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昇平

Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

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健康生活の原点

健康生活の原点

病気になる原因はいろいろありますが、中でも、多くの病気の原因は摂取する食べ物の種類と摂取の仕方にあります。

本来、動物は本能に従って生命の維持に必要最低限の量しか食べなくてよいようにできています。

動物は個体の生存と種としての繁栄と存続のために何百万年、何千万年の間、進化の過程で磨き上げてきた本能に従って生きているからです。

動物は体に本当に必要な食べ物を本能に従って、具体的には、主に、臭覚と味覚に快く感じるかどうかによって、選んでいます。

そのため、動物、とくに、自然界に生きる野生動物は栄養学の知識がなくとも、太ることもなく、現代医学的な知識もないにもかかわらず、健康を維持し、病気を防ぐことができるのです。

人間も動物です。

ということは、人間も野生の動物と同じように、体に本当に必要な食べ物を最低限必要なだけ摂取するようにすれば、内臓に負担をかけず、太ることもなく、病気になることもないはずです。

では、人間にとって“体に本当に必要な食べ物”とはどんな食べ物でしょうか?

その答えは私たち人間が栄養学や医学の知識などを持つようになるずっと以前、私たちのご先祖様たちが本能だけで生きていた時代、つまり、猿や類人猿であった時代に何を食べていたかということを考えてみればわかるのではないでしょうか。

何百万年、何千万年もの間、私たちのご先祖様たちはその生存と種の繁栄と存続のために進化し続けて、森林の樹上生活に最高に適応していたのです。

体に関して言えば、私たちは猿や類人猿であったご先祖様たちとほとんど同じなのです。

ですから、野生の猿や類人猿が何を食べているかを調べれば、私たち人間にとってどんな食べ物が適しているかがわかるはずです。

彼らが主に、木の実、果物、葉っぱ、草、小さな虫などを食べていることは容易に推測できます。

肉や魚などはほとんど食べません。

ということは、現代に生きる私たち人間にとって最適な食べ物は、結局、精製していない穀類(たとえば、玄米)や豆類(たとえば、豆腐、納豆)、果物、野菜、少量の小魚などということになります。

それもなるべく猿や類人猿のように生で食べるほうがよりよいということです。

実際、これらの食べ物を生でそのまま食べてみると、実は、とても美味しいのです。

火を通したり調理したりしないで、そのまま生で食べて美味しいと感じるものこそが人間の体には最適だということです。

なぜなら、人間の体にもっとも必要な栄養素がいっぱい含まれているからです。

ですから、少量で必要なだけ栄養素が摂取できるので、満ち足りて自然に箸が止まります。

つまり、美味しいものを好きなだけ食べているのに、ガマンしなくても、食べ過ぎになりません。

最後に、健康生活の原点は次のとおりです。

1 私たちの本能と健全な理性を信頼して体に本当に必要な食べ物を選ぶこと。

2 生で食べられるものは、なるべくそのまま生で食べること。

3 少食を守ること。




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平和的手段による自衛

平和的手段による自衛

現行日本国憲法の前文を要約すると、次のようになります。

私たちは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠になくし、また、全世界のすべての国民が、恐怖と貧乏からまぬがれ、平和に生きることができるように、自分たちが自ら先頭に立って、全力で努力し貢献することによって、国際社会において、名誉ある地位を占めたい、尊敬される存在になりたい、と思います。
どんな国家も、自分の国さえよければいいと、自国のことのみに専念して他国を無視してはならず、こうした政治道徳の法則は、すべての国が守るべき普遍的なものです。そして、この法則に従うことは、独立国として自国の主権を維持し、他国と対等につき合おうとする各国の責任であり義務である、と私たちは信じます。

