プロフィール

昇平

Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

最新記事

カテゴリ

最新コメント

月別アーカイブ

最新トラックバック

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム

今滞在されている皆さんの数

現在の閲覧者数:

これまで訪問された皆さんの数

世界の現状を知る その8

世界の現状を知る その8

もう一つの核の脅威は核戦争の脅威です。

歴史的に言えば、人類史上最初に使われた核兵器は太平洋戦争の末期にアメリカによって広島と長崎に投下された原爆です。この二つの原爆で20万人以上の死者が出ました。

その後、ソ連も原爆の開発に成功し、水爆も開発され、アメリカとソ連は東西冷戦が激化する中核兵器の開発製造を競い合いました。そしてついには、広島原発の3000倍以上の威力を有する水爆まで開発されました。

1962年にはキューバ危機が勃発し、危うく米ソ全面核戦争必至という緊張状態になりましたが、幸いにもある偶然によって回避されました。その偶然が起きなかったら、今の地球は“猿の惑星”か、あるいは、微生物と昆虫しか生きていない荒涼とした砂漠のような星になっていたことでしょう。

しかし、その後も核兵器の数はどんどん増えて1980年代にはついに米ソ併せて6万発以上にもなり、それを全部爆発させれば世界中の人類を40回も繰り返し殺せるほど威力があったということです。それに併せて、米ソは互いにそれらの核弾頭を30分以内に相手国に打ち込めるだけの大陸間長距離ミサイルを数千基保有していました。

東西冷戦が終わって、何度か核軍縮会議が行われ、世界の核兵器の数はかなり少なくはなりました。それでも、現在アメリカやロシアをはじめ、フランス、イギリス、中国、インド、パキスタンなど核保有国は約10か国ですが、核兵器の数は合わせると、何と1万5千発もあるのです! これで世界中の全人類を何回皆殺しできるかお分かりでしょうか?
状況は決してよくなっていないのです。

日本は核保有国ではありませんが、どうなのでしょうか? 
2016年には国連の「多国間の核武装撤廃交渉」の決議にアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、そして、日本は反対しました。

2017年には「核兵器禁止条約」を世界122カ国の賛成多数をもって採択しました。核保有国はもちろん反対しました。そして、核保有国の同盟国である日本も反対したのです。

どうでしょうか? これでよいのでしょうか? 世界中で核兵器の悲惨さを体験した唯一の国である日本は国際社会を正しい方向にリードしていく責務があるのではないでしょうか。世界のこころある方々が日本という国に、そして、それを構成している日本人をどのように見ているか想像できるでしょうか? 
このまま全部お偉いさん方に任せておいてよいのでしょうか?

子どもは可愛いい、孫はなお一層可愛い、と言われます。だとすれば、自分たちがどう生きることが子どもや孫の本当の幸せに繋がっていくかを真剣に考えるべきではないでしょうか?

この社会ではみんな繋がっています。自分だけ、自分の家族だけ、自分の会社だけ、自分の国だけの幸せや繁栄などなんか絶対にありえないのです。

自分さえ、自分たちさえよければという生き方では、今はどんなに栄えているように見えても、いずれうまく行かなくなるのは当たり前です。

みんなが幸せにならなければ、決して自分も、自分たちも幸せにはなれないのです。この自明の真理に沿って生きることこそ本当の幸福です。

(おわり)






世界の現状を知る その7

世界の現状を知る その7

核の脅威は原発の脅威と核戦争の脅威の二つに分かれます。

まず、原発について述べましょう。
2019年現在、全世界で運転中の原発は400基以上あり、その約1割、42基がこの狭い日本にあります。

まさに、これは現政権による暴挙です。なぜなら、日本は“地震の巣”と言われるほどの地震多発地帯であるだけでなく、いずれの原発も海岸沿いに建てられており、いつ再び大きな津波に襲われるかもしれないということは、すでに2011年に福島の原発事故で実証されているからです。

日本はもともと自国を守るという名目で自衛隊を設立しましたが、その自衛隊は増強につぐ増強を重ね、現在では強大な軍事力を有し、積極的に海外に出向いて戦争することも辞さないという勢いです。

ところが、その自衛隊があったとしても、それは日本を防衛することは、まずは、不可能なのです。というのは、日本をやっつけようとすれば、海岸沿いにある原発施設を2基、あるいは、3基でもテロで破壊すれば充分だからです。それを完全に防ぐことはまず無理です。短距離、あるいは、中距離ミサイルで原発を破壊することも可能です。あるいは、飛行機が墜落するかもしれません。

いったん事故が起これば大惨事になることは体験済みの私たちには明白であるはずです。にもかかわらず、超危険性な原発が数十基も狭くて、危険な日本にあるのはどうみても異常です。

福島の原発事故の処理は放射能漏れ、汚染水、使用済み核燃料の処理、廃炉などまだ一向にメドが立っていません。

他の原発についても、高レベルの放射性廃棄物は増える一方であり、処分場のメドさえ立っていません。

そもそも、原発はなくても電力は足りていることはすでに実証済みです。誰かがそれで儲かっているのです。いわゆる、原子力村の方々です。日本には、原発の稼働によって、すでに核爆弾を何百発も作れるほどのプルトニュームがありますが、もしかしたら、これがこんな狭い国土にスウジュウもの原発施設を作って稼働させる本当の目的ではないかと疑いたくなるほどの量です。

この事実について私たちはしっかりと考えなければいけません。

でも、すでに、福島の原発事故さえも一般の日本人は関心が薄れつつあります。これはなんということでしょう。ドイツは自分たちが事故を経験していないのにもかかわらず、原発全廃を決めました。

この違いは何かということを私たちは真剣に考え、それを克服する工夫をしなければならないのです。それは、結論を言えば、日本人に深く染みついているお上信仰です。ただ、あまりにも、それが身につきすぎて、自分の体臭には気づきにくいのと同じように、自分では気がつかなくなっているのです。

いずれにしても、このままでは、日本も日本人も本当にダメになってしまいます。ですから、あえて言いたいことは、明治維新と同じように、今こそ日本はドイツをはじめ欧米の優れたところを積極的に取り入れる姿勢が大切なのです。それが日本人の優れた工夫力と本来の和の生き方と相まって、日本が脱エゴイズム国家、すなわち、国際環境平和国家として新生することによって、日本は本当に世界になくてはならない存在となるのです。

そして、その一連の過程を通じて、何千年もの間続いてきた国家エゴイズムの対立を基盤とし、今や危機的な状況にある人類社会が崩壊の危機を脱し、世界共生を基盤とする社会へと大きく転回していくのです。それが僕が提唱するネホサであり“令和維新”です。





世界の現状を知る  その6

世界の現状を知る  その6

世界中で毎日飢えに苦しんでいる10億の人々は日本人が捨てている食べ物だけで救うことができるのです。日本の廃棄食料コスト10兆円だけで全世界の飢餓が救えるのです!
*これはもうやるしかないでしょう!
*私たちは、いや、あなたはどうしたらよいと思いますか? 同じ人間として、このままにしておいてよいと思いますか? 
*ネホサは「将来、日本に国際環境平和国家という理想を掲げよう」という活動です。それはまず、理想を掲げようということなのですから、誰でも日本がそういう国になったらいいなあと賛同する人が増えていくだけでいずれムリなく実現するのです。ネホサって素晴らしいと思いませんか? 

22 肉食について
 肉食は穀物飼料を大量消費します。鶏肉は4倍、豚肉は7倍、牛肉は11倍、高級肉・霜降りは20倍以上の穀物を消費します。日本ではそれらのほとんどは外国からの輸入です。
 戦後70年、肉食は10倍増加しましたが、それを貧しい国から奪ってくるのです。そして、日本は家畜飼料だけで4億人分の穀物飼料を消費しているのです。
*肉は美味しいから食べるという裏側に、いや、これこそ本当は表側なのですが、こんな浪費と環境破壊の上に、私たちの便利で快適で豊かな、そして、我がまま一杯の生活が営まれているのです。

23 何が大切で、何がどうでもよいことか?
貧しい途上国では、例えば、10人家族が安心して生きられる食べ物1か月分は1000円かかります。
それらの国々では、1000円で何ができるでしょうか?
途上国ではお金の価値が10倍から100倍があります。つまり、1000円は1万円から10万円の価値があるのです。
それで計算すると、1000円で1家族の食料1か月分、1000円で予防接種50人分、
1000円で植林50本分ができます。
そして、100万円で学校が1校建つのです。
さらに、5万円で井戸1本が掘れます。貧しい村に井戸が掘られれば、水汲みが楽になり、 伝染病がなくなります。
*私たち日本人にとってはわずかなお金でも、それが集まれば、アマゾンの熱帯雨林の再生ができるのです。
貧しい国々では内戦や飢餓や伝染病などで4人に一人しか大人になれない国もあります。*それは先進国に住む私たちのせいなのです。

*ここまで知らなかったことがたくさんあったかもしれませんが、みんなネットなどで調べてみれば、容易にわかることばかりです。そして、ここまで書いてきたことは素直になってみれば、みんな当たり前のことではないでしょうか。無理して頑張る必要なんかないのです。僕はこの方がきっと自分を含めてみんなが気持ちよく楽しく生きられるからそうしようとネホサを提案をしているだけです。

