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Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

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星の王子さまアレコレ その9

星の王子さまアレコレ その9

星の王子さまが5番目に訪ねた星はこれまでで一番小さな星でした。その星には街燈が立っている場所と点燈夫とがいられるくらいの場所しかありませんでした。

この付近には家もないし、他に人もいないのに街燈と点燈夫にどんな役目があるのか王子さまには不思議でした。

それでも、王子さまには、その役目はこれまで会った王様やうぬぼれ屋や実業家や呑み助に比べて意味があるように思いました。

そして、「少なくとも街燈に火を灯すことは星を一つよけいにキラキラ輝かせるようなもので、とてもきれいな仕事だ。だから、とても役に立つ仕事だ」と王子さまは思いました。

星に到着すると、王子さまは点燈夫に挨拶をして尋ねます。「こんにちは。どうして街燈の灯りを消したの?」
「命令だよ。やあ、おはよう。」点燈夫が答えます。
「どんな命令?」 王子さまが尋ねます。
「灯りを消すことだよ」と点燈夫は答えて、また灯りを着けました。
「え、なんでまた灯りを着けたの?」と王子さまが尋ねます。
「命令だよ。」 点燈夫が答えます。
「分からないな」王子さまが言います。
「分かるも分からないもないんだ。命令は命令だ。やあ、おはよう。」と点燈夫は言って、灯りを消します。そして、額の汗をハンカチで拭きながら言います。
「これはとんでもない仕事だよ。昔は理屈に合っていたんだがね。朝になると灯りを消して、夕方になると灯りを着ける。だから、昼は休めるし、夜は眠れたんだ。」
「その後、命令が変わったんだね」 王子さまが尋ねます。
「命令は変わらないよ。とんでもないことに、星が1年ましに速く回るようになったのに、命令は変わらないんだ。今ではこの星が1分間に1回転するようになったせいで、何しろ1分間に一度灯りを着けたり消したりしなきゃならないんだから、俺は1秒たりとも休めなくなってしまったんだよ。」 と点燈夫が答えます。
「1分間が1日? 変だなあ。」 と王子さまが言います。
「変なことはないさ。俺たちはもう一月、つまり、30日も話しているんだよ。やあ、こんばんは。」 点燈夫が答えます。

王子さまはこんなにも忠実に命令を守る点燈夫が好きになりました。「この点燈夫は王様やうぬぼれ屋や呑み助や実業家からは軽蔑されるだろうが、僕に滑稽に見えない人はあの人だけだ。あの人は自分のことでなく、他のことを考えているからだろう。この人とは友達になりたかったな。でも、この星は僕ら二人が住むには小さすぎるだもの」と思いながら、王子さまは再び旅に出るのでした。

*****

この話を読んで、まず思うことは、どんな命令でもただ忠実に守ればよいというものではない。命令や規則はどこまでもみんなの実情に沿ったものでなければならない。そして、どんな命令や規則でも強制するべきではない、ということです。

もう一つ。「僕に滑稽に見えない人はあの人だけだ。あの人は自分のことでなく、他のことを考えているからだろう。」この言葉は光っています。





星の王子さまあれこれ その8

星の王子さまあれこれ その8
(その7からのつづき)

「で、星を持ったらどうするの?」 王子さまが尋ねます。
「管理するんだよ。つまり、何度も何度も数え直すのさ。これは難しいがとても大事な仕事だ。わしは真面目な男だから、いつも忙しいのだ」 実業家が答えます。

* 王子さまは他の箇所でこの実業家のことを次のように言っています。

その人は花の匂いも嗅いだことがない。星を眺めたこともない。誰も愛したことがない。足し算ばかりやっているんだ。毎日毎日、一日中、君みたいに「忙しい。忙しい」と言いながら威張っているんだ。それで顔が赤黒いんだよ。

*****

いつも数字だけを考えているということは、その中身にまったく関心や興味がないということです。たとえば、人と出会っても、本当の意味で出会ってはいないということです。

また、僕はこの箇所を読むたびに仕事中毒のビジネスマンやサラリーマンなどの姿を連想してしまいます。本当に必要で大切な仕事に熱心なことはとてもよいことですが、そうでなければ、まったく意味がありません。

*****

そう言われても王子さまにはどうも腑に落ちません。そこで尋ねます。
「結局、それでどうするの?」
「銀行に預けることができる」 実業家が答えます。
「それって、どゆこと?」 王子さまが尋ねます。
「紙の上に持っている星の数を書いて、それを引き出しにしまって、カギを掛けておくんだよ」 実業家が答えますが、王子さまには実業家が言うことがよくわかりません。
王子さまは実業家に言います。
「僕は花を持っているけど、毎日花に水を掛けてあげる。そうしないと花がしおれてかれてしまう。また、小さな3つの火山も定期的に煤を払う。そうしないと、火山がいつ爆発するかもしれないんだ。僕が花や火山を持っていることは、それがいくらかでも花や火山のためになっている。でも、君は星を持っていても星のためにはなっていない。・・・」