また、第九条を理解する際に重要なことがあります。それは、第九条は前文によって支えられて初めてほんとうの意味を持つということです。

第九条には、自衛の戦いを含めたすべての戦争を放棄すること、そして、一切の戦力を保持しないことが明記されています。

しかし、戦争放棄と非武装を宣言したからといって、ただそれだけで、平和を守り国を存続していけるわけではありません。

その宣言を実現するための国家の基本政策が必要です。

前文と第九条をつなげて読み解くと、その国家政策が明らかになります。

その大意は次のようになります。
   
私たちは、自分の国さえよければいい、という国家エゴイズムを捨て、世界の諸国民の飢餓や貧困などの解決と繁栄のために、国家をあげて全力で努力し、世界の国々にとって、なくてはならない存在になります。すなわち、私たちは武力ではなく平和的な手段により世界の平和と繁栄に国をあげて貢献することによって、国の平和を守り存立を図ります。したがって、一切の武力を持たず、自衛のための戦争を含めて一切の戦争を行いません。

この表明は、活気みなぎる積極的な「平和立国宣言」であり、同時に、国際社会における能動的な「国家行動宣言」でもあります。

日本国憲法は、世界中の深刻な諸問題を解決し、世界平和を実現するための方向性を私たちに示しているのです。

憲法には、どのように世界に貢献するのか、その具体的・現実的な方法は述べられていませんが、それこそ政府と国民が取り組むべき課題なのです。今からでもすぐにその研究に着手する必要があります。

日本国憲法が制定されてから今日まで60年以上になります。

もし、政府・国民が、この憲法の真意と人類史的意味を理解して、憲法に明記してある通り本気で実行しようとしていたらどうでしょうか?

おそらく、今日では、非武装の原理を貫き、平和的な手段による国力をあげての国際貢献を根本政策とする日本の生き方は、世界中の平和を愛する諸国民の信頼を得て、日本は世界の国々にとって「なくてはならない存在」になっていたでしょう。

こんな素晴らしい国を攻めようとする国があるでしょうか?

武力でなく平和的手段で国を守る。これこそ真の“自衛”です。



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自衛権のすり替え

自衛権のすり替え

現在、安倍政権は日本が集団的自衛権を行使できるようになりふりかまわず強引に政策を進めています。

しかも、 憲法改正に訴えることなく、憲法の解釈を変えて、閣議決定という姑息なやり方で集団的自衛権を行使できるようにしようとしています。

これは明らかに立憲主義に反し、現行日本国憲法の精神を踏みにじる蛮行です。

ところで、そもそも“集団的自衛権”とは何でしょうか?

集団的自衛権とは、自分の国は直接、攻撃されていないけれども、同盟国に対する第三者による武力攻撃を、自国に対する攻撃と同等にみなし、実力で阻止する権利。つまり、ごく親しい他国を防衛するために、その国と共同して戦う権利のことです(国連憲章第51条によって、国の自衛権の一つとして認められています)。

では、現行日本国憲法ではどのようになっているのでしょうか・

〔日本国憲法 第九条〕   
一 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
二 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

まず、第一項にある「国際紛争」は、前文の意味からしても、「自衛のための戦い」も「国際紛争を解決する手段」に含まれます。

したがって、第二項の「前項の目的を達成するために」の中に、「自衛のための戦い」も含まれることになります。 
        
さらに、第二項の「交戦権」とは、そもそも国際法上、「自衛のために戦争する権利」のことであり、第二項にある「国の交戦権は、これを認めない」の意味は、「国の自衛のための戦争を認めない」ということです。

このように解釈してこそ、第一項と第二項が、また、前文と第九条がぴったり整合するのです。

確かに、国際法で「自衛権」は認められています。しかし、これはイコール「武力によって自衛する権利」ではありません。

というのも、自衛権には、「武力以外の手段で自衛する権利」も含まれるからです。

第九条で言っているのは、日本は、国際法上、自衛権はあるけれど、あえて「武力によって自衛する権利」は放棄するということです。「自衛のための戦争」を含むすべての戦争を放棄しているわけです。

このように、自衛隊は明らかに憲法違反ですが、歴代政府は憲法の解釈をすり替えたり拡大したりして、自衛隊の設立を行い、世界有数の強大な武力を持つまでにしてきました。

さらに、すでに自衛隊の海外派遣も行われるほどになりました。

これは根本的に間違っています。

僕自身は自衛のための戦争を含めていかなる戦争にも、憲法前文と憲法九条の改正にも絶対に反対です。

でも、もし安倍政権が日本が集団的自衛権を行使できるようにしたいのならば、正々堂々と前文と憲法九条を改正して、武力による自衛と集団的自衛権の行使をきちんと憲法に明記しなければならないのです。

それが立憲主義に則った正しいやり方です。



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人は救われるか?