*私たちは、自分、家族、そして、周りの人を大切に生きようとすれば、まず、日本はごく少数の人にいいように騙され、リードされていることに気がつく必要があります。
*、高木さんが言われるように、まずは、事実を知ることが大切です。次に、できることから実行しながら、周りの人に事実を知らせることが大切です。
*それと同時に、みんなで将来国に国際環境平和国家という理想を掲げることに賛同する人をどんどん増やしていくことです。
 

今回のシリーズはここまで、地球村代表高木善之氏の講演『宇宙船地球号はいま』のデータを中心に要約し、それに僕のコメントを付け加えたものです。
あらためて、このDVDは世界の現状を知るうえでとても分かりやすい貴重なツールだと思います。
私は以前から地球村の会員ですが、どうか、みなさんも地球村を応援してくださいますようお願い申し上げます。それがネホサの活動にもつながっていくのです。

(つづく)



世界の現状を知る  その5

世界の現状を知る  その5

20 世界森林資源評価(2010年)によると、緑疲率は次の通り。
 フィンランド73%、スエーデン69%、ブラジル62%、インドネシア52%、ロシア49%、欧州45%、カナダ34%、アメリカ33%、インド23%、中国22%。
そして、日本は69%、世界第2位。 
では、なぜ他の国の森林を破壊するのでしょうか? 日本の木材需給の推移を見ると、1960年以前は国産材自給率100%。その後、輸入材が急激に増加。日本の木は人件費が高いなので、発展途上国から安価な木材を大量に輸入しているのです。 
*何でも安く輸入できる国に住んでいる私たちは幸せですねえ。

世界の森林破壊の主な原因は日本などの先進国による木材の輸入ためであり、日本などの先進国が穀物やコーヒーや果物などを輸入するための巨大農園を作るためなのです。
バナナ、コーヒー。チョコ、タバコなどは熱帯雨林を伐採・破壊して作った巨大果樹園で栽培されています。それらのほとんどが先進国で消費されています。
*日本でチョコレートを食べ、コーヒーを飲め、輸入した果物を食べるということはそんなことなのです。
*温暖化も熱帯雨林の破壊も私たちの生活と無縁ではないのです。
*私たちみんながこの地球環境破壊の加害者なのです。

日本では小麦、トーモロコシ、大豆はほとんど輸入です。特に家畜のエサはほとんど全部輸入です。それらの穀物は森林を伐採して作った畑で栽培されています。  
例えば、マクドナルドのハンバーガーなどの安い肉は森林を伐採してできた巨大放牧場などで育てられています。
 
日本では割り箸を多用しますが、割り箸は日本の間伐材ではありません。ほとんど中国からの輸入材です。
政府の発表によると、日本で消費される割り箸は年間200億膳で木造住宅1万軒分相当するそうです。
ですから、割り箸でなくマイ箸を持ち歩いたり、エコバックを持参するようにすることも環境保全に大きな役割を果たすことができるのです。 
*やれるとこらからやるしかありません。ただそれだけでは不充分ですが・・・。

21 日本ではほとんどの人が1日に3食食べます。
前にも述べたように、自給率は29%しかないのに、1日に3600万人分を廃棄し 生ごみとして燃やしています。その費用は年間11兆円、一人当たり10万円かかります。
食糧を大量に輸入してまで大量に食べ残す。こんな罰当たりを戦後の日本人のほとんどがやっています。
*知らなかったでは済まないとは思いませんか? 
*この日本では、見事に、誰かさんたちに騙されて、真実が見えないようになっているのです。

世界中で毎日数万人が餓死しています。地球上では飢えた人が10億人と飽食の人が20億人います。前者は毎日飢えに苦しみ、後者は毎日メタボで苦しんでいます。
*あなたはどちらですか?

電気や自動車は使い放題。洋服はたくさん持っている。食べ物は冷蔵庫に一杯ある。20億人の人は、今日何をたべようかな?と思う。10億人の人には今日食べる食べ物がない。
20億人の人は自分たちを文明人だと思い、10億人の人を野蛮人だと思っている。
*あらためて問います。どちらが野蛮人ですか?

(つづく)




世界の現状を知る  その4

世界の現状を知る  その4

15 家電や自動車は?
大型テレビ、大型エアコンは電気を大量に消費し、CO2を大量に発生。
ハイブリッド車=ガソリン車と電気自動車を合体させたようなハイブリット車は製造時 のCO2排出がガソリン車の1,5倍。廃車時のCO2排出がガソリン車の1,5倍。バッテリーやインバーターの交換などを含めると燃費はガソリン車の1.5倍。つまり、コストもCO2もガソリン車の1,5倍で、まったくエコではないのです。その分には助成金が出るが、それは国民の税金からなのです。
*では、誰が得するのでしょう。あなたが得するのではなく、自動車会社が得するのです。*似たようなシステムは原子力村、医学村、タバコ村などこの社会のあちこちに見受けられます。

16 太陽光発電はエコでしょうか?
太陽光発電は小水力発電に比べ、発電機の価格が2倍、発電量が20%、寿命が半分であり、結局、2倍X5倍X2倍=20倍で、太陽光発電は小水力発電に比べ単価が20倍高い。
日本では火山大国の利を活かした地熱発電の技術革新と普及が期待される。

*太陽光発電は夜間は発電でない。また、1年中晴れて太陽の光に恵まれている砂漠のような気候の国々とは異なり、日本の場合は雨や曇りの日が多く稼働率や発電効率はかなり落ちる。
*太陽光発電はまだかなり高価で、設置費用を取り戻すのに10年はかかる。太陽電池もまだ大幅な技術革新が必要な段階です。
*太陽光発電を設置すると国や地方自治体などからかなりの補助金が出る。その分、太陽光を設置する人々は、例えば、半額だけを自己負担すればよいのですが、その補助金の出所は私たちの税金である。その補助金は、結局、太陽光発電の設備の生産者や業者の懐に入る。結局、誰が儲かっているのか。
*小水力発電だけでなく、日本以外ではいろんなことが進んでいる。今こそ令和維新が必要だ。エコ的知識や技術を積極的に西洋に学び吸収し、日本でさらに発展させ世界中に普及させるしかないのだ!

17 世界の原発と自然エネルギーの設置容量については、世界の原発は1990年ごろから伸びていない。一方自然エネルギーは急速に伸びており、世界では自然エネルギーが原発を超えた。
しかし、日本では自然エネルギーは5%程度にすぎない。しかも、原発を再稼働し、外国に原発を輸出している。
*日本がとんでもない国だということが実感できるでしょうか? 
*これでも、お偉いさん方に任せておいてよいのでしょうか?

18 原発をなくす3つの方法、すぐにでき、効果がある。
 1 節電は最善の発電。無駄な電力をカット。効率のいい製品に交換、特に照明。冷蔵庫、エアコン。意識して必要ないものを消す。古いものほど電気を食う。
   3割、5割の節電が可能。半分節電できれば日本の発電所が半分になるということ。
 2 ダウンアンぺア。契約アンペアを下げる。たとえば、60Aを20Aに下げる。電話1本でできる。基本料金が3分の1になり、電力単価も安くなる
3 グリーン電力。原発や火力を使わない他の電力会社の電力を契約する。電話1本でできる。 

19 森林破壊と砂漠化
 「50年後アマゾン熱帯林消滅するかも温暖化で砂漠・高原に」というイギリス政府予測が新聞に出ましたが、50年後日本もそうなるかもしれません。
日本は世界最大の木材輸入国。60年代にはフィリピン、70年代にはインドネシア、80年代にはマレーシアの森林を徹底的に破壊しました。そして、そのたびに、結果的に、日本は東南アジアの発展途上国において独裁政権の誕生に手を貸したのです。
結果、世界的に日本に対して反対運動が起こったので、現在は中国、カナダ、シベリア、オーストラリア、タスマニなどアの森林を破壊しています。
*どうしようもないね。コメントを書く気持ちも萎えてきた。

(つづく)




世界の現状を知る  その3

世界の現状を知る  その3

12 各国のエネルギー自給率はオーストラリア235% ロシア180% デンマーク123% アメリカ91%、中国89% インド72% イギリス69%。
そして日本はたったの5%。そのくせ、一人当たりの電力消費はノンが世界一! 
*日本はすごいでしょう! 私もあなたも被害者であり加害者と言った意味がわかってきたでしょうか? 

日本は江戸時代までは完璧な自給自足の国でした。そして、世界でもっとも環境を守り、国土は美しく水が美味しい国だったと当時日本を訪れた欧米人が絶賛している。
その世界でもっとも美しかった国が、今、もっとも貧しく、愚かな国になってしまったのだ。
残念だと思いませんか? 
*あらためて、日本が世界の環境と平和のモデル国家になったらと思いませんか? 

