プロフィール

昇平

Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

最新記事

カテゴリ

最新コメント

月別アーカイブ

最新トラックバック

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム

今滞在されている皆さんの数

現在の閲覧者数:

これまで訪問された皆さんの数

なぜ平和な世界を希求しないのか

なぜ平和な世界を希求しないのか

1967年3月6日未明に

人間は空を飛ぶことを夢見た
人間は水をくぐることを夢見た
レオナルド以前にも
それを空想した人があるかも知れない
レオナルド以後の多くの人々の夢は実現した

人間と人間が殺し合わない世界の実現は
空を飛ぶより
水をくぐるより
より切実な夢ではないか
人間の集団が他の集団から襲われることを
疑い恐れている あわれな姿
人間として人間を恐怖する姿
そんなことがあってよいものか
なぜ、それをなくすことを夢みないのか
人間が他の人間の上に爆弾を落とす
そんなことが
平気でできる人間がいてもいいものか

生きようと切な願いを持つ人々
その切な願いにかこまれて
生きようとする自分

自己を生かし 他を生かす
人間の悲願のすべては
そこにかかっているのではないか

エラスムスが夢み
カントが夢み
限りなく多くの人々が夢み
意識的にせよ 無意識的にせよ
すべての母親が心の底に願い夢みている
戦争なき世界がどうして実現できないのか


社会に正しさを豊かさを育てようとする社会
科学は何をしているのだろう
社会をよくし正しくしようとし
隣人愛人類愛を説き願うすべての教育者は
何をしているのだろう
戦争なき世界の実現は夢なのか
夢は実現できないというのか
空を飛び 水をくぐり 宇宙の果ての
月に星に旅しようとする夢は実現できても
人と人が殺し合わない世界の実現は
できないというのか

「人間の業の深さ」などといって良心をごまかし
何もせず 傍観していてよいものなのか
世界の科学者教育者
すべての人々が手をつなぎ
力を合わせる時が来ているのではないか
日本の科学者は
なぜアメリカの科学者によびかけないのか
なぜ世界の働くもの 科学者教育者は
団結しないのか
なぜすべての人々は
自分でできる平和の道をさがさないのか

(1967年 3月 小林 多津衛 70歳)


この文章は僕が敬愛する故小林多津衛先生が書かれたものです。

パソコンの整理をしていたら、さっき偶然この文章を発見しました。

僕も昨日からずっとまったく同じ趣旨のことをブログに書きたいと思っていました。

実に不思議です。


(なお、「なぜ平和な世界を希求しないのか」というタイトルは僕が仮に付けたものです。)





←クリックで応援よろしくお願いします
人気ブログランキングへ

赤十字国家の提唱

赤十字国家の提唱

僕は2007年に『国の理想と憲法』を七ツ森出版より上梓し、世界の恒久平和実現を実現するために、「日本を国際環境平和国家にするという理想を掲げよう」という提案をしました。

この提案の原点となったのが和田重正先生の『国家エゴイズムを超えて』と小林多津衛先生の『赤十字国家への提唱』という2冊の本です。

先日多津衛先生についての記事が朝日新聞の長野版に掲載されましたので、以下、それをそのままご紹介します。この記事を機に多津衛先生の思想と実践記録、そして先生が立ち上げられた「多津衛民芸館」(佐久市望月)の存在と活動に興味を持っていただければ大変幸いです。


改憲の足音…今こそ小林多津衛
(2018年5月2日 朝日新聞長野版)

小林多津衛が収集した皿や猪口(ちょこ)などが並ぶ民芸館を継ぐ吉川徹さん。2016年7月には日本民芸夏期学校が開かれ、「民芸運動の中で平和を考える」をテーマに120人余りが参加した=佐久市望月

あす憲法記念日
 「憲法は大丈夫かや」。17年前に104歳で亡くなった民芸研究家、平和運動家の小林多津衛(1896~2001)=佐久市=が晩年によく口にした言葉が、杞憂(きゆう)とは言えない状況にある。9条は「人類の現在未来を照らす光」といい、日本は軍拡をやめ、医師や医薬品など「善意」を世界に届ける「赤十字国家」になるべきだと唱えた小林。9条改憲の足音が聞こえる今こそ、この先達を知ってほしい。3日は71回目の憲法記念日。