王子さまは実業家の星を離れて旅を続けながら何度もつぶやきます。
「大人ってホントに変だ!」

*****

真面目であればよいというわけではないのです。どういう目的に対して真面目であるのかが問われなければならないのです。同様に、ゆとりがあればよいというわけではないのです。どういう目的に対してゆとりがあることが大切なのかが問われなければならないのです。最も大切なことは、表面的に生きるのでなく、人生の中でのすべての出会いを心から味わいながら生きていくということです。

また、この話の中に王子さまが「この実業家は呑み助に似たところがあるな」と感じるところがあります。そこのところは見逃されやすいかもしれませんが、とても考えさせられます。

それは、この社会においては、一般的に、人生の真の目的を実現しようという創造的な気持ちを持つことなく、毎日同じような生活を繰り返しがちであるということです。そして、そのように生きることが平凡でささやかな幸福と平和を支えているように見えながら、個人の生活を含めてこの社会全体が負のスパイラルの、いわば、ワナに陥ってしだいに深みに引きずり込まれて行っているのではないかということです。





星の王子さまアレコレ その7

星の王子さまアレコレ その7

星の王子さまが四番目に訪ねた星には実業家が住んでいました。

この実業家はとても忙しくしていたので、王子さまがやってきても頭を上げようともしません。また、王子さまが「タバコの火が消えてますよ」と注意してあげても仕事を続けています。仕事というのは計算することです。

「3足す2は5。5足す7は12。12足す3は15。やあ、こんにちは。15足す7は22・・・どうもタバコに火を着ける暇もない。26足す5は31。いいぞ。これで5億162万2731だ。」と実業家がひとりごとを言っています。
「5億って、何が?」 王子さまが尋ねます。
「山のような仕事でわしは忙しいのだ。大事な仕事をしているんだ。くだらないことにかかわってはいられないのだ」と実業家。
「何が5億なの?」とふたたび王子さまが尋ねます。
「空の星だよ」王子さまがしつこいので、実業家が仕方なく面倒臭そうに答えます。
「5億もある星をどうするの?」と王子さま。
「どうもしないよ。持っているだけさ」と実業家。
「持っているって。じゃあこの間会った王様は?」と王子さま。
「王様は何も持っていない。王様は支配するんだよ。これは大変な違いだ」と実業家。
「それで、星を持っていると何の役に立つの?」 と再び王子さまが尋ねます。
「金持ちになるためだよ」と実業家。
「金持ちになってどうするの?」と王子さま。
「金持ちになれば誰かが他の星を見つけたら、その星を買えるじゃないか」と実業家。
王子さまはこの実業家はこの前に会った呑み助と似ているなと思いました。

*****

サンテグジュペリが言う「所有することと支配することは違う」ということは概念としてはまったくその通りです。しかしながら、現実の社会では土地を所有する者がその土地を自分の都合のよいように勝手に使っています、つまり、ある意味で、その土地を支配しているのです。あるものを所有しているということは、所有者はそれを自分の好きなように使うことができる権利を持っているということです。それが所有という概念の定義であることはそれこそ明快に理解しておく必要があります。

*****


「星はどうしたら自分のものになるの?」 王子さまが再び尋ねます。
「そもそも、星は誰のものだい?」 実業家が答えます。
「誰のものでもないでしょ」 王子さまが答えます。
「じゃあ、わしのものだ。わしが一番に星を所有することを考えたのだから」 実業家が答えます。
「考えるだけでいいの?」 王子さまが尋ねます。
「そうだよ。誰のものでもないダイヤモンドを見つけて自分のものだと思ったら自分のものになる。誰のものでもない島を見つけて自分のものだと思ったら自分のものになる。あることを考えついたら特許を取れば自分のものだ。だから、星はわしのものだ。わしより先に星を自分のものにしようと考えたものはいないのだから」 実業家が答えます。

*****

星でもなんでも、そのもの自体は、本来、誰のものでもありません。

この単純な真実に人類全体があらためてはっきりと気づかない限り、人類はいつまでも混乱と苦しみから脱することはできないのです。

(つづく)





星の王子さまアレコレ その6

星の王子さまアレコレ その6
(その5からのつづき)