戦争の後世界のどの国も自給率を上げるように懸命な努力をして成果を上げている。ところが、日本は穀物自給率が80%近くだったのがどんどん低くなり28%まで落ちている。
これは戦後の減反政策のせいである。畑より工場、農業より工業というわけだ。 
国家の政策としてここまで進めた国は世界のどこにもない。
日本はかつては90%が農民でした。そして、現在、ジャーン! 日本では農民は5%しかいません。畑や田んぼを守っている人たちの平均年齢は65歳を超えています。10年後日本の農業はどうなるでしょうか?
*戦後70年の日本の政治は根本的に間違っていることはこの事実だけでも明らかです。
*もう手遅れギリギリのところに来ています。どうか、他人事でなく、自分のこととして真剣に考えてください。そして、この事実を周りの人に知らせてください。ぎりぎりですが、今すぐなら間に合うかもしれません。
*どうか、子どもたち、若い人たちの未来を考えてください。
*日本だけでなく世界の・・・ために、今の政治を正しい方向に是正することと併行して、ネホサの話に耳を傾けてください。

13 各国の二酸化炭素の削減目標 (2014年現在)
欧州連合 2030年までに40%減、アメリカ 2025年までに26%減、ロシア  2030年までに25%減、中国2030年をピークに削減に入る。
そして、日本はやっと2015年6月に、全原発停止で排出量が多かった2013年比26%減と公表した。
*我が祖国でありながら、全原発再稼働を前提というケチな根性が見え見えである。
*なぜ日本はこうなのでしょうか? お上信仰じゃだめなのです。

14 便利快適が地球温暖化の原因。
私たちは貧しい人々の10~100倍の豊かな生活をし、10~100倍のCO2を放出しています。
洗濯機、冷蔵庫、掃除機、エアコン、電子レンジなどの1KWの家電は10人分のCO2を排出。エレベーター、エスカレーターなど10KWの機械は100人分のCO2を排出。
100KWの自動車は最大出力で1000人分のCO2を排出しています。
それを多くの人がほとんど毎日やっているのです。私たちの便利快適は超贅沢なのです。*このままで地球が持つはずがないでしょ。

(つづく)




世界の現状を知る  その2

世界の現状を知る  その2

9 日本の廃棄食料
欧米などではバーコードがない。つまり、賞味期限切れがない。そして、日本と違い一つでも買える。日本は1パック例えば10個単位でしか買えない。だから日本は大量の生ゴミを捨てている。
何と1日に3600万人分の食料を廃棄。これは全食糧の約30%。年間11兆円。その廃棄処理費用は国民一人当たり10万円。賞味期限が切れたら買ってはいけない、食べてはいけないと思っていないか? 
*こうして得しているのは一体誰なのだ?

10 地球温暖化 
空気中の二酸化炭素の濃度はエネルギー消費とほぼ比例している。化石燃料は200年で100倍に増えた。ということは、二酸化炭素も100倍に増えたということ。地球の温度と二酸化炭素の濃度の上がり方はほぼ比例している。
 
2100年までの気温予測は地球全体平均で4,8度上昇(気候変動に関する政府間パネル:IPCC発表)。 
現在まで100年間で世界平均で0,85度上昇、日本ではヒートアイランド現象もあり3度上昇した。約4倍である。その計算で行くと、世界平均で4,8度上がると日本では10度から15度上がる可能性がある。そうなれば、日本での最高気温夏には60度を超える恐れだってある。

北極、南極では20度から30度上がる可能性がある。そうなれば、北極、南極はもちろん、世界中の山の氷が溶ける。そうなると、海面は90メートルぐらい上昇する。
ただし、地球上の氷が全部溶けるのには数百年かかる。NASAによれば、100年後には最大5メートル上昇と考えられている。
そうなれば、100年後にはオランダ、バングラデッシュ、モルジブなど世界の50か国が海面下に消える。日本でも、平野部の多くが水没し畑がなくなるだけでなく、全世界の畑のかなりの部分がなくなり、食糧輸入も困難となる。
そうなれば各国で生き残りをかけての食糧の奪い合いで戦争が多発する可能性が強い。
*そうなったら、核と核の対決だ。これは脅しではありません。かなり、現実的な近い将来にありうる話です。
*愛する子どもたち、孫、ひ孫がそんな中で生きていくのです。それでよいのですか?

11 食料穀物自給率(平成25年 農水省)を見ると、
オーストラリア291% フランス176% アメリカ118% インド109% 
ドイツ103% 中国100% 北朝鮮76%。 
日本はたった28%である。
(現在は経済制裁で北朝鮮は苦しい状況にあるかもしれないが・・・)北朝鮮と日本と地力を比べた場合に、どちらが豊かだろうか? 
日本は食糧の4分の3も輸入に頼っているが、もし、その輸入が途絶えたり、大きく減少する事態になったら、即アウトである。温暖化でこの数字がすべて半分になったと仮定すれば、輸入はゼロとなる。
日本では事実情報が知らされていないのだ。国家機密となっている。でも、検索すれば出てくる。
*こんな脆弱な国でいいのか? 
*この国を大企業のいいなりになる政治家をはじめとするお偉いさんたちに任せておいてよいのか?

(つづく)




世界の現状を知る  その1

世界の現状を知る  その1

(今回のシリーズは「地球村」代表の高木善之氏の講演を録画したDVD『宇宙船地球号はいま』(2014年)で紹介されたいろいろな信頼すべきデータを使わせていただきながら、それに僕のコメントを書き添えたものです。
高木善之氏は「まず事実を知ること」と言われます。僕もまったく同感です。その意味でこのDVDはまさに最適なツールだと思います。
どうか、みなさんもこのDVDをアマゾンなどから購入して、自分で見るだけでなく、家族で見て、友人にも見せてください。それだけでなく、このDVDをできるだけ多くの方々に紹介してほしいのです。
そういう思いで、今回このような形で紹介することを思い立ったしだいです。ご了解ください。)

1 地球には全部で2000万種の生物が生きており、本来は、みんながそれぞれ役割を果たしながら調和の世界を作ってきた。しかし、もっとも賢いはずの人間という一つの種が今や生物種をすべて滅ぼそうとしている。今日までに、その4分の1の種が絶滅した。
*このままでは全滅まであと何年? (*は昇平のコメントという意味です。)

2 世界人口は現在70数億人であり、200年で人口は10倍、水の消費は100倍、エネルギーの消費も100倍に増加した。根本原因は経済の発展である。もうすでに、地球規模、とくに、発展途上国で深刻な水不足やエネルギー不足になっている。
*このままで持つはずがないだろう!

3 タバコ、公害、汚染、フロン、高圧電線、電磁波ダイオキシン、塩化ビニール、原発などの公害問題などについて、
他の国では 安全が立証されなければ、危険とみなす。そして、立証責任は訴えられた企業や国の義務。 
日本では逆。危険が立証されなければ、安全とみなす。そして、立証責任は訴えた側にある。
*日本はとても異常な国だと思いませんか?

4 先進国では脱タバコの流れが強い。自販機を禁止したり、統一パッケージでブランドは小さく、写真付きで喫煙の危険性を警告し、コマーシャルは禁止。
日本では テレビでのコマーシャルだけ禁止。日本の喫煙率は少ない方から先進国34か国中30位。
*タバコで一体だれが得しているのか? 考えてみてください。

5 日本は土建大国。電気、水道、ガスなどに関わる道路工事がしょっちゅう。
日本以外の先進国では5年に1回しかできないところが多い。
日本は年間土建費27兆円。フランスやドイツでは12兆円。費用を同じ面積で比べると、
日本の単価はフランスの3倍以上、ドイツの2倍以上かかっている。
*儲かっているのは誰?

6 各国の1年あたりの車検費用を見ると、ニューヨーク1200円、ドイツ2500円、フランス3500円、イギリス、6900円、カナダなし、北欧なし。
そして、日本は5万~100万円である。
*これは日本の自動車業者を富ませるためであることは明らか。
*その責任はどこにあるのか? 政府とそれを支えている国民だ。

7 GDPは世界第3位なのに、日本の国民一人当たりの豊かさは先進国34か国中29位。
*誰が豊かになったのか? 大企業などの上層部だけしか潤っていない。そのうちに一般庶民まで下りてくる? 騙されてはいけません!

8 各国の焼却場の数は、イタリア50、イギリス55、韓国52、ドイツ154、フランス188、アメリカ262。
日本は1172。欧米に比べて、一人当たりのゴミが10倍以上多い。
*これは政治や仕組みだけのせいではない。それをよしとしている私の、そして、あなたのせいなのです。

例えば、日本以外の国の市場やスーパーなどでは、野菜などはバラ売りでパックは無し。したがって、発砲スチロールやビニールのゴミが出ない。だから、ダイオキシンも出ない。

(つづく)




いのちのセミナー感想文集

いのちのセミナー感想文集

いのちのセミナー感想文 Aさん                      

昇平先生、スタッフの皆さま

今回息子の勧めでセミナーに参加させて頂きました。
何の前知識もなく特別な思いもなく、GWの中、丁度空けられた2泊3日でした。
人生還暦を過ぎ、人としての林住期であるこの時に昇平先生その人に出会う事ができました事、また今後の私の歩む方向性を再確認できた2泊3日となり、感謝です。

セミナーの中では、長年の日常生活の中で纏っている澱のようなものが少しずつ剥がされ、
テーマが深まっていくにつれ心の凝りがほぐされていく感覚になりました。
そして自分の中にある宇宙(神)に繋がっているエネルギーを再認識できました。

と同時に、至らなかった私の育児への自戒もあり(こればっかりはやり直すこともできませんが)今後いのちのある限り子どもたちも含め、全て繋がっているものたちを愛していきます。
「思いと事実の違い」を受け止め、怒らない人になりたい。穏やかに物事に対処していけたなら、より楽しく楽にいきられる、その事を心に留め歩んでいきます。

これまで私は、絵本を通して平和のこと、環境のこと、異文化理解のこと、病気や障害を持った人たちと共に生きている社会であることなどを伝える活動をしてきました。

昇平先生のお話を聞き、美しい地球を守り、平和を作りだせる人になれるよう、特にこれから大人になっていく子どもたちに大切なものを手渡していきたいと改めて考えています。

最後になりましたが、セミナーのおしまいに奈央先生にお会いできました事もとても嬉しい事でした。お二人が長年発信されてきたことが、さざ波のように広がり、温かな豊かな心を持つ人たちが生み出されている事に感じ入っています。
3日間、本当にありがとうございました。

