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昇平

Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

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調和と共生の世界ー2

調和と共生の世界―2

人類はその初めから個人的な問題で苦しむだけでなく、社会的にも対立や闘争、戦争などを繰り返してきました。

そして、現代でも多くの人々が個人的な問題で苦しんでいます。

それだけでなく、戦争や飢餓、疾病、経済的搾取や困難、環境破壊など深刻な諸問題によって、人類の社会の存続自体が危ぶまれるほど行き詰っています。

その根本原因はどこにあるのでしょうか?

これまで検べてきたように、

人体、大自然、大宇宙、さらにはミクロの世界も、すべての存在は不可分一体であり、“いのち”の摂理に従って調和・共生の世界を形成しています。

ところが、私たち人類の形成する社会は不調和・弱肉強食の世界であると言っても決して誇張ではありません。

本来、調和・共生の不可分一体の世界こそ人間社会のあるべき姿なのではないでしょうか。

ここで、もう一度私たちの体のイトナミについて考えてみましょう。

体は不可分一体ですから、体のどこかに病気や怪我があればそれは体全体の不調和となります。

また、その影響と反応はすべての細胞の末端まで及びます。

また反対に、一個の細胞や組織や器官の異常や傷は一体である全心身の異常に繋がります。

そして、その一個の細胞や組織や器官の異常を治そうと、体のすべての部分が協力し合いながら全力で働きます。

本来、人間の社会は一体という意味では、人の体とよく似ています。

個人や社会におけるいろいろな問題は人の体の病気と同じようなものです。

体の一部の傷みは全身の傷みとなり、心の病となります。

同じように、世界のどこかに一人でも貧困や飢餓、あるいは戦争など、困ったり、苦しんでいる人があれば、自分自身の苦しみ、不幸と捉えるのが人間本来の正常な感覚であり、また正しい観方ではないでしょうか。

そして、その苦しみを一体の自分自身の苦しみや不幸であるとして、少しでも早く取り除き、正常に回復するようにみんなで努力するのが人間本来の姿だと思います。

このように、もし、一人一人がこの存在の真実を自覚すれば、そこにはもはや争いなど起こりようもありません。

また、「自分さえよかったら」あるいは、「自分達さえよかったら」というエゴイズムは生じるはずもないのです。

そうです。私たち一人一人の人間は、本来は、お互いになくてはならない存在なのです。

互いに助け合い、補い合い、協力し合い自然と調和して生きていくことこそ、人類社会のあるべき姿です。

人間社会のすべての問題の根本原因はバラバラ観に基づくエゴイズムにあります。

ここまで人類社会が行き詰った現代においては、私たちひとり一人が「すべての存在は不可分一体である。」という存在の真実を自覚することが絶対に必要です。

私たちはこの自覚に基づいて、調和と共生を根本精神とする社会を創っていかなければならないと思います。



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調和と共生の世界-1

調和と共生の世界-1

“いのち”には形も色も大きさもありません。見ることも、聞くことも、感じることもできません。

“いのち”の顕われであるすべての存在は不可分一体です。

それぞれの存在はもともと一つの“いのち”であり、それぞれの存在は互いになくてはならない関係であり、互いに助け合い、補い合う関係であり、互いに循環し、それぞれの特性や役割を果たすことによって、全体である一つの“いのち”を生きています。

それぞれの個は他のすべての個によって生かされ、個は個として全体である一つの大きな生命を生き、全体である一つの大きな“いのち”はそれぞれの個として生きるのです。

人体、大自然、大宇宙、さらにはミクロの世界も、すべての存在は“いのち”の摂理に従って調和・共生の世界を形成しています。

このように、この世界の本質は調和・共生であり、眼に見えない“いのち”の無限のエネルギーは万物を創造し、生かし、万物に調和と共生をもたらしています。

ところが、私たちの五感と大脳で存在を認識すると、本当は不可分一体の存在がすべてバラバラに見え、感じられます。

大脳は相対的な思考しかできないので、すべての存在がバラバラに見えてしまうのです。それがバラバラ観です。

そのバラバラ観による認識や判断、そして、そこから出てくる「他から分離した自分」という意識と「自分さえよければ」というエゴイズムがすべての苦しみと混乱の正体なのです。