人は救われるか?

私たちは生きていくなかで、意図的であろうとなかろうと、いろいろな意味で人に迷惑をかけたり傷つけてしまうことがあります。

その場合に、それを何らかの形で償うことができないかぎり、私たちは一生罪悪感を抱きながら生きていかなければならないのでしょうか?

これは突き詰めて考えれば考えるほど深刻なテーマです。

人に迷惑をかけたことも人を傷つけたない人などまずはいないでしょう。

ですから、多くの方はそういう事態が発生した時には申し訳ない気持ちになるのですが、その後は意図的にそのことを思い出さないようにしています。

本心では、できれば忘れてしまえればと考えているのです。そして、往々にして、実際には、普段は忘れていることもたくさんあります。

なかには、「お互いに迷惑をかけたり、傷つけあって生きている。人間はそんなもんなんだよ」などと達観したように言う人もあります。

でも、それも、決して突き詰めて考えた結論というわけでもなく、どうもうまく解決策が見つからず、開き直っているようにしか思えません。

いずれにしても、私たちはこのテーマについて深く考えないようにする傾向があります。

でも、本当にそれでいいのでしょうか?

自分(たち)が人を苦しめたにもかかわらず、忘れたふりをしたり開き直ったりするというのは、やはり、正しい生き方とは言えないのではないでしょうか?

これは個人的なことだけでなく、自分(たち)の都合で、たとえば、環境問題、戦争、搾取、飢餓など社会的に様々な問題を引き起こし、人だけでなく、動植物までも苦しめていることについてもまったく同じです。

僕はこのテーマを“個“としての自分として考える時には、いつも自分のことを実に罪深い存在だと感じています。

おそらく、いまの僕の生活を維持していくだけで、随分と周りだけでなく地球規模で迷惑をかけていることを認めざるをえないのです。

ですから、せめてできるだけ動植物にも人様にも迷惑をかけないようにと意識しながら生きたいと思っています。

でも、それはとても難しいことです。

ですから、その償いの気持ちから、動植物や人様の本当の幸せに少しでも何かできることはないかと思いながら生きているのも事実です。

もちろん、そう生きようとしているのは償いの気持ちからだけでなく、こころからの僕の願いです。

でも、それで“個“としての自分の罪悪感が消えるというわけではありません。

ですから、僕はそれを一生こころの奥に感じながら生きていくことになるのでしょう。

では、“個“としての自分ではなく、自己の本体である“いのち“としてこのテーマを捉えるとどうなるのでしょうか?

簡単に言えば、それもすべて織り込み済みで、すべてよしということです。

別の角度から見ると、“いのち“の世界には、本来、罪も悪もありません。(ただ、これは何をやってもよいうということでは決してありません。)

“いのち“の世界ではすべての人がすでに救われているのです。



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宇宙プログラム

宇宙プログラム

私たちの宇宙は137億年ほど前に、突然、ビッグバンによって無より始まったと言われています。

それ以来今日まで宇宙は変化し続けているのですが、現代物理学によれば、この宇宙は行き当たりばったりにデタラメに変化しているのではなく、一定の方向に変化しているようです。

物理学でなくとも、大宇宙や大自然、動植物の仕組み、原子などのミクロの世界のそれぞれにおいて、各要素が調和・共生を保ちながら循環する有様を観察すれば、「それは間違いない」と言ってもいいでしょう。

ということは、ビッグバンによって私たちの宇宙が誕生した瞬間に、宇宙がその後たどるべき運命が、いわば、「初期条件」として一つの“プログラム”がしっかりと組み込まれたということです。

