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Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

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自分の考えとは  その2

自分の考えとは  その2

私たちは誰でも、無意識に何かをやってしまったというときは別として、普段は、いつも自分で考え、自分の意志で選択・決断していると思っています。

ところが、本当にそうなのか?  その考えを持つようになったのはどうしてなのだろうか?などなど、と検べていくと、今まで“自分”が自分の考えでしているのだと思っていたことはすべて、遠い遠い過去、それも“自分”が生まれるずっと前から、いや、両親が生まれる前から、いや、その前の前のそもそものこの世界の初めのはじめから切れ目のない原因結果の必然的な連鎖の結果として現われているいるにすぎないということが分かります。

たとえば、今自分がお茶を飲もうとして、パソコンの横にある茶碗を手に取ったとします。

その行為は自分以外の人がやっているわけではないのですから、たしかに自分の意志で自分がやっているには違いありません。

でも、その意志が“自分”に現れたのはその原因があるからです。そして、その原因があるのは、その原因が現れた原因があったからです。このように、原因の原因その原因と遡っていくと、“自分”の意志というものがあるとは言えなくなってしまいます。

また、この“自分”の体はどこから来たのかと検べてみると、最初から“自分”の体というものが実体としてあったのではなく、この体を構成している細胞や組織や器官などの要素はすべて食べ物として自分の外から集まってきたということがわかります。

けれども、それは取り入れたままでずっと固定しているのではなく、絶えず古くなったものは分解されて体外に排出され、代わりに、新しく外から取り入れた物質によって置き換えられています。

また、体に取り入れる食べ物にしても、そもそもそれぞれの食べ物の構成要素はどこから来たのか?、その前はどこから来たのか?  その前は? と丁寧に検べていくと、ついには大自然、地球全体、そして宇宙全体のすべての存在が集まってきたことが分かります。

同様に、“自分の体“から排出された物質にしても、それがどこに行くのか? それからどこに? と検べていくと、やはり、大自然、地球全体、全宇宙のすべての存在へと広がって行きます。

そもそも、この“自分”というもの自体があるのかと、過去に遡って検べてみると、“自分”が過去現在未来を含んだ大宇宙全に広がってしまい、“自分”というコロッとしたもの(“個”)なんかないことがわかります。

要するに、見かけ上、“自分”というものがあるように思えるために、“自分”という意識があるように思え、自分の意志、自分の力があるように見えるというだけのことなのです。

要するに、この世界には“個”なんてないのです。

ただただ、一つの“いのち”があるだけで、それが瞬間瞬間にいろいろな模様を描いているだけです。

そして、私たち人間はある瞬間における模様のある部分を“自分”という“個”であると錯覚しているのです。

本当は“自分”なんてないのであり、みんな自分の分身です。





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