「9条 人類照らす光」軍拡批判
 1年前の5月に、佐久市にある多津衛民芸館長の吉川徹(80)が、市長と教育長にあてた書簡がある。
 「政府や自治体は、自らの政策に対する批判の自由を保障し、国民の前に政策と批判が同時に並べ置かれ、自由に判断できる状況をつくる努力が求められる」「政策があり批判があり、その中で判断できる状況をつくることが中立性」
  佐久市教育委員会が「政治的」という理由で、市民有志が企画した原発に関する講演会の後援を取り消したことに対し、A4判2枚に学習の自由や教育の中立性についての「私の考え」を書き記したものだ。
 吉川は旧望月町長。在籍していた東京の大学の研究室に声がかかったことが縁で、社会教育主事として町に赴き、地元の公民館の責任者をしていた小林多津衛と出会った。
 婦人会や青年団と一緒に減反政策、ゴミ処理問題を考える勉強会を開くなど1960年代の公民館活動は活発だった。社会教育主事とは無縁の職場に配転されたこともあったが、「学習の自由への攻撃」と仲間たちと闘った。場外馬券場や小学校統合に反対する住民運動にも参加。町長を1期務め、次の選挙は佐久市との合併反対を訴えたが、推進派の候補に敗れた。
 吉川に影響を与え、共に行動してきた小林の原点は戦前の教員時代にある。
 武者小路実篤らが主宰する雑誌「白樺(しらかば)」の精神に基づく教育を目指す「白樺教師」の一人だった。個性や自由を重んじた教員たちは修身の教科書より、武者小路ら白樺派の作家や西欧の文学、絵画などを好んで教材に選んだ。小林も仏作家ロマン・ロランの「ジャン・クリストフ」のガリ版刷りを授業で使った。
 しかし、そうした教育を快く思わない権力側によって「信州白樺教師」らは排除されていく。中心的存在で1919年に退職を強いられた赤羽王郎は、小林に一葉のはがきを送る。「なぜ黙っているんだ 何とかものを言え」。ただ、そう書かれていた。
 この件以降も、多くの教員が治安維持法違反容疑で検挙された2・4事件(33年)などの弾圧を受け、県教育界は戦争遂行に協力していった。
 あの時、小林が教員の組合運動に積極的に加わらなかったのは、いつも子どもたちのそばにいたいという思いが強かったからではないかと、吉川は考える。一方で、「トゲのように残った戦前・戦中の経験を『自分の弱さ』として抱え、『平和』と言い続ける戦後の生き方が決まったと思う」。
 後押ししたのが、日本国憲法だ。前文や9条の透徹した平和主義に「歓喜した」という小林は、53年の浅間山麓(さんろく)米軍演習地設置反対運動に参加したり、82年の日本民芸協会全国大会で異例の「核廃絶・軍縮」の声明を提案したりした。
 85年に著した小冊子「赤十字国家の提唱」で、「軍備によらず、世界への善意の貢献によって国を守る道」を説いた。9条を持つ日本にとって大事なことは、「どこかが攻めてきたらどうするのかという議論を超えて、戦わない状況をどうつくるかだと言っていた」と吉川は振り返る。
 85歳で、平和問題などを取り上げた個人誌「協和通信」を創刊した。「君が正義に反することを行い、私が黙って君にそれをやらせておくとすれば、不正なのは私自身である」。94歳で再刊した際、ロマン・ロランやシュバイツァーとともに私淑していたガンジーの思想を受け、憲法9条があるのに軍備増強が図られている現状を見過ごせないとの意思を鮮明にした。
 「軍備がなくても平和は達成できるんだという、先生が示した道に確信を持たせることが我々の大きな役目ではないか」。吉川は、そう感じている。

平和・民主社会が「夢」
 2014年に出版された「石より堅い9条がある」(川辺書林)で、小林の赤十字国家論を紹介し、そこから想起する板画を添えたのが板画家、森貘郎(75)=千曲市=だ。タイトルは、小林が好きだった言葉「人生には石より堅い夢がある」にちなんだ。
 「あんずの里」として有名な地元で森は、小林を囲む花見会を催した。亡くなる2年前まで約15年間、小林はその輪で語り合うことを楽しんだ。声高に、押しつけるような物言いはしない。「ものづくりや一品一品を大事にし、日常の美しさを守っていくという民芸は、平和な社会があってこそという考えに共鳴した」と、森は話す。
 子どもたちにいいものに触れてほしいと、吉川らと民芸館立ち上げに奔走し、開館した1995年に99歳で館長となった小林。沖縄や北海道のアイヌ民族などの地域の文芸に着目し「隣国の文化への尊敬が、『平和への願い』の基礎である」は、小林の口癖だった。
 「現在のヘイトスピーチやネットにあふれる他国への蔑視や攻撃を、先生がいたらどう思うだろうか」と吉川。個を尊重し、違いを認め合いながら築く平和で民主的な社会――。戦前から小林が描いた「夢」を、夢のままで終わらせてはいけない。=敬称略(北沢祐生)