このプログラムを“宇宙プログラム”と呼ぶことにしましょう。

宇宙はビッグバン以来、行き当たりばったりでなく、この宇宙プログラムに即して一定の方向に変化してきました。

したがって、この一定方向への変化は、むしろ、“進化”と呼んだほうがふさわしいでしょう。

このように、宇宙はビッグバン以来今日まで、宇宙プログラムに即して、そのすべての瞬間において進化し続けているのです。

言い換えれば、宇宙は宇宙プログラムによって生きており、この世界のすべての現象、つまり、存在とそのハタラキは宇宙プログラムにより生起しているのです。

したがって、生きとし生けるものもすべて宇宙プログラムに即して生きています。

この宇宙プログラムはこの世界の普遍的法則、真理であり、仏教で言う“仏性”に相当するのかもしれません。

微生物や植物、そして、昆虫などの無脊椎動物は宇宙プログラムに即して調和・共生・循環しながら、完璧に、間違いを犯すことなく生きています。

また、トリやケモノもほとんど本能だけで生きていますので、宇宙プログラムに即して完璧に生きています。

つまり、トリやケモノは自覚はないけれども、仏教的には、“悟っている”と言えるでしょう。

では、私たち人間はどうなのでしょうか?

人間とトリやケモノとの一番の違いは、人間は本能だけで生きているのでなく、発達した大脳を持っているために、何でも、それこそ、真理に即しないことさえも考え、それに基づき行動することができるということです。

それが人間の悩みや迷い、社会的な苦しみや混乱の根本原因です。

ということは、この宇宙の中で私たち人間だけは完璧でないということでしょうか?

けれども、私たちもこの世界に生まれ、生きているわけですから、私たち自身の生死を含めてその存在、その思い、その行動のすべてが宇宙プログラムに即しているのです。

宇宙プログラムがミスを犯すはずがありません。

つまり、私たち人間の迷いや悩み、社会的な苦しみや混乱もすべてが宇宙プログラムにはすでに織り込み済みなのです。

それは私たちがそれらを超克して、次のステップに進化していく、つまり、自覚ある存在となるために宇宙が仕掛けた壮大な”仕組み“だということができるでしょう。

この世界は”すべてよし”であり、すべて意味があるのです。




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自覚のセミナー感想文 YUさん

自覚のセミナー感想文 YU  
          
私が最初に自覚のセミナーを受講したのは10年以上前のことでした。

そのとき世界がまるで違って見え、生まれ変わったように感じました。

今回、ご縁があって再びセミナーを受講することができました。

今回は以前のセミナーで気づいたことを確かめ、深めたいという思いがありました。

そして、受講して感じたのは再び生まれ変わったということでした。

あらためて本当のこと、本当の世界を体感することができ、自分の求めていたことは常にすべてのなかにあることがわかりました。

すべてがつながっており、ひとつだと体感することで、喜びと、いとおしさを感じ、このことをすべての人に伝えたいと思います。

すべてのものとひとつだと感じたら、私というひとりが幸せになることだけもとめてることはできません。

この世界に対して根本療法をおこなっていくために自分に何ができるかを問うています。

セミナーを受講する前は頭ではわかっていても自分は無理、できないとどこかで決めていました。

でも、できないことはないし、楽しんで出来ると今は思います。そう思えることに感謝しています。

このようなセミナーに参加できたことを、昇平先生、恵理佳先生、奈央先生、お世話役の皆さん、自覚プロジェクトの皆さん、一緒に受講した仲間、休ませてくれた職場の先輩がたに感謝でいっぱいです。

日々、セミナーで体感した真実に戻り、にっこりわらって仕事に、家事に向っています。

本当にありがとうございました。
 
 YU




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自覚のセミナー感想文 HHさん

自覚のセミナー感想文 HH

山々の新緑と八重桜の花吹雪の中「自覚のセミナー」を9年振りに再受講させて頂きました。

全身全霊でこのセミナーに取り組んでいらっしゃる先生方、一緒に受講した皆さん、直接セミでナーを支えて下さったお世話役の皆さん、それ以外にも気にかけて下さった数えきれない程たくさんの方達に心よりお礼申し上げます。

