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「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

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静かなる変革  その1

静かなる変革  その1

ここまで、真の平和世界を実現するためには、その根本原因である各国間の国家エゴイズムによる対立関係を解消しなければならないことを明らかにしてきました。

では、そのためにはどうしたらよいのでしょうか?

みんなで話し合えば対立関係を解消できるでしょうか?

答えは明らかに「ノー」です。

それはこれまでの軍縮や環境問題に関する会議が、結局は、それぞれの国がいかに自国が有利になるかということのみを追求する場になっていることを見れば、容易に分かるのではないでしょうか?

各国が国家エゴイズムを根本政策としているかぎり、それをみんなで話し合って解消しようとしてもできるはずがないのです。

いきなり結論を言えば、各国間の国家エゴイズムによる対立関係を解消するためには、まず、いずれかの国が自らの意志で率先して一方的に自らの国家エゴイズムを放棄する以外には方法はないのです。

ここでいくつかの疑問が出てくるかもしれませんね。例えば、次のような疑問です。

疑問1:まずどこかの国が率先して国家エゴイズムを放棄したとして、その国は他国から武力によって攻められるのではないか?

国家エゴイズムを放棄するというのは、自国のことと同じように他国のことも大切にするということです。

自分の国にとってもなくてはならないそのような素晴らしい国をあえて攻撃しようという国などないでしょう。

さらに、いきなり国家エゴイズムを放棄すると言っているのではありません。国家エゴイズムを放棄するまでに、なぜそうするのかということを世界に向けて十二分に説明する徹底した外交努力が必要です。

疑問2:一つの国だけが国家エゴイズムを放棄しても、他の国々も国家エゴイズムを放棄するとは言えないのではないか?

先に述べましたように、なぜ、率先して国家エゴイズムを放棄するのかというその真意を世界の人々に充分意を尽くして説明すれば、これこそ自分たちの進むべき道だということが多くの人々によって共感を持って理解されるでしょう。

そうすれば、それぞれの国において、国家エゴイズムを放棄しようという動きが活発になっていくものと予想されます。

疑問3:では、どの国がまず率先して国家エゴイズムを放棄すればよいのか?

それはもちろんこの考えが生まれた国、つまり、日本ということになります。

なぜなら、自国はエゴイズムのままで、他の国々にそれを放棄することを求めること自体がおかしな話で、また、そんなことで他の国々が国家エゴイズムを放棄するはずがないからです。

まず、思いついたものから実行するというのでなければ話にもなりません。

疑問4:どうしたら日本が国家エゴイズムを放棄するようになるのか?

これは「具体的に自分は、あるいは、私たちは何をすればよいのか?」という意味で、とても重要なテーマです。

あなた自身はどのように思いますか?

(つづく)



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コメント

「いのち」を見つめる

「目をさます」シリーズからずっと思索しておりました。
(まだ続いていますが・・)これまでの人類が築いてきた文明、文化というのは大国になればなるほどエゴイズムを丸出しにして大きくなったように思います。

それは結論から言うと、今の文明、文化は「いのち」の絆を断ち切るようにして成り立ってきた文明かと・・。

私たちは誰も皆、宇宙のいのちの営みによって生まれてきているのにも関わらずその絆を見ないようにして自分(人間)の都合を最優先することで、目先の安心(快楽)を追求し続けてきました。今の大国の姿はその結果です。

スーパーでは色々な種類の美味しそうなお肉やお魚が売っています。
(もちろん野菜も)でもそれらが「いのち」あるものとは見えなくなっています。もちろんアタマでは知っています。でも体感できない。体感できないほうが食べるためには都合がよいのです。こうして「いのち」を見えなくするようにして、この文明を築いたのでしょう。

快楽を追い求めるには「いのち」が見えると邪魔なのです。今や「いただきます」や「ありがとう」が単なる挨拶になってしまいました。

ここまで地球規模でエゴイズムが肥大化してしまったら(株で言うと底値と言うのでしょうか・・)あとは「いのち」を見つめる、「いのち」の上に成り立つ、本当の文明を気づいた者たちから始めるしかありません。

エゴイズムを放棄する勇気を持ち、同時に「いのち」の成り立ちを慈しむ文化、文明を築いていかなければと思ってます。

自分の出来ることは小さいかもしれません。ですがボクの創作活動ではそれを根っこにして表現してゆければと思っています。

人は理想主義と言うかもしれません。色々なことを言う人たちもいます。
わかっても、わからなくても言わなければならないし、なにを大切に生きていくかという信念はぶれさせてはいけないと思っています。


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