存在の真実はバラバラではなく不可分一体です。そこからいろいろなことがはっきりと見えてきます。

例えば、生は生、死は死です。本来、死は悲しいものでも怖いものでもありません。

そして、もともと、生死はありません。人間は死なないのです。

人間には優劣や差別もありません、全てのものは本来、誰のものであるという所有もありません。

本来、すべてのものは誰のものでもなく、誰でも使えるのです。したがって、何かに執着することもありません。

また、本来自分を縛るものはありません。人間はどこまでも自由な存在なのです。

もともと自分の思いと事実は違うものですから、思い通りにならなくても腹を立てることもありませんし、本当は腹が立たないのが当たり前なのです。

物事が思うとおりにいかなくても、それはもともと当たり前のことですから、悲観したり心配することではありません。

物事を思うようにかなえければ、そこで悲観や心配に浸っていないで、さっと心の向きを転換して、あくまでこころを明るくして方策を練り、実行に移すだけのことです。

たとえ体が病気になったとしても、こころまで悩ませる必要はありません。悲観したり心配したりしないで、明るい気持ちで体を治すことに専念すればいいのです。

もし結果が思いどうりにならなかったとしても、もともと思いと事実は違うのだということを納得していれば、結果に捉われることもありません。その事実をすっきりと受け止めて、どこまでも明るく生きていくだけです。




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バラバラ観は存在の真実か-5

バラバラ観は存在の真実か-5

前にも述べましたが、一人一人の人間の生命は1個の受精卵から始まります。

その1個の受精卵から、何回も細胞分裂を繰り返され、結局60兆以上の細胞、各種の機能を持つ組織、器官が生み出され、それらの各要素が全体として、人間という一つの生命体を構成しています。

これらの細胞、組織、器官はもともと一つのものであり、人間の体全体が1個の受精卵の別の表現であると言うことができます。

なぜなら、最初の1個の受精卵の中にもともと一人の人間の体を創るすべての遺伝子情報、あるいは、能力が含まれているからです。

また、現在地球上に生存している全ての人間は共通の先祖を持つということについても前に述べました。ということは、私たちの最初の共通の先祖の中に、現在地球上のすべての人間を創る情報が含まれていたということになります。

そういう意味で、すべての人間はもともと一つの“いのち”であるのです。

さらに言えば、現在地球上に生存するすべての人間を含めた動物や植物はもともと一種類の単細胞生物が多様に進化したものです。

ということは、最初の一種類の単細胞生物の中に、現在地球上に生存するすべての人間を含めた動物や植物を創り出すすべての情報、あるいは、能力が含まれていたということになります。

ということは、地球上のすべての生物はもともと一つの“いのち”であるということです。。

この宇宙は137億年ほど前に、何もないところから、突然ビッグバンによって始まったと言われています。

一番最初に素粒子ができ、それからいろいろな過程を経て、今日の宇宙になったそうです。そして、その中に太陽系があり、その惑星の一つが地球です。

その地球に38億年ほど前に最初の生命が誕生し、最初の単細胞生物から長い年月の進化を経て、現在のこの大自然、その中に、動物や植物たち、そして、すべての人々が存在しているというわけです。

この宇宙が始まるまでは何もなかったと言われますが、まったくの空っぽということではありません。

眼には見えない無限のエネルギーがもともとあり、それが突然現象化して、この宇宙ができた、ということでしょう。

そして、宇宙自体が長い進化の過程を経て今日の宇宙の姿になったと言われています。

であれば、現在も変化し続けているこの宇宙に存在するものは、無生物であろうと、生物であろうと、すべてこの一つの無限のエネルギーの表れであり、ハタラキである、と言えるのではないでしょうか。

このように、この宇宙を創り、宇宙にはたらいている無限の力、あるいは、この宇宙自身の無限のエネルギーは、無数の星々を創り、大地や山や川、海などの大自然、すべての動植物、そして、私たち一人ひとりを生み出し、生かしています。