昨年の「自覚~」を受講された方達を中心に立ち上げた「自覚プロジェクト」。
結局私はただ居ただけになってしまったのですが「自分達から求めていく」新しい流れの中でタイミング良く再受講ができ感謝の気持ちでいっぱいです。

前回は整体を始めて日が浅く先生が伝えて下さった内容の半分も受取れていなかったようです。

今回は整体ライフスクールで積み重ねてきた愉気と瞑想の体験が次々と提示されるテーマを調べる際にとても役立ちました。

受験勉強のように頭の中から知識を引っ張り出して正解を答えるのとは全く異なり、体感覚として学んだことがそのまま気付きに繋がっていきました。

奈央先生の「整体を学んでから自覚を受けた方が良いです」との言葉の意味がよく分かりました。

自分の中に有るエゴイズムにも気が付きました。

今まで海外ボランティアの人達の気持ちがいまひとつ理解できませんでした。

「なぜ日本人であるあなたに縁もゆかりも無いイラクなの?アフガンなの?東チモールなの?」と。

そう日本人なら日本という国がまず一番大切というエゴイズムです。

それから、思いに振り回されている母、自ら不安・心配を作り出している夫を(優越感という強い感情では有りませんが…)どこか上から目線でイライラしながら接していました。全く恥ずかしい限りです。

今は「メタ認知」で自分を認知する目線を持てるようになりました。これだけでも私にとっては大きな成長です。

そして「みんな仲良くしましょう」とか「お年寄りを大切に」と道徳的に標語を掲げ強制されるのではなく自然と人・動物・植物などを愛おしむ感じが強くなり、「戦争反対!」と拳を突き上げるのではなく平和な暮らしを願う気持ちが湧き上がってきます。不可分一体なのですから当然のことなのですね。

うちの家族内のレベルから日本国内、世界規模まで様々な問題が山積されていますが、たくさんの人達がこんな心持ちになれたら大半の問題は解決するのではないでしょうか。

今回新しく参加された方が「真実の幸せ」に気付かれどんどん優しい表情になっていかれるのを目の当たりにしてそう感じました。

この「自覚のセミナー」とこのブログ『いのちの塾』、そして、昇平先生のご著書『国の理想と憲法』を必要としている人達に伝えていき、一人でも多くの人が笑顔になってくれたら嬉しいです。

HH



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自覚のセミナー感想文 JYさん

自覚のセミナー感想文 JY

終わってみれば、あっという間の五日間でした。

昨年に引き続き二回目の受講でしたが、新たな気持ちで今回を迎えました。結果、どこか曖昧だったものが、鮮明にはっきりとしました。

もし、このタイミングで再受講していなかったら、もう想像するのも難しいですが、どこか引っかかったものを抱えたまま、過ごしていることでしょう。

それはある意味でとてもシンプルではあるけれども絶対で、それがわかった時には、本当に、ほっとしました。

自覚する、まさに名前の通りであると思いました。

2回目の受講で、一つ一つのテーマをより深く考えることができました。この一年の間、何気なく過ごしていると、自覚のセミナーを受ける以前の自分に戻っているようなこともありましたが、自分の考え方のくせのようなものが出ていたんだと思います。

確実に、以前の自分からは想像もつかないほど変化が起きていたとは思いますが、本当に深い理解をしていたとまではほど遠かったと改めて感じました。

自分という個の部分で、多くのことが止まっていたようです。部分ごとには理解をしていたような気になっていましたが、頭の中で理解しようと思ってもそれは難しく、今回は、理解というより体感した、という感覚です。

