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Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

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妄想社会  その1

妄想社会  その1

この世界は本来「不可分一体の世界」です。

「不可分一体の世界」とは「分けることができない一つのものが刻々といろいろな模様のように展開している世界」という意味です。

ところが、私たち人間の大脳(アタマ)は二元相対的にしか思考することができないので、私たちの五感とアタマを通してこの世界を見ると、見かけ上、この世界は「バラバラな世界」、すなわち、「バラバラに分れたものが寄せ集まってできた世界」であるかのように見えてしまいます。

それは、見かけ上、すべてがバラバラに見えているだけなのですが、ほとんどの人はそれがこの世界の本当の姿だと信じ込んでいます。僕はそういう見方を「バラバラ観」と呼んでいます。

バラバラ観からは本来はこの世界に存在するはずのない、たとえば、利己観念、優劣観念、差別観念、所有観念などいろいろな個人的、社会的観念が作り出されました。

利己観念というのは、自分、あるいは、自分の家族、自分の国、あるいは、会社など自分の属するグループが他と比べて一番大切だという考え方で、要するに、「自分(たち)がなにより大切」、「自分(たち)さえよければいいのだ」ということです。

この社会ではほとんどの人がバラバラ観を持って生きているので、すべての、利己的な行動、利己的考え方に基づく感情や行動、たとえば、孤独感、憎しみ、羨み、イジメ、競争、争い(戦争)、権力、搾取、人種偏見、差別待遇、貧富、環境破壊、など、その中で生きる人々の個人的な生き方や社会的現象のほとんどはバラバラ観とそれに基づくいろいろな観念、すなわち、妄想によって引き起こされます。

もちろん、私たち人間には、本来、不可分一体である生物として、集団本能が備わっているので、状況に応じてその本能が他を思いやる気持ちとして発露し、それが小さな親切な行動として現われることも日常生活のなかでよく見られる風景です。

あるいは、また、地震などの災害時に、全国からボランティアの方が集まって奉仕活動することなどは、まさに、本来、不可分一体の存在である私たちの思いやりの社会的発露の典型だと言えるでしょう。

それはそうなのですが、バラバラ観に基づいたこの社会では、個人的には、人々は個人を単位とし、あるいは、家族を単位として、そして、社会的には、職場などの組織や国を単位とし生きていくことが基本とされているので、結局は、まずは、自分、あるいは、自分の家族、自分の属する職場としての組織、自分の属する国が、まず、何よりも大切だという観念で行動し生きています。

その意味では、本来、不可分一体の存在である生物としての集団本能の発露である思いやりの感情やそれに基づく行動は、あくまで、個人の自発的なものとして脇役的に発露されるだけで、この社会においては主要な動きや現象は個人的にも社会的にもバラバラ観を基盤とするいろいろな間違った観念、すなわち、妄想によって引き起こされているのです。

そういう意味で、この社会はまさに「妄想社会」であると言えるでしょう。

(つづく)




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