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Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

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中道と大道

中道と大道

僕はこれまで、便宜的に、本来の不可分一体の存在の真実に基づいた世界を「左側の世界」、存在の真実を錯覚したバラバラ観に基づく世界を「右側の世界」と呼んできました。

それはパソコンの画面やホワイトボードなどの平面の上で図を描いて説明するのに都合がよいからなのであって、「左側・右側」という表現は、実は、必ずしも、存在の真実を正確に表しているとは言いがたいのです。

というのは、「左側・右側」と言ったり、それを実際に左側と右側に描くと、「本来の不可分一体の世界とバラバラ観に基づく世界が同一平面上で左右に並行して存在するような印象を与え勝ちだからです。

真実は、本来の不可分一体の世界と錯覚によるバラバラ観に基づく世界とはまったく次元の異なる世界でありながら、同時に、互いに異なった場所に存在するわけではありません。

ですから、次のような上下立体図がより真実に近いのかもしれません。

画面の基礎の平面に本来の不可分一体の世界が無限に広がっている。そして、その基礎の平面の上方に基礎の平面と並行して錯覚によるバラバラ観に基づく世界の平面が広がっている。

いずれにしても、僕が言いたいのは、本当は本来の不可分一体の世界は「左側」と位置付けられるようなものではないこと、そして、バラバラ観に基づく世界には「右側の右」、「右側の左」、「右側の中間」など「右、左、中間」と言うものがあるのに対して、本来の不可分一体の世界自体の中には「右」、「左」、「中間」などの区別は存在しないということです。

お釈迦様は「中道」が大切であると言われたそうですが、手元の辞書などによると、「中道」とは次のようになっています。
1 仏教用語でない用法としては、極端に走らない中正の立場   
2 仏教用語としては、二つの極端すなわち有・無・断・常などの対立した世界観を超越した正しい宗教的立場。また、快楽主義と苦行主義の両極端を離れること。

このことから、お釈迦様が言われた「中道」は「左右平面図」の左側の不可分一体の本来の世界のことであり、右側のバラバラ観に基づく世界の中の「右側の中間」を意味するものではないことがわかります。

もちろん、「上下立体図」では基礎の平面そのものを指しているのであり、その上方にある錯覚と妄想で作り出した平面上の右と左の中間という意味ではないということです。

要するに、本来の不可分一体の世界は、
1 左右平面図の右側の世界とはまったく次元を異にする世界であること。
2 “だから”本来、左側でも右側でもないこと。
3 また、本来の世界自体の中にも右も左もなく、どこにも偏りがないこと。
4 そういう意味で、「中道」であること、
がわかります。


この「中道の生き方」こそが人生の「大道」です。

古(いにしえ)の中国の賢者老子は「大道廃れて仁義あり」と言っています。

つまり、「(不可分一体の本来の世界において)人の道理が自然に行われていた昔は、(バラバラ観による)仁義という人為的な道徳は必要なかったのだ」と。

キリストも言っています。

安心して行きなさい。





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