自分で自らこのことに気がつくのは、本当に難しいことだと思います。

日々人々を取り巻く多くの問題の、根本原因がはっきりすると、結局、それ以外の原因は見当たらないなと思いました。

自分の過去についてみても、問題は全て、それが原因になっていると気づくことができました。

知らないために、どれだけ自分勝手に人を傷つけ、自分自身も傷つけ、苦しい思いをしてきたか、人を直接傷つけないにしても、自分の周りに見えない壁を作り、知らぬふり、無関心、あるいは傷つけたことにも気づかないような、そんな日々を当たり前のように過ごしていたんだとわかりました。

もっと多くの人に、このことを気づいてほしいと思いました。自分だけが気づいて、そこで満足しているのでは、本当に自覚しているとは言えないのだということもわかりました。

過去でも未来でもなく、今を生きます。満足して死ねるよう、生ききりたいと思います。

昇平先生、この素晴らしい気づきを与えてくださってありがとうございます。奈央先生、恵理佳先生、お世話係の皆さん、整体セミナーの皆さん、今回共に参加した仲間、ご家族や、交流の家のスタッフ等々、全ての人々に、全てに感謝しています。

JY




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自覚のセミナー感想文 NYさん

自覚のセミナー感想文 NY

自覚のセミナーでは大変お世話になりました。

セミナーでは、自分で気が付くように導いていただき、今までの自分の思いこみや縛られていた考えが、ボロボロと剥がれて行き、十数年前に読んだアレンカーの禁煙セラピーでタバコの洗脳が解けて自由になった感覚を思い出しました。

また、怒りに対して、理性で抑えるものだと思ってきましたが、セミナーで「事実はそうだ」というだけのこと。「思い通りにならないこともある」というお話を聞いて、心が軽くなり、わたしも「怒らない部族」になれるじゃない!と思いました。

整体のセミナーで奈央先生がおっしゃっていたことがあれは、あのことだった!このことだった!ずっと教えてくださっていたんだ。自覚のセミナーは既に始まっていたんだ。と感じて、昇平先生の声と一緒に奈央先生の声も聞こえてくるような気がしました。

今までのことも含めセミナーでの事がジワジワと自分の一部になっていってます。

そして、今まで人の話を心から聞くことを、人によって聞いたり聞かなかったりしていた自分に気が付きました。今まで、何を聞いていたんだろう。と。

話を聞いていると、相手は変わっていないのに、優しさやアイデアや素敵な一面を見ることができたのです。

周りの人も自分と変わらない同じひとつの命なんだと思えるとすべてのものが愛おしく思えてきます。

誰もがそう思えたらどんなにすばらしいかと思いました。

今は、自分が生きていく方向がハッキリしたので、そのために行動していこうと思います。

昇平先生、奈央先生、恵里香先生、サポートいただいた亜希子さん、洋子さん他みなさんに感謝しています。ありがとうございました。

NY




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自覚のセミナー感想文  TOさん

自覚のセミナー感想文  TO

昇平先生からの問いかけは、終始、究極にシンプルであったと思います。

そのシンプルな問いかけに対して即答できないことに、まず驚き、そして戸惑いました。

これまでの「自分」を掘り出して見つめることは、苦しくもあり、爽快でもありました。

いままであえて輪郭を曖昧にしていた事柄のひとつひとつを、視点を変え、丁寧に深く検証し、明確にすることで、これまで必死にしがみついていた思考や思い癖を、自ら手放すことができたあの瞬間は忘れられません。

今は、明確になったものを夢中で頬ばっている状態ですが、これから日々、実践で咀嚼しながら、実感と確信へと昇華させていきます。

私たちは孤立した点ではなく、大きなひとつを構成している点、揺るがない事実を現象する点。

こんなにも満ち足りた心境になれるとは考えもしませんでした。

今回のセミナーで得ることができた気づきを、自分だけに留めず、今後様々な場面に応用していこうと決めました。

心より、ありがとうございました。

TO




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自覚のセミナー感想文 ANさん

自覚のセミナー感想文 AN

私が、自覚のセミナーを受講しようと思ったのは、「自分とは何か?」「自分が本当にやりたいことは何か?」が分からず、いつも心の中に霧がかかったようにモヤモヤしていて、劣等感を感じ、自分に自信がなかったからです。