←クリックで応援よろしくお願いします
人気ブログランキングへ

非対立の世界こそ真実の世界  その4

非対立の世界こそ真実の世界  その4
(その3からのつづき)

ネホサの考えに触れた人の中には、「エゴイズム的生き方から転換してノンエゴイズム的に生きていくことはとてもよいことだと思うのだけれども、そのためには大変な努力と頑張りが必要だろう」と思っている人が少なからずいます。

でも、僕は実際はまったくその逆だと確信しています。

ノンエゴイズム的に生きてこられた方々の体験を調べてみてそう思うのですが、個人だけでなく国家についても同じことが当てはまるはずだと僕は確信しています。

まず、自分の国に「ノンエゴイスティックな国にしよう」という理想が掲げられたらみんなどんなに誇らしく思うことでしょう。

そして、そのようなノンエゴイスティックな国では、個人の努力が国家の理想に直結し、その国家の理想がさらに人類の願いに直結しているので、日々勉強や仕事などの自分の努力そのものが喜びとなるでしょう。

一方、バラバラ観に立脚したエゴイスティックな生き方はアタマの妄想で作り上げた上り坂を上っていくようなものですから、何をやっても難しく苦労なのです。

ところが、不可分一体の存在の真実に沿ったノンエゴイスティックな生き方は、もともとそこにあった平坦な道をそのまままっすぐに歩いていくだけですから、仕事や人間関係もどんどん楽しく、スムーズになって行きます。

それでも、「そのような国にしていくためには、結局、現実の武力や駆け引き外交などによって国を守ろうとする政策と“対立”せざるをえないのではないか? それでは“非対立的”やり方とは言えないではないか?」という意見もあるかもしれません。

その端的な表現が「そんなきれいごとを言って、もし、万一他の国が攻めて来たらどうするのだ?」という意見です。

これは完全な誤解です。

ネホサは「今すぐに軍備を撤廃して、国力を挙げて国際環境問題の解決と途上国の福祉に国力を挙げよう」と言っているのではありません。

ネホサとしては、現実の政策論争には“直接には“関わらないで、それはそれとして、現実の政策と並行する形で、「日本をノンエゴイスティックな国にしよう」という機運を国内に高めていこう。そして、将来的に、徐々に世界のどこの国にもなくてはならない尊敬される国になって、軍備がなくてもどこからも攻められる危険のない状況を作っていこう。このようにして、日本が自ら率先して国家エゴイズムを超えて、新しい世界の礎(いしづえ)となろう、というのがネホサの考えです。

では、どうしたらそのようなノンエゴイスティックな理想を日本に掲げることができるのでしょうか?

それは実に簡単です。とにかく、賛同者を増やせばいいのです。そうすれば、後は自然に道が開けていきます。

あなたが「ネホサはよい考えだ」と賛同しているということは、日本のほとんどの方が賛同する可能性は十分にあるということです。

ですから、まずは、賛同者を増やすために、ネホサについての説明の仕方をみんなで研究することから始めればよいと思います。

(おわり)





←クリックで応援よろしくお願いします
人気ブログランキングへ

非対立の世界こそ真実の世界  その3

非対立の世界こそ真実の世界  その3
(その2からのつづき)

和田重正先生は現代世界の行き詰まりの危機を乗り越え、新しい人類の未来を切り開くためには、「これまでの行きがかり(歴史の因果の流れ)の外に出なければならない」と言われ、また、「これまでの平面を別の平面で切らなければならない」とも言われました。

これは、「この世界はすべてバラバラの対立の世界だ」というアタマの妄想が作り上げた「自国が繁栄しさえすればよいのだ」という虚構の国家エゴイズムをより強固にしていく道を進む限り、私たちはますます行き詰まり、ついには破滅してしまう可能性が強いということです。

それを回避する唯一の道は、「本来、この世界は不可分一体の非対立の世界である」という当たり前の真実に立脚して、「国家エゴイズムを超えて、まず、日本を地球環境問題の解決と途上国の福祉に国力を挙げて貢献する国にしよう」と積極的非対立の国を創造していくことだということです。

これを比喩的に分かりやすく言えば、「喫煙かガマンの禁煙」の生き方ではどこまで行ってもだめだということです。

タバコ問題を根本的に解決するためには、「タバコは実は麻薬である」というその正体を暴いて、「もともとタバコなんて吸う必要はなかったのだ」という当たり前の真実に気付けば、自然にタバコを吸いたい気持ちも消えてしまう」ということと同じです。