そのエネルギーを僕は“いのち”と呼んでいます。

要するに、この宇宙の中に存在するすべてのもの、すべてのハタラキは、もともと一つの “いのち”なのです。



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バラバラ観は存在の真実かー4

バラバラ観は存在の真実かー4

すべての存在は不可分一体の関係にあります。その中で「個と全体」の関係は、
どのようになっているのでしょうか。

私たち人間の体について調べてみましょう。

一人一人の人間の生命の元は一個の受精卵です。

その受精卵がそのままではあまり精密な生命活動をすることができません。

そこで、1個の受精卵が細胞分裂の結果2個の細胞になり、それがまた分裂して4個となるというように、細胞分裂が無限回と言えるほど繰り返し起こります。

結局60兆以上の細胞が形成され、それらの細胞から、各種の機能を持つ組織、そして、器官が生み出され、それらが全体として一人の人間という生命体を構成しているのです。

では、それぞれの細胞や、それぞれの組織、それぞれの器官はバラバラでしょうか?
 
無関係なのでしょうか? 

「ただ繋がりがある」というだけの関係なのでしょうか? 

「密接な関係がある」という表現でお互いの関係を充分に説明しきれるでしょうか?

いずれも間違っています。

それぞれの関係は互いになくてはならない関係であり、互いに助け合い、補い合う関係にあります。

そして、それぞれが互いに循環し、それぞれの特性や役割を果たすことによって全体である一つの生命体(いのち)が生きています。

つまり、それぞれの個は他のすべての個によって生かされ、個は個として全体である一つの大きな生命を生き、全体である一つの大きな生命体はそれぞれの個としても生きているのです。

「個と全体」の関係をもう一つ例を使って説明しましょう。

1987年に発表されたハワイのカン博士らの研究によれば、現在地球上に生存するすべての人間は20万年前にアフリカに生きていた一人の黒人女性を共通の先祖として持つそうです。

要するに、すべての人間はその女性の子孫であり、人類はみな兄弟・家族というわけです。

人類の共通の先祖が本当に特定されのかどうかは別として、すべての人類が、ある特定の共通の先祖を持ち、すべての人間がその子孫であるということには異論はないと思います。

それは「それぞれの人間はある共通の先祖から分かれてきた」と表現することもできるでしょう。

でも、実際には「分かれた」子孫の男女がまた結びついて、共通の子孫が生まれるということが今日まで無限大に近い回数繰り返し起こっているのです。

ということは、「分かれてバラバラになったかに見えて、それは無数の新たな結びつきを有機的に形成することに繋がっていくということです。

ということは、「バラバラで関係がなくなった」のではなく、一見バラバラに見えるイメージも不可分一体の姿の一つだということです。

このように、最初の人類から今日まで生きてきたすべての人間は、いわば、無限回に近い有機的な結びつきによって形成された立体的網の目のような関係になっています。

それは、その立体的な網自体が人類という一つの大きな“いのち”であるということです。

つまり、すべての存在の真実は、それぞれの個は個でありながら、同時に全体である。全体は同時にそれぞれの個であるということなのです。



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バラバラ観は存在の真実かー3

バラバラ観は存在の真実かー3

これまで述べてきたことを整理してみましょう。

この世界に存在するすべてのものにはいくつもの存在の階層(レベル)があります。

例えば、ミクロの世界では、いろいろな素粒子が集まっていろいろな原子ができ、いろいろな原子が集まっていろいろな分子ができています。

人体でもいろいろな分子が集まっていろいろな細胞構成物質ができ、さらに、それらの細胞構成物質によっていろいろな細胞ができます。

そして、いろいろな細胞によっていろいろな組織ができ、いろいろな組織によっていろいろな器官ができます。

そして、それらが集まって1個の人体が形成され、人体という不可分一体の「一つのいのち」を生きています。

さらに、人間は人間たちだけで単独に生きているのではなく、他の動物や植物、さらに、川、海、大地、空気、空、太陽、月、などなどと一緒に大自然を形成しています。

また、地球はその他の惑星と太陽とで太陽系を形成し、そして、2000億もの太陽のような恒星があつまって銀河系星雲を形成しています。

さらには、1000億個以上もの星雲によってこの大宇宙が形成されていると言われています。

この世界のそれぞれのレベルでその構成要素のすべてが自然の法則、あるいは、宇宙の法則に従って、関連しあい、作用しあい、補い合い、協力し合って、循環しながら、全体として調和した一段階上部の構成要素を形成しています。

