結論から言えば、残念ながら、人生は思いどおりにはなりません。
本当は「残念」ということでもありません。ただ「事実はそうだ」というだけのことです。
この世の中で起きること(事実)は、自分の思ったとおりになるときもありますが、思ったとおりにはならないこともあります。
それなのに、事実が自分の思い通りにならなかった場合に、がっかりしたり、暗くなる方が非常に多いように思います。
そして、何かあるたびに一喜一憂しながら生きていくのが人生だと思っているようです。どうせこの世は「浮き世(憂き世)」だというわけです。
でも、これは実におかしな話です。そう思いませんか?
もともと、事実は必ずしも思いどおりにはなりません。この世界はそうなっているのです。
事実が思いどおりにならなかったといって、がっかりしたり、暗くなったりするのは、実は、心の中に一つの思い込みがあるからなのです。
それは、「事実は思いどおりになるはずだ」、あるいは「事実は思いどおりになるべきだ」という頑固とも言える強い思い込みです。
でも、これはやはり実におかしな話です。そもそも、事実と思いはまったく異なる次元のものです。
事実はこの世界で物事が実際に展開する姿です。思いは自分のアタマの中に浮かんでくる空想であって実体ではありません。
もともと、思いと事実は思いは別々のものです。ですから、思いと事実の内容が一致することもあれば、一致しないこともあります。
つまり、事実が思いどおりにならなかったとしても、それは当たり前なのです。ですから、がっかりしたり、暗くなったりするのは、実にこっけいなことだと言うのです。
事実が自分の思いどおりにならなかったとしても、まずは、「事実が思いどおりにはならなかった」という事実をすっきり受け止めることではないでしょうか。
そこから二つの道が前方に伸びています。
一つは、それ以上は状況を思うようには改善できないと思う場合です。
その場合には、改善できないという事実をすっきりと受け止めて、心をさっと切り換えて、明るく生きていけばいいのです。
もう一つは、状況を改善できる可能性があると思う場合です。
その場合には、まず事実をすっきりと受け止めて、その上で状況が思うようになるように、なるように努力しながら明るく生きていきていけばいいのです。
それで状況が思うように改善できなかったとしても、あらかじめ「事実は必ずしも思うようにはならない」ということは納得ずみのはずですから、その結果をすっきりと受け止めればいいのです。
この人生何事につけても、決して一喜一憂しながら生きる必要はないのです。
どこまでも、どこまでも、すっきり、明るく生きていきましょう!
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