(その後のメール)
セミナーの余韻は未だ消えることなく常に私の中でさざ波を立てています。
日頃、己の行いを顧みることが少ないのですが(やりっぱなし笑)、
今回ばかりは自問自答が続いています。
自分も周りも笑顔でいられる生き方を探したいですね(^^)


いのちのセミナー感想文 Bさん         

自分に向けて枷(かせ)をかけていた。
自分に向けて枷をかけていた。
未だ自分に向けて枷をかけていたのに気づいた。

ここ20年は、必死に40年で自分に向けて作った枷を取り外すのに全力を注いでいたけれど、
まだまだ自分に向けての枷が取り外せないでいた。
そんな自分に気が付いた。

自分への枷をはずせ、はずせと思ってはいたけれど、
枷を外しては、また新たな枷を自分に向けてつけてた。

そんな自分に、昇平先生、そして皆様との場を共有させていただいていた
今回の山籠りで気づいた。
本当にまだまだだ。本当にまだまだだ。

だけど、これに気づくことができた数日間は、本当に素晴らしいかけがえのない数日感だった。

皆様、そして昇平先生、赤城山、
このような機会を与えてくれたロッキーに感謝、
やっぱり肝心な時、本当に自分は恵まれているなぁ。


いのちのセミナー感想文 Cさん                   

よかった〜!
「いのちのセミナー」に参加することが出来たこと、皆様と素晴らしいタイミングでお会い出来たこと
偶然ではなく必然であったということを感じることが出来たこと
わかった〜!
「自分はなんでも出来る」ということ、「真実を受け入れる」ということ
「心が身体を動かしている」ということ
はがれおちた〜!   現実から目を背けていた自分、必要以上に力が入ってしまう自分
過去を振り返りすぎて前に進めなかった自分、すぐに傷ついてしまう自分、
現在と過去の自分を恥じていた自分

2泊3日? 宇宙船 『平和号』に乗っていたのでしょうか?
とてつもなく長い時間?いや!あっという間?
「現実」と「空想」「仮想」「理想」?「正しい」の「正しくない」の?

昇平先生の「いのちのセミナー」は私にとって
「みなさんと存在を共にしていた明るく楽しく幸せなひととき」
「沢山笑ったひととき」「元氣で素直になれたひととき」
「見えるもの見えないもの全てが大切であると感じたひととき」 発見の連続でした。
おかげさまで重たく暗くてとげとげした何かが剥がれていき、
身体が軽くなり目の前も明るくなりました。
今まで見えなかったなものが見え今まで感じなかったことを感じる様になりました。
そして思っていた以上に自分に出来ることが多いことを知りました。

昇平先生 奈央先生 恵理佳先生
諸岡さん 中村さん サポートスタッフの皆さん、紹介者の水野さん
本当にありがとうございました!
これから「いのちのセミナー」で学んだことを日常万般に行えるように一歩一歩前進していきます。

〜しずくが水面に落ちた時に拡がる波紋の様に〜
PS. 「いのちのセミナー」参加者の皆様へ
宇宙船 『平和号』に同乗出来たこと心より感謝いたします
みんなで力を合わせ「幸福星」を発見して、さらに「幸せの源」を発見して
「素粒子」「中性子」「原子核」「原子」「分子」そして「生物」から
「地球」「太陽」「銀河系」「宇宙」「ブラックホール」
そして未知の「物質」「現象」「ダークマター」を旅して愛を感じてそして何か発見をして
『すべてのものに「仲良く生きる」ができる』を行う決心をいたしました
自分の氣持ちに素直に真実も受け入れられる心を持ってわたくしの新たな旅に出ます
しばらく一人の旅ですが必ずどこかでお会いしましょう
もっともっと自分に磨きをかけておきます。お会いできることを楽しみにしております!

いのちのセミナー感想文 Dさん (

先日のセミナーではお世話係として参加させていただきました。
一つ一つのテーマで、ある参加者がハッと気がつき、それが波のように広がって、次々と皆さんが変わっていく様子を目の当たりにしました。まさに気が発動して、連鎖していました。
世界の平和もこのように実現していくのだろうなと感じました。

お世話係として不十分なところが多々あったかと思いますが、担当させていただけたことに感謝します。
「いのちのセミナー」が広がっていくことが平和な世界を創るために最も有効な方法だという「確信」が、より強固なものとなりました。

これまでに自覚のセミナーを受講された方であれば誰でも、お世話係を担当することは可能だと思います。
さっそく8月には「いのちのセミナー」が開催されます。
今回の流れから、2泊3日の「いのちのセミナー」が増えていくことでしょう。多くの方とご一緒にお世話係を担当できればと思います。
最後に、貴重な機会をくださった先生方に感謝致します。
また、いつも整体セミナーでお世話になっているメンバーにたくさん助けていただきました。
本当にどうもありがとうございました。

いのちのセミナー感想文 Eさん (再受講)

素晴らしいセミナーを開催してくださり、ありがとうございました。
セミナーから戻って、日々色々なことが起こりますが、どんなときも落ち着いた心境でいることができている事に驚いています。そして、これまで出会ってきた人や出会う人との暖かいつながりを離れていても強く感じることができており、いつも安心感や嬉しさで満たされています。
私の人生をがらりとよくしてくれた、このセミナーをたくさんの人に受けてもらいたいです。


いのちのセミナー感想文  Fさん            
 
まさかこのような体験することになるとは想像もしていませんでした。
どのようなことがあるのか、何をするのか全てが謎のまま、セミナーを受けました。
「来るんじゃなかった」とさえ、初めは思っていました。

しかし、昇平先生、恵理佳先生、そして共に受講している方々のおかげで、それまでの自分の生きづらさから完全に解放されました。
硬くて厚くて重い鎧をついに脱ぐことができた感覚でした。
自分がこんなにも軽くて、自由な存在であったことに気づいたことで、とても温かくて、穏やかな何かに満たされて、そして包まれて、いまもこうして感想を書くことができています。

自分に確信を持って、いまを生きることができています。
それと同時に、これから先に目を向けても、楽しみで溢れています。
小さい頃から願ってきた、「みんなに幸せを届けたい」という想いを現実にするために、これからこの自分を存分に活かしていきます。
昇平先生、恵理佳先生、お世話係の方、参加したみなさんに出会えたことを心から感謝しています。
本当にありがとうございます。
また、必ずお会いしましょう!

以上が感想です。
4日間、本当にお世話になりました。
楽しい時を過ごすことができました。
ありがとうございます。
またお会いする日を楽しみに、僕は京都で頑張ります。
その日まで、どうぞみなさんお元気で。


いのちのセミナー感想文  マダムS                  

原始時代に生まれましたもので
ブログとか ハ-ドルが高くて・・・
メ-ル返信で送らせていただきます。ボツにしていただいて結構です。
もしのせるのでしたら、マダムSで出して下さい。

ただ、"出たい"という気持ちで
初めて参加させていただきました。"とにかく 良かった!"としか言い様がありません。
伸びやかな山々の連なりと目に沁みる緑と花々、吹く風のなんと心地よいことか!久しぶりに空を仰ぎ深呼吸しました。
そして迎えてくださった先生方と皆様との2泊3日。財産です。
火事でも地震でもなくならない、泥棒も盗めない財産です。

昇平先生のお話は、わかりやすいお言葉で明快、かつ温かく、私の深いところに触れました。身体の奥でフッとうなずいて そうなんだ〜!と一言叫びました。
そして あら不思議、気持ちいいし 楽しいし、身体の不具合も忘れてしまいました。

このセミナーを受けると
世界が変わります。
人生が変わります。
やる気が出ます。

他の参加者の皆様のお話も
興味深く、刺激を受けました。

先生、スタッフの皆様、そして、ご一緒させていただいた皆様、感謝で一杯です。
私を取りまく全てに有難うございますを言いたいです。
持てる力を、総動員して、
髪の毛一本一本にまで動かして生き生きと生きたいです。


いのちのセミナーの感想文  Hさん

今回のセミナーは私を野口整体に誘ってくれた友人から話を聞いて「これは受けたい!」と思い、申し込みました。
1年ほど前に自覚のセミナーの話を聞いた時から気になっていたのですが、自覚のセミナーは期間が長く、なかなか日程を調整することが難しかったのです。
今回は家族にそんなに負担をかける日程ではなかったことが本当に助かりました。

セミナーを受けるまでは漠然と生きにくさを感じていました。自分が変わればいいことはわかっていて、自分なりに実践していましたし、変われそうな気はしていました。
しかし、「これだ!」という感覚がなかなか得られませんでした。
頭ではわかっていたのですが、実感が欲しかった。変わる勇気が欲しかったとも言えるかもしれません。だからこそ、このセミナーにすぐ反応したのだと思います。

このセミナーを受けて、まずはなんといっても心が軽く、前向きになりました。
人間だけではなく、この世界全てのものが自分とつながっていると思うと、すべて愛おしく見えてきて、みんなにハグをしたい気持ちになります。

そして、世の中をシンプルに見るようになった気がします。
自分がどれだけ思い込みの中で生きてきたのかということに、いろんな場面で思い当たるようになりました。
昇平先生のシンプルな問いにシンプルに応える。
今まで当たり前だと思ったきたことについて、昇平先生から問われることで、改めて考えることになり、「あっ!」と気付いて自分の皮がめくれる。
そんな風にどんどん余計なものがはがれていく感じでした。
今回集った仲間たちから受けた刺激もとても大きなもので、今回のセミナーになくてはならないものだったと思います。