つまり、それぞれのレベルの構成要素のすべてがその存在レベルにおいて不可分一体であり、一段階上部の不可分一体の「一つのいのち」を生きているということです。

そして、一段階上部の構成要素が集まり、同様にして、さらにもう一段階上部の構成要素を形成していっています。

要するに、それぞれの存在はバラバラではなく、また、「ちょっと関連がある」というような希薄な関係にあるのではなく、「私はあなた、あなたは私」「すべては私、私はすべて」とでもいう密接な関係になっているのです。

これを僕はバラバラ観に対して一体観と呼んでいます。

ここでもう一度、個と全体という観点から、一体観とバラバラ観について考えてみましょう。

というのは、私たち人間一人一人には確かに「自分」という意識、すなわち「個」という意識があるからです。

そして一人一人、あるいは、一つ一つの存在はバラバラであるというように見えているのも事実なのです。

これをどのように考えたらいいでしょうか? 

これは私たちの五感を通して見たり、感じるイメージとこの世界の本当の姿の違いであると考えられます。

この違いを一つの例えで説明しましょう。

太陽光線は無色であり一つのものです。

ところが、無色の太陽光線をプリズムに通すと虹のようにたくさんの色に分かれます。

これと同じように、すべての存在はもともとは一つのものなのですが、私たちの五感と大脳(とくに左脳)を通すとたくさんの「個」として見えてしまうのです。

けれども、これがとんでもない錯覚であることはこれまでの説明ですでに明らかでしょう。



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バラバラ観は存在の真実かー2

バラバラ観は存在の真実かー2

大宇宙

人間の存在が一つの不可分一体の小宇宙であるように、大宇宙そのものも不可分一体です。

たとえば、太陽の周りをいくつもの惑星が法則に従って規則的に整然と回っています。

また、いくつかの惑星の周りにも月や衛星が整然と回っています。

銀河系には私たちの太陽系のようなものが2000億ぐらいあるそうです。

そして、現代のもっとも性能のいい望遠鏡で観察したところ、銀河系レベルの星雲が最低でも1000億個以上あるそうです。

まさに私たちの宇宙は大宇宙であり、無限、無数とでも言うべき星や惑星系、星雲、星間物質などからできています。

しかも、それらがすべて法則にしたがって整然と循環し調和しながら動いています。

このように、大宇宙も法則に即して整然と運行する不可分一体の世界なのです。


ミクロの世界

ミクロの世界は小宇宙とも呼ばれます。

いろいろな原子では、それぞれ大きさの違う原子核の周りをそれぞれ一定数の電子が法則に従って乱れることなく飛び回って、一つの原子として働いています。

それぞれの原子核はいろいろな素粒子で構成されています。そして全体で調和しているのです。

分子は原子が結合したものですが、分子についても同じです。原子も分子も一体なのです。

大自然

大自然はいろいろな要素によって構成されています。

空、雲、雨、太陽、月、雪、川、海、山、土、砂漠、草原、鉱物、植物、動物、微生物などすべての構成要素が関連しながら循環し、全体として一つになっています。

このように、自然も調和した一体共生の世界なのです。

「調和した」という考えには異論もあるかもしれません。

例えば、ライオンが鹿を食べるのは弱肉強食の残酷な事実であり、地震や洪水などの自然災害を見れば、自然は調和しているとはとは言えないと言うのです。

しかし、それは人間の都合で物事をアタマで部分的に皮相的に見た相対的見方にすぎません。

自然の実相も調和した共生世界なのです。

植物と動物

例えば、植物は空気中から吸収した二酸化炭素と根から吸い上げた水を光のエネルギーによって光合成をすることによって体の成分を作ります。

同時に、植物は酸素を作り空気中に放出します。

その植物を、例えば、鹿などの草食動物が食べます。そして、それらの草食動物をライオンなどの肉食動物が食べます。

動物は呼吸によって植物が放出した酸素を吸収し、同時に二酸化炭素を作り空気中に放出します。

