと思わずにはいられないのだ。





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自分というもの  その3

自分というもの  その3
(その2からのつづき)

26歳の体験の前までは、僕には、この世界では自分を含めてみんな分離してバラバラに存在し、ここに自分というものが存在していて、その外にはすべて自分でないものが存在しているというように思っていました。

ですから、普段は意識することはないとしても、ふとした時に、この世界では自分はどこまでも孤独であると感じていました。だからこそ、何かの折に、自分の心の奥にケチな根性があるのに気がついて、時々、我ながらイヤになることもありました。

それが一変しました。この世界のすべてが自分の分身であり、自分の兄弟姉妹であり、自分自身でした。

空に浮かぶ雲が僕であり、風に揺れる木の葉が僕であり、遠くに見える山が僕であり、「キーッ」と鋭い声で鳴いている鳥が僕であり、膝の上に跳び乗ってきた子ネコが僕であり、テーブルの上のボールペンが僕なのです。

すべてが自分なのです。同時に、自分はどこにもいないのです。こんなことに、ふと気がついたのです。気がついてみれば、これがまさしくこの世界の真実の姿であり、それまで見ていたバラバラの世界は、そのように見えているにすぎません。

生き方も一変しました。「まごころ、本当の心」そのままで生きていけばよいのだ。人のため世のために自分の全てを出していこう、その結果、たとえ野垂れ死にしても、何の悔いもないと思いました。それが最高の生き方だと思いました。それは悲壮な決意でもなんでもなくて、非常に自由で軽やかな新しい人生の出発でした。

すべて手放しで、まごころ丸出しで生きていく。「まごころ」というのは、通常の思考や感情などの通常の心を超えたところに、元々存在する自分の本体である“いのち“から湧き出てきているのだと思います。それで生きられるだけ生きればいいと思いました。ケチな思いがまったくなかったとは言えないでしょうが、自分なりには精一杯まごころに沿って生きてきました。幸いにも、それでちゃんと食えてきました。まさに道中衣食有りです。

他の人からはどう思われるかわかりませんが、自分としては、これまで本当に満足して生きてきました。「満足」という言葉を「安心」と置き換えてもよいでしょう。

確かに、現象としては、いろいろと不都合なことが身に降りかかってきたこともあります。たとえば、緑内障は半年後には奇跡的に回復しましたが、もともと眼は何かと弱く、いろいろ不都合な症状が出てきます。交通事故に巻き込まれたこともあります。

でも、どんなことがあってもいつも自分自身は根底では安心の中で生きてきました。肉体が死ぬときも、恐らく、この安心の中で死んでいくのではないかと思います。

それはそれとして、この世の中にはいろいろなことで苦しんでいる不幸な人が犇めいています。一人も不幸な人がいない世の中を実現することこそが僕の人生の目標です。

こんなことを言うと、「偉いですね」と言われそうですが、それこそ見当違いというものです。みんな一緒、みんな自分なのであり、他人事ではないからです。

(おわり)





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自分というもの  その2

自分というもの  その2
(その1からのつづき)

26歳のときに、目が見えようが見えまいが、自分は変わることはない。したがって、自分の人生の価値と意味は変わらない、ということが体験としてはっきり分かりました。そして、それから1週間の間にそれまでの人生の悩みが全部解決しました。それまで人生に対するいろんな深刻な疑問があったのですが、その一週間のうちにその疑問自体が一切なくなってしまったのです。

では、「何がそれまでと違ったのか?」と問われても、なかなか言葉では説明できません。
でも、強いて言葉で表現すれば、「世界観が540度、1回転半変わった」、あるいは、「それまで見えていると思っていた世界とはまったく違う世界が見えた」と言うこともできるでしょう。

僕はその時まで、「いろいろな精神的活動(心)と肉体的な活動をしているこの体」が“自分”というものであると思っていました。簡単に言えば、この体と心が自分だと思っていたのです。

ですから、病気やケガでこの体が損傷したりすれば、それは「自分が損なわれた」ということであり、心の働きに何らかの異常が出てくれば、それは「自分が異常になった」ということであり、心の働きを含めてこの体の働きが停止すれば、それは「自分が死んだ」ということであると思い込んでいました。