そのことにじっくりと時間をかけて向き合えることが本当に贅沢だったなと思います。
昇平先生、恵理佳先生、いつも暖かく見守って、導いてくださり、ありがとうございました。
真剣さの中にも笑うことや緩むことを交えながら、みんなが進めるように、という心遣いが随所に感じられました。
面白い仲間たちと過ごした二泊三日は大きな宝物です。本当に素晴らしい機会をありがとうございました。


いのちのセミナー感想文  Iさん

先生方この度の2泊3日「いのちのセミナー」受講させていただきありがとうございました。 以前から、妻はもちろん、多くの方からお誘いの声をかけていただいていましたが、初めてのところに入るのが苦手だったり、5日間は長いとか、仕事も休むとなると・・・等という思いで、参加を拒んできました。何より、自分からやると決めないと、進めないというのも分かっていました。

 しかし、今回、休みをとらずに3日間ということにもなり、そして参加するなら今このタイミング、と自分で決めることができ参加させていただきました。
 情報を入れ、先入観を持つと、頭ばかりが動いてしまうことは分かっていたので、どんなことをするのか、聴かず、聴かされずに参加したセミナーですが、これまでの概念、常識だと思っていた概念や、自分で作ってきた基準がこんなにもあるのか、これが普通だと思っていたことがそうではないということに驚かされました。

 セミナー中、そしてセミナーを終えた今、ずっと考えているのが、基準を作って楽にしよう、自分を守ろうとしていたということ、そして実はそれがかえって自分を苦しくさせてきたということです。また自分の基準を子ども達にも押し付けてしまっていたことを感じました。 

「すべてが一つのいのちとつながっている」、先生のおっしゃられた「不可分一体」という言葉にすっと胸が楽になったような気がします。これが自然な姿だと感じる自分がいます。 反抗期にある子どもにも、すぐ感情的になってしまう自分がいましたが、今は子どものそんな態度や行動に、なぜ、どうして、自分に問いかけ、一緒に考え、判断しようという気持ちがすぐに出てきます。
 
これまで、「できる」「できない」を自分に基準で判断し、何か障害になるものがあれば「できない」と自分で決めつけてきました。今は何でもできる、できないことなんてないんだ、という自分がいます。相変わらず、苦手だなと思うことはありますが・・・(笑)
 
私の仕事上、自分の子ども達だけでなく、多くの子ども達の様子がみえてきます。いわゆる「子どもの貧困」という課題です。それが一概に不幸だとは言い切れませんが、すべての子ども達が平等に、お金の心配をすることなく、安心して教育を受ける機会を保障してあげたいと思っています。
できることを一つ一つ積み重ねて、小さなうねりを、少しずつでも大きなうねりに変えたいと思っています。
すべてのものがつながっていて、そしてすべてのいのちが幸せになるために、何ができるのか、「何か」できるのか、いや、できないことなんてないんだという思いで忙しさに紛れてしまう日々でも、ふと立ち止まって考える日々を過ごしています。ありがとうございました。

 きっと、あの場所で、先生の言葉を聞き、一緒に参加された皆さんの言葉を聞き、時間を共有できたことで、さらに広がり、深まったのだと思います。すべての皆様に感謝いたします。


いのちのセミナー感想文  Jさん              

以前、ある人から、「本当は“真実”って笑っちゃうくらいシンプルなことなのよ。」と言われた。それって一体どう言うこと?その先を聞きたかったけど、その人はそれ以上教えてはくれなかった。その一言がすごく気になった。考えても考えても、その答えははっきりとは見つからなかった。
 
日本に一時帰国すると、突然姉から「 “いのちのセミナー”受けに行くから、予定空けておいて。これは絶対重要!」と言われた。あまりに突然で、しかも情熱的にオススメしてくるので、「一体どんなセミナーなの?」と聞くと、「知らない。」と言う。何も知らないのに、何故にそんなに熱を込めて重要と言い切っているのか謎だったけれど、どうやら人づてにすごいセミナーであることを聞いたらしかった。そして、偶然か必然かその期間は丁度何も予定がなかったので、姉、母とともに私も参加することにした。内心ビクビクしながら…。

 何を行うのか全く分からなかったので、セミナーが近づくにつれ、私の恐怖心は膨らみ、そのまま初日を迎えた。詳しい内容は書けないけれど、最初の自己紹介を終えた時点で、おそらく私が一番苦手とする形での進め方のようだった。一瞬目の前が真っ暗になりかけた。ただ、すでにはるばる赤城山まで来たわけだし、ここで帰る訳にもいかない。腹をくくって、「もう、どうにでもなれ!」と思った。

が、1日目が終わる頃には、そんな恐れはすでに吹き飛んでしまった。そして気がつけば、妙に心地よい不思議な感覚に身を委ねている自分がいた。

少し見方を変えてみれば、全く違った発見がある。真剣に調べ、“真実”を発見した時は身体で感じる。揺るがない感覚。とにかくその連続だった。昇平先生は、驚くほど自然に、そして明確に、時に笑いを交えてそこへ導いてくださった。感動的だった。
「本当は“真実”って笑っちゃうくらいシンプル」
その意味がようやく分かった。

赤城山、満開の八重桜に新緑と青い空。
その自然に心が洗われた。

昇平先生をはじめ、恵理佳先生、サポートをしてくださった方々、受講された皆さんから本当に多くのことを学ばせて頂いた。皆さんとても個性豊かで、素敵なグループだった。

もう一度声を大にして、「どうもありがとうございました!」と言いたい。そこでの真剣な時間は、とても暖かく、そして素直に心から楽しかった。このタイミングでこのセミナーに参加できたことに、とにかく感謝だった。内容を知らずしてしつこく誘ってくれた姉にも…。

全ては繋がっている、その瞬間に世界は無限に広がる。
オランダで、今日もふと赤城山での時間が蘇る。
そして、自然と笑顔になっている。


いのちのセミナー感想文  Kさん              

先日のいのちのセミナーでは、大変お世話になりました。
参加する機会をいただき、有り難うございます。 セミナー当日は体調が良くない状態での参加となってしまいましたが、その後少しずつ復調していくに従い、セミナー中の体験が静かに身に沁みて来るように感じています。

 今回は、2回目の受講でした。
 奈央先生から、セミナーの受講をお薦めいただき、自分でもこのセミナーへの参加は大事なことだと感じました。1度目の時の自分の理解は浅かったので、改めて受講したいということもありました。

 セミナーが始まって気づいたのは、その内容が以前と比べて、ずっと自然に入ってくることでした。
 セミナーは昇平先生が参加者に問いかける形で、テーマが出されます。
 そのテーマを検べていく中で、自分の思い込みや先入観等(それは個人的なものもあれば、世の中の常識や慣習、受けて来た教育による影響等、さまざまなものがあると思います)を外したところで見えてくる事実に気付きます。

 その事実が1回目の受講と比べると、はっきりと自然に受け取れるとともに、先生が出されているテーマは非常に厳選された、我々人間やこの世界に関わるエッセンスのようなものであるように感じました。

 漠然と推測するだけですが、先生の設定されたテーマは非常に深いところに根拠を置いていて、どのテーマもその深い根拠からやって来て、先生がそれをキャッチし、適切な形にしたものを私達に提示していただいているもののように思われました。

 自分の思い込みや先入観等を外すというテーマの性質上、頭に雑念・妄念がいっぱいの私には、1回目の受講の時にキャッチできるものが小さかったのだと振り返ってみて思います。今回もすぐにはなかなか答えが出ないテーマが少なからずありましたが、今後の生き方にこのセミナーの体験を活かして行きたいと思います。

 いろいろ先生がお話をして下さった中で、真実は一つで変わるものではないという意味のことをおっしゃっていたのが、特に自分には響いて来ました。
 それは、何か大切なことを学んでも、日常の社会生活の中ではそれを見失いがちであるためですが、先生が真実は変わらないとおっしゃった時、日常の生活の中でも常に、それは変わらないのだと強く意識されました(先生はそのような文脈でおっしゃっていた訳ではありませんでしたが、私の心の中では、そのような仕方で響いて来ました)。

 ここ数年間は、なぜか特に自分を見失う度合いが大きく、スランプだったためもあると思います。
昇平先生ご自身の、具体的な人生経験のお話と合わせて生きることの厳粛さを感じました。

 また、今回のセミナーの参加や、過去の参加者の方々の感想文を読んで感じるのは、このセミナーに出会えた縁についてです。
 セミナーを受ける機会に恵まれたこと自体が、素晴らしいことです。
そして、このセミナーは多くの先人の経験が凝集されたエッセンスではないかと思います。 先生もブログで、ご自分が存在の真実に気づくことができたのは、「直接的、間接的に関わったすべての人のおかげで」「すべて教えていただいたもの、伝えていただいたものばかりです」と書かれています。
 この世界の存在が不可分一体である事実、それは現在の存在だけでなく、過去の存在者も未来の存在者も含まれていると思います。
 多くの会ったこともない、見えない先人達もそこにはいて、大事なことを継ぐリレーに連なっているのだと思われました。

