プロフィール

昇平

Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

最新記事

カテゴリ

最新コメント

月別アーカイブ

最新トラックバック

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム

今滞在されている皆さんの数

現在の閲覧者数:

これまで訪問された皆さんの数

“いまここ”にくつろぐ

“いまここ”にくつろぐ

「存在の真実とは何か?」ということを知ることは私たちにとってもっとも大切なことだと言えるでしょう。

ところが、私たち人間は、存在の真実についてアタマでいろいろな“物語”を作る強い習性があります。

そして、アタマで作った“物語”にすぎないものを真実だと思い込む習性がとても強くあります。

この“物語”というのは、たとえば、次のようなものです。

1 “自分“というコロッとしたものがある。

2 すべてのものは過去、現在、未来という時間軸の中で存在している。

3 この世界(という舞台)の中に自分が存在している。

4 ここに自分という存在があり、その周りに自分でないもの、つまり、他が存在している。

その他にも、所有の観念、差別の観念、優劣の観念、生死の観念、自由についての観念、幸福についての観念などなどもアタマで作り出した“物語”だと言えるでしょう。

さらには、怒りや憎しみ、あるいは、孤独感、対立感などの強いマイナス感情、あるいは、「自分(たち)さえよければいい」というエゴイズムなどもこの“物語”に含まれます。

真実の世界はありのままの事実の世界以外にはありません。

けれども、いくら事実の世界を一生懸命に捉えようとしても、このようないろいろな“物語”を描きながら、事実の世界を見ているかぎり、ありのままの事実の世界をそのままに捉えることはできません。

ではどうすれば事実の世界をありのままに捉えることができるのでしょうか?

このことについては、昔からいろいろな方法が工夫されています。その代表的なものは次のようなものです。

1 瞑想を深めてアタマのハタラキ(“物語”)を鎮める。

2 アタマのハタラキでは解決がつかないような質問や課題について、アタマが自らそのハタラキ(“物語”)を放棄せざるをえなくなるまで徹底的に取り組む。

たしかに、どちらもとても有効な方法だと思います。

けれども、どちらの方法でやるとしても大変な努力が必要であることも事実です。

存在の真実に気づくことは本当にそんなに難しいことなのでしょうか?

僕の答えは「イエス アンド ノー」です。

ある角度から、つまり、アタマのなかの“物語”を消すことによって、存在の真実を捉えようとするととても難しくなってしまいます。

ところが、別の角度から見ると、実に簡単に存在の真実に気づくことができるのです。

と言っても、「その別の角度をどうやって見つけるのか?」ということ自体が、人によってはなかなか難しいことがあるのです。

そういうわけで、ここではどうしたらよいかということだけを述べます。

アレコレ余計なことを考えないでスッとやってください。

それは「“いまここ”にくつろぐ」ということです。

“いまここ”に本当にくつろいでいる時、あなたは真実の世界にはっきりと体験的に気づくことができるでしょう。

そしてそのとき、あなたはすべての“物語”から開放されていることに気づくでしょう。



←クリックで応援よろしくお願いします

人気ブログランキングへ

<< すべてはこころの持ち方ひとつ | ホーム | いまを微笑む >>


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 ホーム