それを植物が光合成のために使います。

動物の吸収した酸素は食べた食物の分解や消化、あるいは、活動のためのエネルギーを作るのに使われます。

動物の体からの排泄物や、動物の死んだ体は微生物の食べ物として分解されて、結局は土や大気の中に分散されていきます。

土の中に分散していった成分は植物の養分となります。

植物自体も枯れて死んだら、微生物に分解されて再び土壌に戻り、次なる植物の養分になります。同時に、空気中にも成分が分散されていきます。

空気中に分散されたいろいろの成分は大気の循環によって、事実上、世界中を循環し、地球のあちこちで再び土や植物や動物に吸収され別の循環経路に入っていきます。

このように大宇宙も、大自然も、原子や分子などのミクロの世界も不可分一体の調和した世界なのです。



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バラバラ観は存在の真実か?

バラバラ観は存在の真実か?

これから何回かに別けて書いていくことは、これまでいろいろなところに書いてきたことと重複するものが多いのですが、「自覚と平和」というテーマを考えるうえでとても重要ですので、あらためてじっくり読んでいただきたいと思います。

バラバラ観は存在の真実か?

個人レベル、集団レベル、あるいは国家レベルを問わず、人間(人類)はいろいろな深刻な問題で悩み苦しんでいます。

これらの諸問題の根源的原因は結局のところすべて人間のもつエゴイズムにあると言ってよいでしょう。

ということは、もし、エゴイズムが人間の本質であるとすれば、それこそ、本質的に、人間の諸問題を解決することは不可能であるということになります。

したがって、エゴイズムが人間の本質であるかどうか?ということは実に重大なテーマです。

エゴイズムは「この世の中のそれぞれの存在はバラバラである」という「バラバラ観」から出てくる「自分さえよければ」という考え方、あるいは生き方です。 

では果たして、バラバラ観は「存在の真実」なのでしょうか? 

まず、もっとも身近な存在として、人間の存在について考えてみましょう。

一人一人の個人を考えてみても、人間の身体には60兆以上もの細胞があります。

一個の細胞を調べてみると、遺伝子、細胞液、細胞膜などいろいろな要素によって構成されています。

その細胞が集まって膜、血液その他の体液、筋肉などいろいろな組織が構成されています。

さらに、それらの組織が集まって胃、腸、心臓、肝臓、腎臓目、鼻、口、血管、骨などの器官が構成されています。

また、それらの器官が集まって頭部、首、胸部、腹部、手、足など身体の各部が構成され、さらに、それらの各部によって一個の人体が構成されています。

そして、人間の一個の存在は身体だけでなく感覚、知能、知識、思考、記憶、感情、心など各種の要素によって構成されています。

つまり、一個の人間の存在は、細胞や組織、器官、各部、さらに、知能、記憶、感情、心などレベルの異なるいろいろな要素によって構成されています。

しかも、それらの各要素は絶えず離散集合し、循環し、活動し、或いは停止したりしています。

つまり、それら要素はお互いにバラバラな存在ではなく、密接な関係がある、繋がりがあるというレベルをはるかに超えた、切っても切れない間柄であり、互いに補い合い、助け合い、循環しながら一個の人間のいのちを維持存続させています。

 このように、一人の人間の存在は一つの小宇宙であり、「すべての細胞や組織や器官、さらに知能、記憶、感情、心などがお互いになくてはならない存在」、「互いに生かし生かされあう関係」として存在し、循環・調和して機能しています。

別の言い方で言えば、All for one, one for all.、つまり、「すべては一つのために、一つはすべてのために」という関係です。

その状態は「バラバラに分けることができない一体の関係」と言う意味で、「不可分一体」と表現するのが適切でしょう。



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