 セミナーの内容と先生方や参加者の方々によって作られていた、あの場のエネルギーのようなものが今もずっと自分の中にありますが、セミナーから2週間経った今、長い間苦しんできた心の中の結ぼれの一つが解けたのを感じました。
 それが何なのかは分かりませんが、解けたことだけは分かり、同時に身体も朗らかで、愉しくなり始めました。 セミナーの体験の御蔭であることは、間違いないと思います。 
 3日間の短い期間ではありましたが、どうもありがとうございました。 
 御礼申し上げます。今後ともよろしくお願い申し上げます。
 

いのちのセミナー感想文  Lさん                        

いろいろな方のご縁とご尽力により、「 いのちのセミナー 」に参加する機会を与えていただきました。どうもありがとうございました。
“こじらせ感”全開で、ずいぶん皆様のお邪魔をしたにも関わらず、最後まで見捨てずにいただいたことに心から感謝いたします。

セミナーのことを思い返すと、かなり恥ずかしい気持ちでいっぱいですが、一生懸命ではあったと思います。最初に昇平先生がおっしゃった「このテーマについて、これ以上深く追求する機会はもうないという気概で取り組むように…」という点だけは、「できた」と言えるように思います。

セミナーを通じて、自分が頭で勝手に作りだした幻影にしばられて、ずいぶん窮屈な生き方になっていることがよくわかりました。
ただ、まだ頭でわかるレベルにとどまっており、世界の見え方が変わるようなすっきりした感覚や、ひとつひとつのことに迷いなく踏み出すような当然な感じを得ることはできませんでした。

自分が抱く期待と現実に起きることが無関係だということは、以前からよくわかっていたつもりですが、セミナー後、意外と、小さな期待外れ(期待と現実が一致しないこと)にちょくちょくがっかりしている自分に気付いています。
一足飛びには難しいと思いますが、そんなところをきっかけに日々の在り方を意識していきたいと思います。 
どうもありがとうございました。


いのちのセミナーの感想  Mさん                

初めに、「いのちのセミナー」を受講させていただけたことに感謝したします。

日頃は時間に追われながら生活していて、じっくりと自己と向き合える時間がない生活を送っていましたが、受講させていただいて、「じっくりと、自己を振り返る」という大切さを実感いたしました。

私にとって、「真実」を探求するために、考えるのではなく「調べる」という視点で物事を見ていく経験が今までは無かったことでした。
受講してみて、「考える」ことと、「調べる」ことの違いを理解することができました。今後の人生で、「調べる」ことを意識して生活していくことができれば、また違った視点を兼ね備えて人生を過ごすことができると思います。

「真実」を見つけることで、(複雑な考えで行動するのではなく)単純で明確な「目標」に向かってスマートに進むことができるのだと感じました。
また、「真実」を見つけるために、今までの経験や先入観などで曖昧に判断するのではなく、素直に事実(現状)に目を向けたり、物事の根本を調べたりすることが必要になってくることも体験することができました。

 自分の人生 ⇒ 「自分で判断し、行動していた。」ということにも、今回の講義を通して実感することができました。
「○○をしなくてはいけない。」ではなく、「○○を自分で決めて、自分で実行してきた。」という気持ちで生きていかなければならないと感じました。
 だからこそ、「真実」を解明できれば、「私は、できる。」ということに気づくことができました。

今回のセミナーで、マイナス感情についても、深く調べることができました。
マイナス感情の真実を知ることで、マイナス感情は必要ないということに気付きました。(今でも実践することができています。)

「いのちのセミナー」を受講することで、今まで深く考えることがなかった物事に対しても、「真実はなんだろう」という視点で調べることができるようになったし、「できるorできない」ではなく、「できる。」という視点で生活することが大切であることを理解することができました。
今後も「あ、そう」を合言葉に生活をしたいと思います。

最後に、昇平先生、「いのちのセミナー」を支えてくださった方々、メンバーや紹介してくれた両親に感謝いたします。


いのちのセミナー感想文 Nさん

このたびはセミナーへ参加をさせていただきまして洵に有難うございました。

3日間とは思えないほど、認識を改めなおすこと多く、過ごさせて頂きました。深い学びを与えていただきましたこと御礼申し上げます。

脳が言語化にたらず表現が及ばないので申し訳ございませんが、共通の土台と自身が思っているあるべき姿の区分につき認識を大きく改善をさせて頂けたものと存じます。


自身の考えを抱えるならば、自身も含め遍くいのちや人間の光の輝きに寄与がなるように抱きつつ、確りと生きていこうと思っております。

昇平先生、静かで素晴らしい時間を共に過ごさせていただきました皆様、
心より御礼申し上げます。




ネホサのシンプルな仕組み

ご注意:今回平和な世界を創ることについての原稿を4つほど連続してアップしました。したがって、今回のブログが最新のものですが、その前に3つか4つの未読のものがありますので、下の方にどんどんスクロールして、前の未読のものから順次読んでください。

ネホサのシンプルな仕組み

ネホサは「国に理想を掲げよう」ということです。そのように言うと、初めて聞いた人はほとんど「そんな大変なことできるはずがないじゃないか」と言います。

そう思うのも分かります。でも、それは本当に簡単なことなのです。これをもう少しだけ読んでいただければ、「なるほど、そんなことか!」と納得されるでしょう。もちろん、あなたを洗脳しようというわけではありません。

ただ、一つだけ注意点があります。こう言うと。「ほら来たぞ! やっぱり!」と思うかもしれませんが、そんなことではありません。

それは、ネホサの考え方が超シンプルなだけに、物事をことさら複雑に考える傾向のある方々や、物事を何でも疑り横目で見ようとする傾向のある一般の方々にはネホサの考えはかえって誤解されやすいということです。

その点に留意して、最初から疑ってかかったり、欠点を見抜こうなどという気持ちをひとまず横において、読んでいただければ容易に理解していただけると思うのです。

ネホサの考え方にはケチをつけようと思えば、それが当たっているかは別として、いくらでも思いつくことができるでしょう。でも、その奥にある考え方の真(芯)の部分をアタマでなく素直な感覚で捉えるようにして、これから書くことを読んでいただきたいのです。

ネホサの考え方は子どものような純真な心に基づいて発案されたものですから、とても簡単で、実に、当たり前な考え方なのです。でも、子どもの純真な心を失った大人たちには、それだけに、誤解されやすいところがあるのです。

あなたは、自分の国が「自分たちさえよければよいのだ」という利己的な国であるのと、「自分たちと同じように世界の他の国々の困っている人々を何とかしてあげたい」と全力で支援している非利己的な国であるのとどちらが好きですか?

でも、世界のほとんどすべての国の根本方針は「自分たちさえよければよいのだ」という国家エゴイズムに置かれています。

もちろん、これまでの日本もそうです。でも、将来、日本が地球上の他の困っている国々の人々を自分たちと同じように全力で支援する脱エゴイズムになったら本当に素敵だと思いませんか?

人々がそういう自分の本心をたしかめて、あらためて意識的に将来の日本に対してそういう希望を持つ人々が増えていけば、いずれそれは必ず無理のない形で政治や社会の在り方に影響していくでしょう。

ネホサについて私たちが今やることはその自分の気持ちを確かめ、自分に楽にできる範囲でその考えを他の人にも伝え、賛同者が増えていき、その動きがどんんどん大きく広まっていくことを楽しく期待しながら、日常的に自分の仕事や勉強をやっていくだけです。そうするうちに、その動きが大きくなり、やがて日本が変わり始め、そして世界が変わっていくでしょう。

「ただ平和を望む」という抽象的で単なる願望だけでは文明の流れの方向は変わらないことは、それこそ、歴史が証明しています。

ネホサは「日本の大多数の人々が、将来日本が脱エゴイズム国家として実際に行動するようになることを切に望む」ということです。





なぜ平和な世界を創ろうと思わないのか

なぜ平和な世界を創ろうと思わないのか

多くの人が平和を願いながら、どうして平和な世界を創ろうとしないのでしょうか?

それは現在の世界と日本の状況の深刻な事実を知らないこと、つまり、無知が第一の理由です。

私たちは、学校で私たちの文明が原始社会からいろいろな歴史的段階の社会、例えば、封建社会を経て、科学技術の進歩とともに、近代社会、現代社会というように進化してきたと教えられてきました。その結果、ほとんどの人は無意識のうちに、いろいろなことはあっても、私たちの世界は流れとしては良い方向に進んでいると思い込んでいます。しかし、それは根拠のない幻想です。この幻想が第二の理由です。

徳川幕府の終わりまでずっと日本人の80%以上が農民で、残りが武士と町人でした。私たちの先祖のほとんどは千年以上封建社会の厳しい身分制度のもとで「何でもお上に従がう」という“お上信仰”の生き方をしてきました。それは実質的に明治、大正を経て太平洋戦争の終わりまで続いたのです。そして、戦後も今日に至るまで、多少の例外はあるとしても、大部分の日本人の精神構造にはこの「お上信仰」的傾向が濃厚に残っています。そのために、社会的な問題に対する関心がとても薄いのです。社会的な問題が起こっても、「それはお上が何とかやってくださるだろう。自分が考えることではない」と、無関心の人が日本人にはとても多いのです。この無関心が第三の理由です。

ヨーロッパの人に比べると、日本人は、どんなよいことであったとしても、他の人達と違うことをやることをとても恐れます。他のみんなと同じように考え、同じようにしないと、仲間外れにされるような気がするのでしょう。それまでのものを改革するというようなことにも臆病なのです。これも千年以上もいつも同じ時期にみんなと同じように田植えなどの作業をしなければならないというようなことを繰り返してきたことと、みんなと違うことをやると”村八分“にされるというような厳しい統制の下で長年生きてきた先祖たちの生き様が今日まで精神的に濃厚に残っているということです。このように、日本人は特に、他と違うことをすることや、何かを変えることを恐れる傾向が強いのです。この恐れが第四の理由です。

