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Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

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人は救われるか?

人は救われるか?

私たちは生きていくなかで、意図的であろうとなかろうと、いろいろな意味で人に迷惑をかけたり傷つけてしまうことがあります。

その場合に、それを何らかの形で償うことができないかぎり、私たちは一生罪悪感を抱きながら生きていかなければならないのでしょうか?

これは突き詰めて考えれば考えるほど深刻なテーマです。

人に迷惑をかけたことも人を傷つけたない人などまずはいないでしょう。

ですから、多くの方はそういう事態が発生した時には申し訳ない気持ちになるのですが、その後は意図的にそのことを思い出さないようにしています。

本心では、できれば忘れてしまえればと考えているのです。そして、往々にして、実際には、普段は忘れていることもたくさんあります。

なかには、「お互いに迷惑をかけたり、傷つけあって生きている。人間はそんなもんなんだよ」などと達観したように言う人もあります。

でも、それも、決して突き詰めて考えた結論というわけでもなく、どうもうまく解決策が見つからず、開き直っているようにしか思えません。

いずれにしても、私たちはこのテーマについて深く考えないようにする傾向があります。

でも、本当にそれでいいのでしょうか?

自分(たち)が人を苦しめたにもかかわらず、忘れたふりをしたり開き直ったりするというのは、やはり、正しい生き方とは言えないのではないでしょうか?

これは個人的なことだけでなく、自分(たち)の都合で、たとえば、環境問題、戦争、搾取、飢餓など社会的に様々な問題を引き起こし、人だけでなく、動植物までも苦しめていることについてもまったく同じです。

僕はこのテーマを“個“としての自分として考える時には、いつも自分のことを実に罪深い存在だと感じています。

おそらく、いまの僕の生活を維持していくだけで、随分と周りだけでなく地球規模で迷惑をかけていることを認めざるをえないのです。

ですから、せめてできるだけ動植物にも人様にも迷惑をかけないようにと意識しながら生きたいと思っています。

でも、それはとても難しいことです。

ですから、その償いの気持ちから、動植物や人様の本当の幸せに少しでも何かできることはないかと思いながら生きているのも事実です。

もちろん、そう生きようとしているのは償いの気持ちからだけでなく、こころからの僕の願いです。

でも、それで“個“としての自分の罪悪感が消えるというわけではありません。

ですから、僕はそれを一生こころの奥に感じながら生きていくことになるのでしょう。

では、“個“としての自分ではなく、自己の本体である“いのち“としてこのテーマを捉えるとどうなるのでしょうか?

簡単に言えば、それもすべて織り込み済みで、すべてよしということです。

別の角度から見ると、“いのち“の世界には、本来、罪も悪もありません。(ただ、これは何をやってもよいうということでは決してありません。)

“いのち“の世界ではすべての人がすでに救われているのです。



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