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昇平

Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

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思いがけぬ目覚め  その2

思いがけぬ目覚め  その2
(その1からのつづき)

私はその晩父に向って、今まで自分のやってきた嘘偽りの生活を心から詫び、また孝行をしたいと思いながら不孝ばかりをつづけ、父を悲しませてきたことなど細々と語り赦しを乞いました。父は私が語っている数時間黙って聞いていましたが、語り終ったとき唯一言、「それでよろしい」と低い力の籠った声で言ってくれました。

それから三日三晩泣けて泣けて仕様がありませんでした。何の涙か自分にも分りません。ありがた涙のようでもあり、悔恨の涙のようでもあります。嬉しいのか悲しいのか分りません。迷子の子が親の家につれて帰られたような気持とでも言うのでしょうか。或いは長い悪夢から醒めたようにも思いました。そんな気持で涙を流している三日三晩の間不思議なことに、痛みのない激しい下痢をつづけました。精神的激動が肉体にこんな現象を起させたのでしょうか。ともかく心身の変動の中にありながらも次から次へと数限りない思いが泛んできました。

光とか知恵とか、ともかく生かす力として働く、あらゆるよきものに満たされた世界にいる自分を見て「愛されている」と思いました。そして更に、この世界の実質が「愛」というものであろうと思いました。愛の世界においては、自分の小さな力によるもがきやはからいには拘りなく、すべての事物がありのままに、しかし必然性をもって存在し展開しているのだと知りました。自分はありのままを求めて彼岸に到ろうとして濁流を泳いでいたのでした。そして力尽き果てて濁流の底に巻き込まれたと観念したとき、濁流と思ったのは実は自分を支え生かしてくれるいのちの流れ、光の大河であったことに気づいたのでした。それと同時に何か大きな意志のようなものを感ぜずにいられませんでした。すべてを生かさずにおかない意力とでもいうようなものでした。その量り知れない大きなカに生かされている自分を見たとき、今まで求めていた人生の意義など、もしそんなものがあるとしても、それはわれわれの理解を遙かに超えたものであることが分りました。もしわれわれがたとえ自分の頭で納得できる人生観を描き得たとしても、それはただ自己満足をかち得たにすぎず、真実の自分の人生に何のプラスにもなり得るものではないことを知りました。私はただただ、この量り知れない大きないのちの流れの中で、大きな意力にはからわれて生きるだけである。それがすべてである。その他に自らはからって加えるべき何物があるだろうか。生きようとする一切の努力ともがきを停止しても、まだ生きている自分。一切の理解を抛棄してもなお明らかに認め得る活々としたこの世界のすがた。

ともかく、自分を含めたすべてのものが、無限の愛と知恵に護られ導かれていることを知ったとき、今まで押し潰されそうな重圧を感じていた「人生」という重荷が消えてなくなって、自分の体さえ春風に溶け去ってしまったように軽やかに爽やかになっていました。今までは、自分でどうかしなければよくなれないと思って力んでいたのでした。自分の判断と意志のカで悪い生活をやめようとしていたのです。それはとても望なきことであると思いながらも、それより他に仕様がないので努力をやめることはできなかったのです。これほど努力しようと心がけてさえこの有様なのだから、ほっておいたらどんなことになるか知れたものではない、などと思っていました。しかし、この努力は丁度自分が坐っている坐蒲団を自分で持ち上げようとするのと同じで、どんなに頑張っても一寸も上がらず、そのうちに精根尽き果てて倒れてしまうようなものでした。

また、小さいときから私は「感謝せよ」とうるさく教えられました。特に食物の不平を言ったり、小遣の少いのに憤慨すると、父は感謝の念のないものは人間ではない、と感謝の大切なことを諄々と説いてくれました。しかし私はどうしても感謝の念は出て来ません。与えられたものに対して感謝すべきであることも、感謝の念の大切なことも頭では理解できますし、感謝の心から多くのよいものが出て来ることも想像がついていました。だから自分でも、どんなに感謝の念を起したいと希っていたかしれません。時には感謝の言葉と形を真似てみたこともありました。それでも少しも実感が伴わず、まことに不愉快なものでした。

私の父は不肖の子のために随分泣かされたことでしょうが、それでもどうにかしてこの子を救ってやろうと日夜心を砕いていてくれることを私は知っていました。「母のない子だから母親の分までもと心を配っているのに」という父の言葉は、それが真実であるだけに、私の心に強い自責の念を起させました。それにも拘らず、私は父に対してどうしても感謝の気持が起りませんでした。われながら不思議な気がしたものです。起そうとしても起らぬ感謝の念を起せ、と要求する父に対して、かえって反抗的になりました。

父はむろん、自分に対して感謝せよ、と言っているのではありません。すべて与えられたものを通して、神さまに感謝しなさいというのですが、私はどうしてもその気になれなかったのです。ところが三日問も泣いているうちに一切のものに対していくら感謝してもしきれない、詫びても詫びきれない気持になっているのには驚きました。しかもそれが、神さまに対してでも、仏さまに対してでもないのです。むしろ、自分がこのようないのちの世界に、このようにある、という事実に対するありがたさと、それを知らずに勝手に目茶苦茶なことをしてきたことに対する悔恨の念だというのが事実に近いかもしれません。

(つづく)





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