それから、これまで書いてきたことに関連しますが、日本人は、特に、社会を変えることは難しいと感じる傾向がとても強いのです。しかし、これまで述べてきたように日本人は気がつかないうちにそのように洗脳されているのです。この難しいという洗脳が第五の理由です。

そして、難しいからできないというアキラメが第六の理由です。

先進国に住む自分、あるいは、自分たちは、たとえば、地球環境の危機的状況の犠牲者だとは思っても、実は、その加害者だとは夢にも思ってもいません。その傲慢さが第七の理由です。

この7つの理由を一つ一つよく見直してください。それらはいずれもなんの根拠もありません。

まずは、世界の現状、事実を知ることです。

そして、他の人にも適切なやり方で伝えることです。

同時に、適切な行動をすることです。

もっとも簡単で根本的な解決方法があります。それがネホサです。





ネホサがなぜ必要なのか

ネホサがなぜ必要なのか

ネホサの目的は最終的にはみんなが幸福で平和な世界を実現することです。

このように書くと、
みんなが幸福? もちろん、そうなればいいけど、そんなことありえないでしょ! 
世界の平和? そんな大きなこと! 一体自分に何ができるの? そんなことを考えるよりも、私がほしいのはごくささやかな幸せなんだよ。

このように思われる方がほとんどかもしれませんね。

でも、あなたに子どもや孫がいるとしたら、あるいは、あなたが将来結婚して子どもができ、そして、いずれ孫ができるとすれば、このまま何もせずに、何もはっきりした手をうたなければ、子どもや孫たちの代で戦争や環境破壊、あるいは、食糧危機などで苦しまなければならなくなる可能性はとても大きいということを知っていますか?

それも大切なのですが、あなたが現在の日本で平均的な生活をしているとしたときに、その生活を享受しているのは発展途上諸国の人々の飢餓や食糧不足、貧困などの犠牲の上に成り立っていることをご存知ですか? 

また、あなたの生活そのものが地球環境破壊を引き起こしている主要な原因だということを知っていますか?

こんなことを言うと、まさか、そんなこと!? と思われる方が結構いらっしゃるのではないでしょうか? 

でも、それが事実なのです。

先進諸国、特に、日本に住んでいる私たちは、例えば、地球規模での環境破壊の犠牲者ではなく、私たちが被害者であり、同時に加害者なのです。

でも、そんなこと知らなかったでは済まないのです。

だからこそ、私たちは事実を知るということがまず大切なのです。知らないからこそ、自分にはまったく関係のないことだ、とか、自分のせいではない、とか、自分に何をしろというのだ、などという言葉や気持ちが出てくるのです。

地球が危機的状況にある? そんなこと知らねえよ、と言って、発展途上諸国の人々を苦しめ、自分の子供や孫、そして、この社会のみんなを苦しめているという事実に真剣に向かい合うことが必要です。

事実を知らないからこそ、無関心な態度になるのです。事実は、今日ではネットや書物でいくらでも容易に知ることができます。

もう一つ大切なことがあります。もうお上信仰はやめましょう。みんなが何もいっていないからきっと大丈夫なんだ、何も問題はないんだろうなどと考えて生きていてはかけがえのない人生がとんでもないことになってしまいます。

まずは自分が大切? いや、それよりも、まず自分の家族が大切? そんな考えでうまくいくと思いますか? みんなが同じような考えで生きていけば、結局は、それは奪い合いの世界、うまいことをやったもの勝ちの世界ということであり、そんなことをこれからもやっていこうとすれば、あなたを含めたみんなが開き直ってこの世界を破滅に引きずり込んでいくことになるのです。

今こそ私たちはまず目を逸らしていないで、積極的に事実をはっきりと知り、そのうえで、自分は、自分たちは何ができるのか、政治の在り方はどうあればよいのかと真剣に、かつ、誠実に取り組んでいく必要があるのです。

それが本当の意味で、自分を、自分の子供を、孫を、家族を、そして、みんなを大切にするということなのです。





社会市民として

社会市民として

ネホサは各国間の対立などで混迷し地球環境問題などで危機に瀕している人類社会をどうすれば回避し新しい人類の文明を創っていけるかという一つの提案です。

このように言うと、自分は毎日の生活をどうしていくかで精一杯なのであり、そんな大きな問題は自分なんかにはどうしようもないことで、政治家その他のお偉いさんに考えてもらうしかないという方が非常に多いようです。

僕にもその気持ちはよく理解できます。でも、もし、社会変革が意外と簡単にできるとしたらどうでしょうか?

そんな簡単にできるはずはないじゃないか。これまでだって何とかしようと頑張った人たちはそれなりにたくさんいたはずなのに、結局、状況はよくなるどころか悪くなっていくばかりじゃないか、と、こんな声も聞こえてきます。

中には、そんなに大変だったら、テレビや新聞などのマスコミをはじめとしてみんなが毎日毎日、大変だ大変だと騒ぎまくっているはずじゃないか、というような気持ちの方も多いと思います。

その気持ちもよくわかります。でも、真実は、国連や世界の主要な会議や機関から、現在、この人類社会が非常に危機的状況にあることは繰り返し声明や報告が出されているのです。
それらの主要な部分は有力な新聞などでも報道されています。

にもかかわらず、あえて言えば、それらの報道を読んだり聴いたりしている方々の多くが、それを本当に実感的に受け止めようとしていない姿勢に大きな問題があるのです。
それはそんな事実を認めたくないという気持ちと、そんなことは自分なんかにはどうしようもないことだという思いがそのようにさせているのです。

もう一つは、現在の人類社会の現状が切実な問題であることをマスコミももっとわかりやすく、もっとはっきりと伝えようと言う姿勢が足りないからだと思います。それには、マスコミもこの社会における一つの商売的な企業ですから、政治や大企業、官庁などとのからみの中で、読者や視聴者に真実をはっきりと伝えると自分たちに差支えが出るというような裏の事情があるのだと推測されます。

ですから、みんながそうは言っていない。政府もそうは言っていない。マスコミもそうは言っていない。だから、大したことはないのだろうと考えているとしたら、とんでもないことなのです。

日本人の庶民の多くは徳川時代、そして、明治維新以後、今日に至るまで、基本的にお上信仰的態度で、何でも政府やマスコミなどのお上の言うことをそのまま信じて生きていくということが当たり前になっているように思います。そして、そういう自分に自分自身気がついていない人がとても多いのです。これは大変危険なことです。

これに対して、ヨーロッパでは何回も市民革命を経て今日の社会体制が出来上がりました。したがって、市民一人一人が自分たちが自分たちの社会を創り、よりよくしていくのだという意識が、日本人一般に比べて、かなり強いように思います。

その違いが、例えば、ドイツの原発全廃と日本の原発再稼働との違いとなっているのです。

今こそ、日本人は社会市民としての自覚が必要なのです。ネホサはそれを日本人にできる形でやろうとしているのです。





自分とは何かを考える

自分とは何かを考える

誰かに「真実の自分とは何か」と尋ねると、「真実の自分」というその意味自体がわからないという答えが返ってくることが多々あります。

よく聞いてみると、自分というのは、ここにこういう肉体を持ち、自分という意識を持ちながら、いろいろと考えたり、感じたり、いろんなことをやっている個体である。だから、強いて言えば、「ここにこのようにしている人間」とでも言うしかない、というような答えが返ってきます。

おそらく、これがほとんどの方の自分というものに対する捉え方であり、それ以上、真実の自分とは何か?などと考えてみようとも、あるいは、追及してみようなどとは思いも寄らないことなのではないかと思うのです。

でも、自分というものの認識がそこで終わってしまっているために、そこからバラバラ観が生じてくるのです。

両親、祖父母、兄弟、先祖、親戚などは血が繋がっている。それ以外の人達とは同じ人間だから繋がってはいるが、切り離されている。つまり、バラバラだ。いや、両親や兄弟でも、やはり、それぞれ考えていることもやることも(たまにはその内容が一致することはあっても)そもそも違うのだから、結局、みんなバラバラなのだ、というわけです。

では、例えば、親指と人差し指は同じでしょうか? 違うものでしょうか? バラバラでしょうか? それらを動かしているものは別々でしょうか? 同じものでしょうか?

今、庭を見ると黄色のタンポポと赤いバラの花が目に飛び込んできました。そのタンポポとバラを生かしているチカラはそれぞれ違うチカラが働いているのでしょうか?  同じチカラでしょうか?
 
そもそも、タンポポやバラやこの自分というものを創り(生み)出し、今それらを生かしているチカラはそれぞれ別々のものでしょうか? 同じものでしょうか?

空を見上げると青空に白い雲が浮かんでいます。その雲はゆったりと西から東に動いています。今や濃い緑になった木々の葉っぱが風に揺れています。そう思っているうちに雨がパラパラと落ちてきました。これらのすべてを生み出し、それぞれに働いて生かしているチカラとこの自分を生み出し、今現在生かしているチカラは違うものでしょうか? 同じものでしょうか?

この個体を自分と意識しているのだから、この個体こそが自分だと言っても、それをそのように意識させるチカラこそが真実の自分なのではないでしょうか?