アルコール(酒)は、現在までの社会においては、飲みすぎには注意する必要があるが、 “れっきとした嗜好品”であるというのが一般的な“常識”となっています。実際、多くの人が、「酒を飲むと安堵感や喜びが得られる」と思いながら、たまには飲みすぎることもあるかもしれないが、基本的には自分の意志で好きな時に酒を飲んでいる、すなわち、酒をコントロールしていると思っています。

けれども、真実は、アルコール(酒)も強力な依存性薬物であることは科学的な“常識“なのです。つまり、スモーカーがニコチンに依存しているのと同じように、ドリンカーはみんなアルコールに依存しているのです。アルコールに依存しているからアルコールを飲むのです

タバコについて前回書いたことはそっくり酒にも当てはまります。たとえば、ドリンカーは酒をコントロールできていません。こう言うと、「そんなことはない! 自分は自分の意志で好きな時に酒を飲んでいる」という人がたくさんいます。

でも、それはまだ依存症の初期だからです。アルコールはニコチンに比べて、一般的に依存の進行がかなり遅いのです。タバコもそうですが、依存症の初期においては、みんな自分でコントロールしながら薬物を摂取していると思っています。でも、依存性薬物の怖さはまさにそこにあるのです。依存性薬物は摂取者に自分でコントロールできていると思わせながら、摂取者を薬物依存の深みに引きずり込んでいくのです。ということは、摂取者が自分はコントロールできていると思うことぐるみ、すでに依存性薬物にコントロールされているということです。

スモーカーやドリンカーは決してタバコや酒から喜びを得ているのではありません。真実は、タバコやアルコールを摂取するたびに、前に摂取したタバコや酒自体が引き起こした不快感を部分的かつ一時的に解消してホッとする感覚を真の喜びであると錯覚し、繰り返しタバコやアルコールを摂取しているにすぎません。ですから、この連鎖は、きっぱりやめないかぎり、どこまでも続いていくのです。

サンテグジュペリはその真実を「酒を飲む恥ずかしさを忘れるために酒を飲むのだ」と、ある意味では、滑稽でユーモラスに表現しています。しかし、この呑み助が自分だったとしたらどうでしょうか? 決して「滑稽でユーモラスだ」などと言えないのではないでしょうか? まさに悲惨で哀れな状況であると思いませんか? 自分はタバコも酒もやらない、あるいは、ちょっと嗜む程度だから大丈夫と思っていても、この社会にはタバコや酒のワナに陥って苦しんでいる人がたくさんいます。

「それは自己責任だ」という人もいますが、それこそ自らの無知を暴露した暴言です。タバコや酒は強力な依存性薬物であるにも関わらず、堂々と合法的に広く販売されていることこそが問題なのであって、スモーカーやドリンカーはその犠牲者なのです。

タバコや酒は氷山の一角にすぎません。この社会では、いろいろな分野において、実に巧妙・狡猾な仕掛けによって人を苦しめ搾取することが公然と行われていることをしっかり見抜く眼を持ちたいものです。





星の王子さまアレコレ その5

星の王子さまアレコレ その5

星の王子さまが三番目に訪れた小さな星には呑み助が一人で住んでいました。

呑み助はテーブルの上に空になった瓶と酒がいっぱい入った瓶を何本も並べて黙って座っていました。

「君はそこで何をしているの?」王子さまが尋ねました。
「酒を飲んでいるんだよ」 呑み助が今にも泣きそうな顔をしながら答えました。
「なぜお酒なんか飲むの?」王子さまがまた尋ねました。
「忘れたいからさ」呑み助が答えました。
「何を忘れたいの?」気の毒そうに王子さまが尋ねました。
「恥ずかしさを忘れるためさ」うつむきながら呑み助が打ち明けました。
「何が恥ずかしいの?」呑み助を元気づけようと王子さまが尋ねました。
「自分が酒を飲むのが恥ずかしいんだよ」そう言って、呑み助は黙りこくってしまいました。

王子さまは当惑しながら、その星を離れました。そして、旅を続けながら、「大人ってホントに変なの!」と何度もつぶやくのでした。

*****

この話を滑稽でユーモラスな話であると受け取った方もいるかもしれませんね。でも、本当は実に哀しい話なのです。

僕が哀しいというのは、この話は決してこの呑み助の個人的な心境だけに留まるものではないからです。この話は依存症というもののカラクリを鋭く見抜き実に簡潔かつ巧みに表現しているだけでなく、私たちが生きている社会全体の在り方を鋭く風刺しているからです。その意味で、サンテクジュペリは本当にすごい人だったんだなとあらためて思います。

スモーカーの多くは「タバコを吸うと安堵感や喜びが得られる」と思っています。そして、自分は自分の意志で好きな時にタバコを吸っている。すなわち、タバコをコントロールしていると思っています。

