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Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

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裸の王様

裸の王様

アンデルセンの『裸の王様』は有名な童話ですから、きっとあなたも読んだことがあるでしょう。

仕立て屋という触れ込みの詐欺師が作った、バカには見えないという触れ込みの素晴らしい衣装をまとって、本当は、何も着ていない裸なのですが、王様が群衆に囲まれながら大通りを堂々と行進します。

実は、王様自身を含めて、家来たちにも群衆にももちろん見えるはずがないのですが、他の人に自分がバカだと思われたくないので、みんな口を揃えて「なんて素晴らしい衣装なんだろう!」と褒めたたえます。

こうして、華やかな行進が絶頂に達したとき、沿道にいた小さな子供が(王様は裸だ! 裸だよ! 変なの!)と叫びます。その声をきっかけに群衆の中に「王様は裸だ! 裸だ!」という声がとんどん広がって行きます。

その中をニコニコと笑顔の(作り笑いなのですが)王様の行進は続いていくのでした。

あらすじは大体以上ですが、この童話には大人の欺瞞と虚栄心、さらには、こころの内にある醜さが実に巧みに表現されています。

アンデルセンは素晴らしい!

人間は誰でもただ裸で生まれ、ただ裸で死んでいきます。

実は、誕生と死の間も、本当は裸で生きているのです。

それが人間です。それ以下でも、それ以上でもありません。というか、本当は、以下も以上もありません。ただそれが真実なのです。

それは、人間はもともと如何なる外的規定をも超えた絶対的価値を備えた存在であるということです。

ところが、人間は成長するにしたがって、他との兼ね合いでアタマのなかに作りあげたいろいろなモノサシによって規定したものを自分だと思い込むようになります。

つまり、いろいろな外的規定を着物のように身にまとい、その着物を自分だと思い込んでしまうのです。

でも、着物は自分ではありません!

どんなにきらびやかな(と自分も周りの人も思う)着物を身にまとっても、自分はどこまでも裸なのです。

その裸の自分はあるがままの裸で、いかなる規定以前に、つまり、無条件で、欠けるところが一つもなく完結しています。それは自分を含めたすべての人間のアタマで作ったあらゆる評価を超えたものです。だからこそ、裸の自分には無上の価値があるのです。

それはそうなのですが、もちろん、現実の生活においては、事実に沿った正しい規定も沿わない間違った規定もあるでしょうが、いろいろと外的に規定されることは当然です。でもそれは、自分の本来の存在価値とは無関係なものです。

それはそうなのですが、自分には、本来、無条件の絶対的存在価値があるのだから、どんなに間違ったことをしてもよいということではありません。

私たちのこの社会における現実の考え方や行為は、真理に照らしてそれが正しいか、間違っているかが判定され、適切に対処されなければならないことは当然のことです。

それはともかく、もしかしたら、この王様は本当はすべてを見通したうえで、裸で行進しながら、「裸の自分こそ本当の自分なのだよ」と家来や群衆に伝えようとしていたのかもしれませんね。

もしそうだとすれば、アンデルセンって本当に素晴らしい!!!





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