この個体を自分と意識させるチカラは、今庭にいるあの人にその個体を自分と意識させるチカラは同じ一つのチカラ、すなわち、“いのち“なのです。

“いのち“は大宇宙を生み出し、そこにたえず働いて、星々や大地や大自然を生み出し、そこにたえず働き、すべての生物を生み出し、生かしています。それだけでなく、目の前のパソコンや机をはじめ、この世界のすべての存在と現象を創り出し、それらに働きかけていています。

真実の自分はこの大いなる一つの根源的なチカラ 、“いのち“であり、その真実の自分の中にすべてがあるのです。

自観法をやってみれば、この個体を自分だと意識しているものをただじっと見ているものこそ真実の自分、“いのち“であることが容易にわかります。。





ネホサは超簡単

ネホサは超簡単

ネホサで容易に世界平和が実現します。

このように言うと、「何を寝ぼけたことを言っているのだ。人類はこれまで何千年も戦争を繰り返してきたのだ。その事実こそが世界平和の実現が非常に難しいことを証明しているのだ」と多くの方々は僕の意見を相手にもされないでしょう。

しかしながら、僕はあえて言いたいのです。確かに、これまで世界平和が実現していないということは事実ですが、その事実は必ずしも世界平和の実現が難しいものだということを証明していないということです。

多くの人々の懸命な努力にもかかわらず、今日まで世界平和が実現できていないのは、僕に言わせれば、採られた方法が間違っていたか、あるいは、有効なものではなかったせいなのです。

方法が間違っていたり適切でなかったために、思うような成果が上がらなかった例は私たちの生活の中にも沢山見受けられます。

例えば、勉強のやり方が能率的なものでなかったら、どんなに一生懸命努力しても、成績はあまり上がらないだろうということは誰にも分かることではないでしょうか。

個人的な例ですが、僕は小学生の時は入学以来ずっとクラスのビリで落ちこぼれでした。しかしながら、5年生の時の担任の先生のある一言に奮起して勉強をはじめました。でも、僕は勉強が大嫌いだったので、できるだけ短時間で成果が上がるように勉強の方法をたえず工夫していったのです。

その結果、1学期の最初はクラスでビリだったのが、1学期の終わりには上位5人のうちに入っていました。それに気をよくして、より能率の上がる勉強方法の工夫し続けました。それにつれて、成績はどんどん上がって行きました。最終的に日本でもトップクラスの大学院の博士課程を修了することができました。

これは自慢しているのではありません。僕は自分自身の個人的な体験から「理想は方法によってかならず実現できる!」という確信を得たのです。その確信に基づいて、これまでに携わった学校や塾での教育、自然養鶏、セミナーなどでも、たえず方法を工夫することによって、かなりよい成果を得ることができていると自負しています。

もう一つ例を上げましょう。ノンスモーカーには実感として分かりにくいのですが、一般的に禁煙は非常に難しいと言われます。でも、それは方法が適切でないからなのです。例えば、吸いたい気持ちをそのままに、吸うのを精神力でガマンしても、自分の坐っている座布団を持ち上げるようなものでとても難しいのです。禁煙外来などでも基本的には同じ原理に基づいて、ガマンする苦痛を薬剤などで和らげる方法が採られているようです。

ところが、40年ほど前にアレンカーという方がタバコの正体に気づけば、吸いたい気持ちがなくなって、努力もガマンも必要なく、容易にタバコをやめることができることを発見しました。今日までその方法で簡単にタバコをやめた人は一千万人以上だと言われます。

このように、方法が悪ければ成果は上がらない、方法が良ければ成果が上がるという当たり前の真実に眼を向けて、難しいと決めつけないで、常に方法を工夫し続けることが大切なのです。

その工夫の成果がネホサです。





ネホサの意味

ネホサの意味 

ネホサというのは「みんなで国に理想を掲げよう」という活動のことです。
この場合、「国」というのは、まずは、この日本のことであり、そして、世界のそれぞれの国のことです。
そして、「理想」というのは、この場合には、「本来のあるべき状態・姿」と言えるでしょう。

では、「国の理想」、すなわち、「国の本来あるべき状態・姿」とはどういうことでしょうか?
それは、まず、「人の本来あるべき姿」はどういうものかと想像してみればわかるのではないでしょうか。

その答えは、実に、シンプルです。それは、一言で言えば、「利己的でない人」、すなわち、「エゴイスティックでない人」です。
それと同様に、国の理想、すなわち、国の本来あるべき姿とは、利己的でない国、ノン・エゴイスティックな国、あるいは、脱エゴイズム国家と言えるのではないでしょうか?

そのように思って、あらためてこの世界を眺めてみれば、有史以来、私たち人間は自分の属する集団の繁栄と生き残りを求めて、他の集団としのぎを削り、争いを繰り返してきたことがいっそう明確になってくるのです。

それぞれの集団の基本理念は一言で言えば、「自分の集団が一番大切。自分たちさえよければよいのだ」という集団エゴイズムです。集団の規模は歴史の流れとともにしだいに大きくなり、千年から二千年前頃からは国、すなわち、国家が国際間における集団の単位となっています。

そして、現在にいたるわけですが、現在において、この地球上のすべての国の基本理念は国家エゴイズムであり、国際社会は国家エゴイズムの対立と駆け引きの場となっています。そして、この国家エゴイズムの中で生きる私たちは往々にして個人や家族や自分の属する店や会社の繁栄こそがまず大切だというエゴイズムを当然とする意識を持ち、そのようなエゴイスティックな意識に基づいた社会制度や仕組みの中で生きています。これは決して誇張ではありません。

けれども、 心静かに、本当の自分とは何か? 本当の世界とは何か?と顧みれば、この世界は不可分一体であり、エゴイズムというのは、本来、不可分一体であるこの世界をアタマで誤解したバラバラ観から出てきたものであることは誰にも容易にわかるのです。

つまり、人間の本来の姿は不可分一体の存在の真実に沿ってノン・エゴイスティックに生きることであるのと同様に、国の本来の姿もノン・エゴイスティックなもの、すなわち、脱エゴイズム国家であることは明白な真実です。

しかしながら、この当然の真実に背いて、私たち人間は国家エゴイズムを当然のこととして、他を苦しめ、同胞を苦しめ、家族を苦しめ、そして、自分自身を苦しめながら争いを繰り返してきました。

そして、その流れの中で発達してきた科学、技術、産業により、戦争の規模はますます大きくなり、人間自身で制御不可能な核兵器や原発が誕生し、地球の環境はますます破壊され、このままでは、そう遠くない日にこの地球に生きる人類をはじめとする全生物の絶滅さえも危惧される状況に陥ってしまったのです。

そのような待ったなしの状況で、この文明の流れを根本的に変えようというのがネホサの目的なのです。






ペイ・フォワード・トゥルース

ペイ・フォワード・トゥルース

僕は小さい頃から、人から何かをしてもらっても、“嬉しい“というような感情は湧いてきても、あまり”有難い“というような気持ちが湧いてこないのを我ながら不思議に思っていました。今考えてみると、多分、何かをしてもらったら感謝するものだということがよく分からなかったのだと思います。

では、今はどうかと言うと、実は正直に言って、今もよく分からないのです。子供の時には僕には人に何かをしてあげるというような優しい気持ちがほとんどなかったように思うのですが、人生の転機となった26歳の時からは、できるだけ人のために何かをしてあげたいといつも思ってきました。そして、それが僕自身の生きる喜びとなっています。

“感謝”というのは、ペイ・バック、つまり、何かしてくれた人に善意をお返しをするということです。僕はそれはそれで素晴らしいことだと思います。けれども、正直に言えば、ペイ・フォワード、つまり、善意を何かをしてくれた人にではなく、他の人にお返しをする、つまり、次の人にリレーする(伝える) ほうが僕にはより自然な感じがするのです。

思えば、今日まで実に多くの方々にいろんなことをしていただいたり助けられました。僕はそのたびにそうしていただいた方々の善意を僕だけの中に閉じ込めないで、できるだけ多くの方々に分け与えようという気持ちで生きてきました。それは奇跡的に気がついた存在の真実をできるだけ多くの人に伝えるということです。

存在の真実に気づくことができたのは、それまでに直接的、間接的に関わったすべての人のおかげです。そして、それ以来みなさんに存在の真実について伝えてきたわけですが、その中に僕自身のものと言えるものは一つもありません。すべて教えていただいたもの、伝えていただいたものばかりです。それを僕なりに整理したり、分かりやすくしたり、伝えやすくするなど、いわば、“編集して”みなさんに伝えていくのが僕の役目だと思っています。

ですから、もし、僕がみなさんに何かをしてあげたとしても、それに対してペイ・バックしてくださるのはもちろん嬉しいのですが、それよりも何十倍、何百倍も僕にとって嬉しいのは、それをペイ・フォワード してくださることなのです。

今日まで“感謝”はとても大切なことだと言われてきました。でも、それは、この世界ではみんなバラバラだと思っているからなのです。だから“有難い”、つまり、「人と人がバラバラな世界でそんな善意による行為は有ることは難しい、なかなかない」という言葉が感謝という意味に使われるようになったのです。

不可分一体の世界には、本来、“感謝“はありません。善意を次々と伝えていく不朽のハタラキと喜び、ペイ・フォワードがあるだけです。

僕はこれからもペイ・フォワード・ピースとペイ・フォワード・トゥルースをやっていきます。それが僕自身の喜びだからです。

“トゥルース(truth)は英語で“真実”という意味で、“ペイ・フォワード・トゥルース”は、“存在の真実を次々と人に伝える”という意味を込めた僕の造語です。





| ホーム |


 ホーム