吸いたい気持ち自体がなければ、吸わないでいるのにはガマンはもちろん、何の努力も必要ではありません。

それと同じように、「自分さえよければよいのだ」というエゴイズムは「すべてはバラバラである」というアタマの妄想から出てくる思いですから、そういう気持ちになったときの自分の気持ちを点検してみれば、誰でも内心気分がよくないことに気付きます。

それは、自分の本心が望んでいることではないからです。

自分の本心は誰でも「みんなと仲良しでありたい。困っている人や動物がいたら喜んで助けてあげたい」ということです。

本来、みんな不可分一体なのですから、それが当たり前なのです。アタマではないのです。そういう心が集団本能としてもともと私たちの心に組み込まれているのです。

ですから、その内心の声(真心)に素直に沿って生きていくことは、存在の真実、大宇宙の法則(真理)に沿って生きていくことですから、一人一人にとってもっとも容易で楽しい生き方になっていくのは当然です。

それを”国家“に当てはめたのがネホサの提案なのです。

国家は国際社会のもっとも重要な単位であるだけでなく、同時に、国家の体制によって国民の生活や生き方が大きく左右されるという意味で、一人一人の国民の幸福にとっても国の基本的姿勢がカギとなるのです。

ですから、自分の属する国がエゴイズム国家からノンエゴイズム国家に転換すれば、国民一人一人の意識や生き方もエゴイズムからノンエゴイズムへと大きくシフトしていくことになるでしょう。

これがネホサのもう一つのネライです。

(つづく)





←クリックで応援よろしくお願いします
人気ブログランキングへ

非対立の世界こそ真実の世界  その2

非対立の世界こそ真実の世界  その2
(その1からのつづき)

“アタマの人”は「この世界はすべてのものはバラバラで対立世界である。だから、この世で一番大切なものは自分であり、自分の家族であり、自分の国である」という妄想を真実だと思い込んでいます。その結果、個人的にも社会的にも自ら苦しみと混乱を引き起こしながら生きています。

それは、30年ほど前までは、多くの人が「大人の男の人はタバコを吸うのが当たり前だ。吸わないのはどこかおかしいのだ。吸いすぎには気を付けた方がよいのかもしれないが、タバコはいいものだ」という妄想を当然のことと信じ込んでいたのと同じようなものなのです。

要するに、アタマの人は、「周りの人がみんなそのように言っているから、それは真実である」と思い込んでいるだけなのです。

ネホサは「この世界は、本来、不可分一体の非対立の世界だ」という当たり前の真実に立脚して、「日本が世界に先駆けて率先して、武力でなく平和的手段によって地球環境と途上国の福祉に国力を挙げて貢献する国を目指そう」と提案しています。

ところが、アタマの人は不可分一体の非対立の存在の真実に気付いていないので、ネホサの提案を単なる空想的理想論としか思えないのです。

私たちはまずは、本来、この世界は不可分一体の非対立の世界であることをはっきりと自覚することが必要です。

それは決して難しいことではありません。

仮に、自分の思いが正しいと思っていても、そのアタマの思いをいったん棚上げして、自然界のありのままの事実を本当はどうか?と検べてみればよいのです。

たとえば、同種の動物間で生殖活動のためにオス同士がメス巡って争うということがありますが、通常は相手を追い払ってしまえば、そこで争いは終わります。

また、肉食動物は他の種類の動物を殺して食べますが、必要なだけしか殺しません。必要もないのに他の動物を大量に殺すことなど決してありません。

人間のように同種の動物間でしょっちゅう争ったりもしません。

殺し合うということもないわけではありませんが、それは例外的なことであり、しかも、非常に小規模です。人間のように同じ人間を大量虐殺するようなことは決してありません!!

人間以外の動物はこの不可分一体の非対立の世界で本能だけに従って、他の動物や植物と調和しながら生きています。

本来は、私たち人間も同じなのです!!

これまでの自分の考えをいったん横において、自然界と人間社会の事実を直視し対比するのです。

そうすれば、本来この世界は不可分一体の非対立の世界であり、人間社会の苦しみや混乱は「この世界はバラバラの対立世界である」というアタマの妄想(錯覚)が作りだしたものであるということがはっきりと分かるでしょう。

この真実に気づけば、アタマの妄想は瞬時に、そして、永久に消え去ります。

そうすれば、ネホサの提案がどれほど当たり前で、現実的かつ画期的な考えであるかが分かり、心から感動し、一人でも多くの人に一刻でも早く知らせずにはいられないようになるでしょう。

(つづく)





←クリックで応援よろしくお願いします
人気ブログランキングへ

| ホーム |


 ホーム  » 次のページ