ですから、肉体的に死ぬことは「自分がなくなる」と思っていたので、怖くて仕方がありませんでした。

同じように、眼が見えなくなるということは、「自分が大きく損なわれることである」と感じていました。ですから、怖くて仕方がなかったのです。

ところが、眼科医の説明を冷静に聞いている自分に気づいた時に、アレッと思い、何か自分の中を外から覗き込むような感じになりました。それからすぐに病院の玄関を出て、空を見上げた時に、前方に葉っぱがすっかり落ちたイチョウの木が見えているのですが、同時に、無意識の内に、逆方向の眼の奥の方を見ている感じになったのです。そして、そこには、ただ静寂で透明な空間だけがあることに気づいたのです。

もちろん、これは視覚的な錯覚に過ぎないのですが、それをきっかけに「本当の自分というものは、この体や心ではなく、それらの内側というか奥にあって、色も匂いも形も姿も音もなく、ただ空っぽで透明・静寂、それだけに、何があっても絶対に変わらない確かな実在である」ということにはっきりと体感的に気づいたのです。

その後は、時間を見つけては、体や心ではなく、それらの奥にある本当の自分を確かめるようにしてきました。それと同時に、この体の外にある人やネコや草や木、あるいは、机や畳、部屋など、あるいは、森や山や空など、いろいろなものに意識を向けるようにしてみると、やはり、それぞれの奥に同じ透明・静寂で空っぽな確かな実在が感じられるようになってきました。

それで、その実在を“いのち“と呼ぶことにしたのですが、結局、この世界にあるものは姿、形は違っていても、すべてこの同じ一つの“いのち“が現象として現れていることを知りました。すべては不可分(分けることができない)一体、すなわち、「みんな一緒」なのです。

(つづく)





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自分というもの  その1

自分というもの  その1

眼が見えても見えなくても、自分は決して変わらない。体や心、さらには外界の状況はいろいろ変わることはあっても、自分自身は決して変わらない。なぜなら、体や心は着物のようなもので、それらを着ている自分自身ではないからだ。自分は体や心のずっと内側にあって、絶対不変で完璧であり、何があっても傷つくものではない。だから、どんなことがあっても、恐れることも心配することもないのだ。

以上は、僕が26歳のときに眼科医に「緑内障です」と宣告された直後に体験した気づきを当時の僕の拙い言葉で表現したものです。

26歳の時の気づきをもう少し詳しく説明してみましょう。

眼が見えないということは、体の一部に不具合があるということであるが、それは自分が着ている洋服に穴が開いているようなものだ。しかし、たとえ洋服に穴が開いても自分自身に傷が付くわけではない。つまり、本当の自分自身は何があっても傷つくこともなく、絶対に変わらない、何一つ欠けるところがない完結した存在である。

それはまったく透明で静寂で何もなく「空っぽ」のように見えるが、実は、どこまでも何かが充満している。

それはまさに般若心経に書かれているように、もともと生まれたものではなく、何かによって消滅するものでもない。何かの条件によって増えたり減ったりするようなものではない。そして汚れたり清くなったりするようなものでもない。不生不滅であり、絶対不変の存在なのだ。

自分は何があっても死なない。いずれ時が来て肉体は滅びても、自分は死なない。肉体が滅びて、自分という意識があるのかどうかはわからないが、自分はどこにも行かない。これは魂(そんなものがあるのか知らないが)の話をしているのではない。肉体、心、魂(それがあるとして)などの着物の話ではなく、それを着ている奥にある本体、つまり、自分のことだ。とにかく、自分というものは絶対不変であり、何があっても傷つくことはない。だから、何も恐れることも心配することもないのだ。

この確信は今日に至るまでどんな状況にあっても微塵も揺るぐことはありませんでした。そのお蔭で、今日まで、文字通り、何物も恐れることなく楽しく生きてきました。


けれども、当時は、「自分は身体や心ではなく、その奥にあるもの」ということには気づいていたのですが、「その“自分”の正体は何なのか」ということが充分にはっきりしていたわけではありませんでした。

