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Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

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1本の花  その3

1本の花  その3
(その2からのつづき)

「この世界のすべての存在は人間がアタマによって作りあげたあらゆる分類や比較や評価などの規定以前に、あるがままで完結して厳然と存在しています。」とこれまで繰り返し述べてきました。

これは端的に言えば、この世界のすべての存在の「本来の存在価値」はあるがままで完結しているという意味です。

自分について言えば、どんな状況になろうと、何があろうと、自分というものは絶対に変わることもなく、傷つくこともなく、絶対に大丈夫だということです。

とにかく、すべてのものや人の本来の存在の価値には、名前とか、自分は人間であり、ネコではないとか、背が高いとか低いとか、美人であるとかないとか、仕事ができるとかできないとか、その他、年齢、性別、国籍、社会的地位などなど、あらゆる規定は一切関係ありません。

では、「規定」というものは何の必要もないのでしょうか?

確かに、本来の存在価値は一切の規定以前にあるので、もともと規定というものがあるわけではありません。けれども、現実に社会生活を営むうえでは規定が必要になってきます。

この場合、僕は「規定」という言葉を「あるモノサシによってものごとを定めること」というような意味として使っています。

ただ、問題はそのモノサシが単なる個人的あるいは社会的主観によるものか、それとも、本来の事実に沿った誰にでも通用する客観的なものであるか?ということです。

今、目の前に2匹のネコがいます。大きなネコと小さなネコです。それぞれのネコは本来大きくも小さくもないのですが、大きさを比較をしたときに、「大小」というモノサシが使われます。。このモノサシは主観的なモノサシではなく、本来の事実に沿った客観的な誰にでも通用するモノサシです。

ところが、一方のネコは美しいネコであり、もう一方のネコは醜いネコであると言えば、この場合のモノサシは「美醜」というモノサシです。けれども、このモノサシは主観的なもので、客観的なモノサシではありません。というのは、美醜のモノサシは人によって、時には社会によって違うからです。

つまり、2匹のネコを比較をした場合に、事実として、誰にとっても大きいネコは大きいネコ、小さいネコは小さいネコです。けれども、美醜に関しては、それぞれの人が使っているモノサシは違っており、事実として、誰にとっても美しいネコと醜いネコがいるわけではありません。

このように、事実の一面を比較した場合には、「大小」は正しいモノサシですが、「美醜」は正しいモノサシとは言えません。つまり、本来の事実に沿って客観的事実の世界で比較をする場合には、「大小」というものはあっても、「美醜」というものはないのです。。

私たちの苦しみの原因の一つは、「主観的モノサシを本来の事実に沿った客観的で正しいモノサシであると錯覚している」ところから出てきます。

この真実・道理が分かれば、この世界に本来一切の優劣、差別、所有がないこともはっきりと分かるでしょう。





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コメント

無条件に認められる絶対的な存在

もし、自覚のセミナーに出会わなかったら、いつも周りの人と比べて、劣等感を持ちながら生きていたと思います。そして、それを全て親のせいにして、一生親を憎んで生きていたと思います。それは、とても辛く、惨めな人生でした。また、家族にとっても、辛く、不幸な事でした。

そのような苦しみの中で、『なぜ生きるのだろうか?』『存在する価値があるのだろう?』と存在について考え、答えを探し続けてきましたが、納得出来る答えは見つかりませんでした。

なので、 自覚のセミナーを受けて、無条件に認められる絶対的な存在であるとわかった時は、ただただ嬉しくて、ありがたくて、涙が止まりませんでした。私が求めてきたものは、この
大きな安心感だったと幸せを噛み締めました。

それと同時に、同じように悩み、苦しみを持った人達の事を思いました。家族不和で悩む人・離婚して孤独になった人・悩んだ末に精神病を患った人・自ら命を絶った人・子どもや親の虐待など、本当に多くの人が、真実を知らずに苦しんでいます。
もし、この方達が自覚のセミナーを受けられたら、本当に多くの人が救われるのに…。
私も自覚のセミナーを受けなければ、同じように悲しい結末を迎えていてもおかしくないと思うと、他人事とは思えません。

今も多くの人が苦しんでいる中で、セミナーを受けられた事は、本当に奇跡的で幸運な事です。
セミナーでの気付きは、これから生きていく上でかけがえのないもの・なにものにも変えられないものです。この大切さやありがたさが身に染みてわかるのは、辛い経験があったからこそだと思います。そう気付くと、全ての事に感謝の気持ちを持つことが出来ました。それから、私が救われたように、ひとりでも多くの人が救われて、平和な世界にしていきたいと思いました。それが、自覚を受けた私の使命だと思うからです。そうして生きる事が私の幸せであり、先生方をはじめ、ここまで支えてくれた全ての人への恩返しだと思い、この希望を未来に繋げていきたいと思います。


また、セミナーなどで、時々子守りサポートをさせていただいていますが、以前は結婚して子供を産み・育てた経験が無いことに劣等感を持っていました。しかし、自覚のセミナーを受けて、所有や劣等感など無くなったら、誰の子どもであるとか関係なく子育てをして、皆で助け合って子どもを健やかに育てていける事が、こんなにも幸せで豊かなものなのだと知る事ができ、これこそが真の平和だと実感しました。

現在、多くの母親が子育てに悩んでいます。そうした母親たちが自覚を持ち、皆で助け合って子育て出来るような環境を作り、未来を担う子ども達が健やかに育つことの出来る平和な世界になるように、全身全霊でサポートしていきたいと思います。

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