今回、自覚のセミナーを受講させていただき、目から鱗が落ちる多くの発見がありました。

① 自分とは何か?を認識できたこと。
② エゴイズムだった私に気づいたこと。
③ ありのままの私で良いということ。
④ 世の中で起きている争いはバラバラ観から生まれているということです。

① 自分とは何か?を認識できたこと

私は、自覚のセミナーを受講するまで、自分と他の存在を分けて物事を捉えていました。

そのため、自分の問題として捉えることができていなかったと思います。

また、時に相手に対しての言葉遣いも厳しい口調で指摘していたこともあったと思います。

全てが一体で、私も欠け替えのない存在であると気付いてから、周りのものや人が愛おしく、優しい気持ちになることができました。

② エゴイズムだった私に気づいたこと

自分と相手の考えが違うことは当然であり、自分の考えが正しいとは限らないと認識していたにも関わらず、自分の考えを無意識に肯定化し、相手の考えを素直に受け止めることができていませんでした。

本当に今までの自分は傲慢であったと思います。

相手の話を本気で聞く姿勢ではなかったため、相手が本当に伝えたい考えを理解できていなかったことも多々あったと思います。

常にニュートラルな気持ちで、相手の話に耳を傾けていきたいです。

セミナー後早々に、相手の話にきちんと耳を傾けることができず、怒りをかってしまうことがありました。

なかなか直ぐには変わらないのかな?と落ち込みそうになりましたが、自分を客観的に振り返り何が問題だったのか?冷静に見つめ直すことで、自分の問題点を素直に認め謝ることができました。

すると、相手との関係も拗れることがなく、逆に色々とアドバイスをくれる関係になりました。自分が変わることで相手との関係も変わることを実感しました。

③ ありのままの私で良いということ

勝手に自分のものさしで他人と比較して、幸福感に踊らされていたのだと気付きました。

本当の幸せはあったにも関わらず、見えていませんでした。

また、事実は何も変わらないにも関わらず、悲しんだり、嫉妬したり、無駄な時間を過ごしてきたのだと改めて認識しました。

自分に起こること全ては意味があり、今を楽しく幸せに生きることが未来に繋がると、今は思います。自分次第で道は開けるのです。

⑤ 世の中で起きている争いはバラバラ観から生まれているということ

自分と他を分けるバラバラ観から生まれるエゴイズムが、地球の危機を生んでいると改めて認識しました。

自分とは何か?を知ることが、全ての人やものが幸せな世界を創る一歩に繋がります。

今、危機的な状況に置かれているということを私自身もきちんと認識したいと思います。

最後に、この自覚のセミナーと整体を築いてくださった先生方や皆さまに感謝を申し上げたいです。

本当にありがとうございました。

AN




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自覚のセミナー感想文 TKさん

自覚のセミナー感想文 TK

私は野菜販売を仕事にしています。

これまでは、世の中のためになっている、とは思っても、それは本当なのかとどこかで不安がありました。

また、この仕事が自分のやりたいことなのかもわからないし、会社の理念はなんなのか、というのもはっきりしていませんでした。

自覚のセミナーを受けるまで、このことを深く調べたことがなかったように思います。

そもそもこのことに限らず、深く調べるということ自体したことがなかったのです。

続けていれば、何かの体験を通していつの間にか分かるものだと思っていました。

事実を調べていくことで気づきが得られることは新鮮な体験でした。

セミナーを受け、世の中のために生きるのだという決意が固まりました。

野口整体のこともあまり知らず、初対面の方ばかりという状況での参加でしたが、それでも安心してセミナーを受けられたのは皆さんが「一つのいのち」であると知っている心地よさがあったからだと思います。

劣等感も怒りも疑いも感じることなく、その場に任せる(信じきる?)という世界はとてもいいものだ。

こんな世界がここそこに広がっていったら、どんなに楽しいだろう。

そんな世界を体験できたセミナーでした。

この場を作って下さった方々、皆さんに感謝です。ありがとうございました。

TK




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