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Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

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すべて“いのち”  その4

すべて“いのち”  その4
(その3からの続き)

この世界のすべては大いなる“いのち”の顕現です。

これまで“自分”と思ってきたものの実体、あるいは、本質は、真実は、大いなる“いのち”そのものですから、そのままですでに完璧です。

そして、この世界のすべてがそのままですでに完璧です。

ここで「すべてがそのままで」というのは、善悪や正誤などの観念を超えて、あるいは、それらを含んだままでそのままで、という意味です。

ですから、私たち人間が限られた能力しかない五感と二元相対的思考しかできないアタマを持ったためにバラバラ観を持って生きているのも“いのち”の現れであり、それで完璧なのです。

また、バラバラ観を持っているせいで、「“自分”には何か決定的に欠けているものがある」という欠乏感が生じ、不安感や孤独感などを感じながら生きているのも、それはそれで完璧です。

さらに、私たち人間がその欠乏感を満たそうとして、日々の生活の中でひたすら、物質的、精神的なもの、あるいは、人的な繋がりなどを求めながら生きているのも、それはそれで完璧です。

そして、極論のように聞こえるかもしれませんが、たとえば、戦争や争いも、それはそれで完璧であり、戦争や争いをなくそうという動きも、それはそれで完璧なのです。

この世界のあらゆるものは唯一絶対の“いのち”の現れです。

“いのち”のハタラキは私たち人間のアタマによる理解(人智)をはるかに超えています。

けれども、人体や自然界や宇宙の星々の運行などの観察すれば、この“いのち”の世界には常に自動的に調和した状態に向かうように調節機能が働いていることが分かります。

時々“乱れ”と思われるような現象が生じますが、それは必然的に生じているのであり、その乱れを自動的に調整する“いのち”自身のハタラキによって、全体がより調和するような仕組みになっています。

戦争や争いなども、人智を超えたところで、必然的に生じているのであり、それを超克しようとするハタラキや動きが現れるのも必然であり、繰り返しそういう過程を経ることによって、より調和した世界が実現されていくのです。

では、私たち人間は何のために欠乏感や不安感や孤独感などを感じるのでしょうか?

実は、私たち人間はこころの深いところで、本当は“自分”が大いなる“いのち”そのものであることを知っています。

にもかかわらず、欠乏感や不安感や孤独感を感じるのは“自分”が大いなる“いのち”から切り離されていると思うからです。

でも、それだけではありません。

実は、欠乏感や不安感や孤独感こそ「“自分”はもともと、大いなる“いのち”そのものであり、大いなる“いのち”から離れたことは一瞬たりともないんだよ。」と繰り返し、繰り返し、知らせてくれているのです。

そして、欠乏感や不安感や孤独感だけでなく、この世界のあらゆるものがあなたに存在の真実を呼びかけています。

(続く)





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