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Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

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偉大なる人たち

偉大なる人たち

それは太平洋戦争が終結してからまだ一月半ほどしか経っていない昭和20年9月27日の朝でした。

その日、昭和天皇ははじめてアメリカ大使館に連合国軍最高司令官マッカーサー元帥を訪問されました。

どうやら元帥は当初、東洋の敗戦国の君主がみすぼらしくも戦争責任を逃れ命乞いに来たのだと思っていたようです。

挨拶の後、二人は向かい合って坐りました。そして、そのまま数分が経過しました。

それから天皇は緊張した面持ちで話し始められました。

「マッカーサー元帥。私は、戦争遂行中、日本国民が政治、軍事両面で行ったすべての決定と行動に対して唯一の責任を負う者として、私自身をあなたの代表する連合国の裁決にゆだねるために、ここにやってきました。国民は一人残らず私の命令に従ったまでですから、一切の責任は私独りにあることをご承知ください」

元帥は虚を衝(つ)かれ、一瞬呆然としました。

まさに、「信じられない!」という思いだったのでしょう。

しばらくして、元帥は言いました。

「われわれは充分に調査している。その結果、明らかに天皇のものではない数々の事実を確認している。それでも責任を取ると言われるのですか」

天皇はすかさず答えられました。

「ただいま申した以上に申し上げることはありません」

そして、立ち上がられると元帥に最敬礼をして帰ろうとされました。

このとき、元帥は骨のズイまで感動していました。

後に元帥はそのときの思いを次のように自伝『マッカーサー回想記』(朝日新聞社刊)に書いています。

「この方は、生まれながらの天皇だが、その瞬間、私は個人としても日本最高の紳士と向かいあっていることに気がついた」

そのときの会見はわずか35分間の短いものでしたが、元帥は昭和天皇がどんなお方であるかを心の底からの感動をとともに理解したのです。

後に、昭和天皇に任命された平和主義者の幣原首相は元帥に次のように言っています。

「ヒロヒト天皇という人は私利私欲のまったくない純真無垢な方です。まして、権力などに固執する気はさらさらありません。また、天皇は生まれながらのリベラリストであり、平和を愛する文化人です。天皇は今さら弁解などする人ではありません。だから私が代わって言うのです。すべて陸軍が独走して行った。天皇は終始戦争に反対だったが、天皇には政策決定の権限がなかった。政府から求められた時にしか、天皇には意見を述べる機会がなかったのです。・・・天皇は私に“思い切って憲法を改革せよ”と言われました」 

そのとき幣原首相が元帥に示した憲法案の骨子となるものが第1条の「象徴天皇」と第9条の「自発的戦争放棄」でした。

元帥は昭和天皇のお心を深く思い、幣原首相の提案を正面からしっかりと受け止め、その後それを果敢にバックアップしたのです。

この会見は昭和21年1月24日のことです。

この日こそ、実質的に、新生日本の希望の灯が点された日であると言えるでしょう。

戦うことよりも、戦わざる道を選択し実行することほど偉大なことはありません。


(以上、『昭和の天皇』平野三郎著 鳥影社 を参照・引用して書きました)






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喜んで放棄する

昇平さん、明けましておめでとうございます。いつもブログの更新ありがとうございます。本年もよろしくお願いします。幣原首相が元帥に提案した戦争放棄のいきさつを資料で見たことがあります。元衆議院議員平野三郎氏が、故幣原喜重郎氏から聴取した、戦争放棄条項等の生まれた事情を記した「平野ノート」です、「考えを進めてきたときに,九条というものが思い浮かんだのである。そうだ。誰かが自発的に武器を捨てるとしたら──。 
 最初それは脳裏をかすめたひらめきのようなものだった。次の瞬間,すぐ僕は思い直した。自分は何を考えようとしているのだ。相手はピストルをもっている。その前に裸の体をさらそうという。なんという馬鹿げたことだ。恐ろしいことだ。自分はどうかしたのではないか。もしこんなことを人前で言ったら,幣原は気が狂ったと言われるだろう。まさに狂気の沙汰である。
 
 しかしそのひらめきは僕の頭の中でとまらなかった。どう考えてみても,これは誰かがやらなければならないことである。恐らくあのとき僕を決心させたものは,僕の一生のさまざまな体験ではなかったかと思う。何のために戦争に反対し,何のために命を賭けて平和を守ろうとしてきたのか。今だ,今こそ平和だ。今こそ平和のために立つ時ではないか。そのために生きてきたのではなかったか。そして僕は平和の鍵を握っていたのだ。なにか,僕は,天命をさずかったような気がしていた。」詳しくは国会図書館の資料にあるそうです。http://kenpou2010.web.fc2.com/15-1.hiranobunnsyo.html

知りませんでした!
恥ずかしながら…
ものすごく驚きました。
昭和天皇と総理のこと。
すごい!本当に偉大ですね。
そして、習ったりテレビで見たりしていてこれまで認識していた現憲法。日本の天皇が、総理大臣から作られたんですね。
すごく誇らしくて、嬉しいです!
現天皇、皇后の平和を望む姿勢にも、つながりを感じました。
周りにも知らせてあげたいです。

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