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Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

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左と右の世界  その1

左と右の世界  その1

そもそもこの世界はどのようにできているのでしょうか? 

僕は、説明上便宜的に、本来の事実としての世界を「左側の世界」、その世界を私たち人間の五感を通し、それを大脳(アタマ)で認識したものを「右側の世界」と呼んでいます。

まず、左側の本来の世界について説明しましょう。

本来の世界である左側の世界は一つのものがいろいろな模様のようなものとして刻々に展開している一元絶対・不可分一体の世界です。

小宇宙と言われる一つの人体は最初何もなかったところに、眼に見えないような小さな受精卵が生じ、それが無数の細胞分裂を繰り返した結果、各細胞や組織や器官などができ、しかも、その構成要素が互いに循環・交流・交換しながら成長し続けています。

それと同じように、私たちの世界である大宇宙も最初何もなかった状態から、極小の素粒子が生まれ、それらが組み合わさって、次第に段階を追っていろいろな原子、分子、物質、星々などができ、そして、ついには生物が誕生し、進化の結果人類が誕生するなど、その構成要素が互いに循環・交流・交換しながら成長し続けています。

つまり、本来の世界においては、いろいろな模様はありますが、“個”という実体はまったく存在しません。その事実を仏教では「空」と呼んでいるようです。「空」というのは「中身が空っぽ」と言うことですが、「“個”という実体がない」ということを言っているのです。

要するに、本来の世界においては、“個”というものはなく、ただ全体である(いくつもある中の一つという意味ではない)たった一つのものだけしかありません。それを僕は“いのち”と呼んでいます。

今、この居間から外を見ると、一番手前に赤いバラの花が見えています。その赤い花は“自分”です。そのバラを見ているのも同じ“自分”です。

遠くには山が見えています。その山は自分です。その山を見ているのも同じ“自分”です。

大智禅師の言われた「人山を見、山人を見る」とはまさにこの存在の真実を体験的に表現したものです。

いま、視線をこちらにぐっと近づけると、シャツを着た胸とお腹、その先に脚、その足元、床、次第に視線を挙げてすこしずつ遠くに合わせると、床、窓、赤いバラ、芝生、ヒラヒラ舞っている白い蝶々、垣根、畑、林、山、青空、白い雲、飛んでいく鳥などが見えています。

胸やお腹、脚などが自分の体であるのと同様に、床も窓もバラも芝生も蝶々も林も山も空も雲も鳥もみんな自分の体です。

長沙禅師が言われた「十方世界是れ全身」というのはまさにこのことです。

「大宇宙すべて“自分”」ということです。

お釈迦様は悟りを開かれた瞬間、「天上天下唯我独尊」と言われたとのことですが、それはこの世界がすべて“自分”だという意味です。もちろん、“自分”と言っても「無数の人間の中の一人の“個”としての自分」という意味ではありません。

要するに、「この世界は一つの“いのち”である」ということです。

ですから、この世界に存在するものはすべて“自分”そのものであり、“自分”の分身なのです。

(つづく)





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