それまで、すでに自分というものについて、体験的に存在の事実をはっきりと捉えていたにもかかわらず、そのときはまだ「個としての自分はある」という観念に縛られて、自分と全体の関係ということにあまり関心が向いていなかったからだと思います。

でも、その後心が落着いて、全体との関りがだんだん見えてきて、次第にはっきりしてきたのは、自分が不生不滅の絶対の実在であるのと同じように、この世界のすべてのものが不生不滅の絶対の実在であること、そして、真実は、この世界のすべてがぶっ続きの同じ一つの不生不滅の絶対の実在であるということです。

すなわち、「自分は宇宙であり、庭の1本のタンポポの花が宇宙だ」ということです。

(つづく)






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徒然の思い

徒然(つれづれ)の思い

幼かった時の子と父の会話
父、「なぁ、将来お前は何になりたい?」
子、「大人」
父、「だから、大人になったら何になりたいんだ?」
子、「何にも」

少年になった時の子と父の会話
父、「将来お前は何になりたい?」
子、「大人」
父、「偉くなりたくないのか?」
子、「ただの人が一番いいな」

彼が何かをやっていた時の母と子のいつもの会話
母、「そんなに一生懸命何のためにやっているの?」
子、「面白いからさ」

幼い時から、彼はどんな小さな生き物でさえ、殺すのを嫌がった。
母は、ある時彼が自分の手の甲にとまって血を吸っている蚊を面白そうに見ているのに気づいた。
母が蚊を叩こうとすると、彼は手を振って蚊を逃がしてやった。
母、「どうして?」
子、「腹を空かさせちゃ可哀そうじゃないか」
動物も魚も彼の友達であり、遊び仲間なのだ。
誰が友達を捕まえたり、友達を食べたりするだろうか?
彼は肉も魚も一切口にしない。

いろいろ質問されても、彼の答えはいつも直截で簡単だった。
いつでも本心しか言わないからだ。
彼は生まれてから方便のための嘘をついたことがない。
口に出したことはすべて本気なのだ。
約束や誓いはいつも心からのものだ。

彼は何事も先取りして考えたり悩んだりすることが大嫌いだった。
明日のことなど人間風情に分かるわけがない。
分からないからこそ、生きるのが楽しいのではないか。
現実にぶつかってみて、知力と体力の限りを尽くして対応すればいい。
それで駄目なら死ねばいい。
彼にとって人生は極めて簡単で楽しさに溢れたものだった。
予測や不安でその楽しさを消してしまう人間の気持ちがわからない。
「その時はその時のことさ」彼はいつも自然である。
明日への方策を明るくしっかりと巡らしながら、
今日を精一杯生きられれば、それでいいじゃないか。
いつ死ぬかは分からないが、死ぬまで清々しく生きたい。
一点の曇りもなく、晴れた空の下で生き、そして、死んでゆきたいと思う。

大人になった時の、父と子の会話
父、「お前はいつ見ても世の中に何の憂いもなさそうな顔をしているな。毎日がそんなに楽しいかね?」
子、「そりゃあ、楽しいですよ。当たり前じゃないですか」
父、「なぜだ?」
子、「私は運がいいんです」
父、「そうだ、お前は運がいい。だからその運を十二分に生かしなさい」
子、「私は好きなように生きます。自分を抑え、自分が自分でなくなってまで、長生きする気はありません」

彼は、少年の日の自分自身との約束だからこそ必ず守ろうと思う。この約束を破ることは、そのまま少年期の無垢への裏切りだと思う。

人は環境によって不幸になる生き物ではない。
人を不幸にするのは確実にその人の心である。
心さえ健やかに爽やかであれば、どんな境遇にいても幸せを見つけることは可能なのだ。
みんなにもそれを見つけてほしいと思う。

生まれてから今まで、好きなように生きてきた。
この世の素晴らしさも充分に味わってきた。
「いつ死んでも悔いはない」それが彼の本音だ。
だからこそ、きっと長生きするんじゃないかな。





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