けれども、スモーカーは決してタバコから安堵感や喜びなどを得ていません。真実は、タバコを摂取するたびに、前に摂取したタバコ自体が引き起こした不快感を部分的かつ一時的に解消してホッとする感覚を安堵感や真の喜びであると錯覚し、その錯覚に惹かれて繰り返しタバコを摂取しているにすぎません。この負の連鎖はきっぱりやめない限り延々と続いていきます。

スモーカーはしばらくタバコを吸えない状況にあると、「タバコをどうしても吸いたい! 吸わずにはいられない」という渇望感を強く感じます。この渇望感はタバコを吸えないからなのではありません。前に吸ったタバコがこの渇望感を引き起こしているのです! 

簡単に言えば、スモーカーがタバコを吸いたいと思うのはタバコを吸ったせいなのです!

このように、スモーカーは自分の意志でタバコを吸っているのではありません。吸わされているのです! つまり、スモーカーはタバコをコントロールしているのではなく、タバコがスモーカーをコントロールしているのです。

タバコは嗜好品なんかではありません。れっきとした?強力な依存性薬物なのです。タバコを吸う人はそういう新しい眼で、自分自身の喫煙生活のいろいろな場面における自分の心境や感じ方を丁寧見直してみれば、僕が言っていることこそが真実であることが分かるはずです。

(つづく)





星の王子さまアレコレ その4

星の王子さまアレコレ その4

星の王子さまが訪ねた二番目の星には“うぬぼれ屋”が一人で住んでいました。

うぬぼれ屋は王子さまがやってくるのを見るなり、「やあ、俺に感心している人間がやってきたぞ」と叫びました。彼の眼には誰でも彼に感心しているように見えるのです。

王子さまは「こんにちは」と挨拶をすると、うぬぼれ屋に尋ねます。
「どうして変わった帽子をかぶっているの?」

「人が拍手してくれた時に挨拶をするためだよ。でも、残念なことに、ここは人が通らないんだ。そうだ、君、拍手をしなさい。両手でパチパチと。」うぬぼれ屋が言います。

王子さまはパチパチと拍手しました。すると、うぬぼれ屋は帽子を脱いで丁寧に挨拶をしました。

これは面白いと思って、また王子さまが拍手をすると、うぬぼれ屋は再び帽子を脱いで丁寧に挨拶しました。でも、5分間ぐらい何回も同じことを繰り返していると王子さまはあまりに単調なので退屈して拍手をやめてしまいました。

すると、うぬぼれ屋が王子さまに尋ねます。「君は私のことを本当に感心しているかい?」

「感心するってどういうこと?」王子さまが尋ねます。

「私に感心するというのは、この星で私が一番美しくて、一番りっぱな服を着ていて、一番金持ちで、一番頭がいいということを認めることだよ。」うぬぼれ屋が答えます。

王子さまが言います。「でも、この星にはあなたの他には誰もいないじゃないですか!」

うぬぼれ屋が言います。「とにかく、私を喜ばせてくれよ。」

王子さまはしかたなく「あなたに感心します」と言いましたが、「こんなことがどうして面白いのかな?」と不思議に思いながら、再び旅立ちます。

「大人って絶対に変だよ」と何回もつぶやきながら、王子さまは旅を続けるのでした。

*****
この話も大人の世界の醜さと滑稽さの一面を如実に表現しているのではないでしょうか?
よりはっきり言えば、大人の世界はほとんどすべて存在の真実に対する誤解の上に組み立てられているのです。

この話の中心テーマは、優劣観念は間違っているということです。真実はこの世界には優劣など存在しません。ところが、現実の大人の世界ではこの話のうぬぼれ屋は決して例外的な存在ではありません。ほとんどの大人はこのうぬぼれ屋のようにそれぞれの基準による優劣観を持ち、人との比較によって自分自身の価値が決まると思いながら生きています。

この優劣観はもともとバラバラ観に深く根差していますが、逆に、優劣観はバラバラ観を助長し人と人の分断を強めます。

王子さまが言った「でも、この星にはあなたの他には誰もいないじゃないですか!」という言葉はただ面白がって受け止める言葉ではありません。作者サンテグジュペリが、この王子さまの言葉によって読者に伝えたい真意は、そもそも優劣観というものは人と人、人と自分自身の存在価値を比較するという愚かしさ(間違い)から出てくるということだと僕は思うのです。

優劣観念が完全に脱落しないと、優劣を競い合うことだけが自分がこの社会で生きる本音の目的となってしまうので、人は本当に自由で、どこまでもみんなと仲良く生きていくことはできません。

(つづく)




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