プロフィール

昇平

Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

最新記事

カテゴリ

最新コメント

月別アーカイブ

最新トラックバック

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム

今滞在されている皆さんの数

現在の閲覧者数:

これまで訪問された皆さんの数

自己の世界  その10

自己の世界  その10
(その9からのつづき)

「みんな間違いだ。今まで見たり考えたりしたことは悉く夢だったのだ。コレが本当なのだ。真実なのはコレなのだ」この驚きや叫びと同時に明るい世界に生まれ出たような気がしました。

これは恩師和田重正先生が開悟された瞬間思わずほとばしった心の叫びです。「存在の真実が本当にわかった」ということはこういうことなのです。

ですから、その瞬間にものの見方はもちろん、生き方がそれまでとは、文字どおり、180度、そして、部分的にではなく、全面的に転換してしまいます。

もしそうでなければ、それは例の“タバコ図“の中の”節煙”と同じように、中途半端な生き方になってしまいます。

タバコ図の左側は、「タバコにはプラスの価値は一つもなく、マイナスの価値しかない、という真実に立脚して、タバコは吸う必要もなく吸いたいとも思わない、だから、タバコは吸わない」という世界です。

それに対して、右側は、「タバコには健康やその他の面でデメリットはあるが、タバコにはタバコでなければ得られないプラスの価値がある。だから、タバコを吸う必要があり、タバコを吸いたいと思う」というアタマの妄想が展開した世界です。

そして、この右側の世界には3つの道があります。

一つ目の道は、タバコには健康その他不都合な面もあるので、本当はやめた方がよいのだけれども、と思いながらも、吸いたいときにはタバコを吸うという”喫煙“の道です。

二つ目の道は、本音は吸いたくてしかたがないのだけれども、健康その他不都合なことがあるので、タバコを吸うのをガマンするという“禁煙”の道です。

三つ目の道はその二つの中間にあります。それは、本音は、吸いたいときに思い切り吸いたいのだけれども、健康その他不都合なことがあるので、吸いたい気持ちをガマンして、吸う本数を減らすという“節煙”の道です。

この節煙は喫煙と禁煙の“よいとこ取り”で、うまいやり方だと思ってやっている人が多いのですが、実際には、本数を減らせば減らすほど1本1本が貴重に思え、また、ガマンの末やっとありついた一本一本が「実にうまい」と感じられ、タバコへの依存度はますます増え、タバコへの依存がますます深まります。

さらに、節煙は吸いたいという気持ちを長時間押さえつけていなければならないので、苦しくて仕方がありません。それでほとんどの人がまた喫煙の道にもどり、その後、禁煙したり節煙したりと妄想で作った右側の世界をよろめきながらフラフラと徘徊するのです。

このように、左側の存在の真実がわかっていないと、いつまでも、右側の妄想の世界でウロウロしながら、中途半端な一生を終えることになってしまいます。

また、せっかく一度は存在の真実を分かったにもかかわらず、いつの間にか、右側の妄想の世界に戻っているのにも気がつかず、“節煙的生き方“をしながら、かけがえのない人生を粗末にしている人が多いように思います。

しかも、自分では存在の真実に沿って“うまく”生きているつもりなのですから、実に気の毒で、残念です。

一刻も早くその愚かしさから脱出してほしいと願わずにはいられません!

(おわり)





←クリックで応援よろしくお願いします

人気ブログランキングへ

<< 自分はすでに完結している | ホーム | 自己の世界  その9 >>


コメント

最新ブログをさっそく印刷しました。あらためて、ホントに世界に類のないセミナーだったと実感しています。また何度も読み返します。ありがとうございます!

「中途半端」がとてつもなく自分を消耗させ、「よいとこ取り」が実際には、自分を行き詰りのどん詰まりに導いていました。

自分が得しないばかりか誰も得しない、このような態度を繰り返す事に一体何の意味があったのだろうかと思います。

ありがとうございました

何の気なしにベランダに出ていたら、遠くに新幹線が通るのが見えました。
すごいスピードで走っていく様子をただ見ていたら、それまで頭の中で考えていたことや感じていたことがパッと消えて、
ただ目の前にあるものがただそこにあった。

ああ、そうだったのか、それだけのことだったんだと思いました。
いつも完璧だったんだ。
「観念を手放さなくちゃいけない」とか思うことすら余計だったんだ。
本当に何やってたんだろうー。

ここからまたブログを読み直したいと思います。
ブログの感想も、自分で理由(屁理屈)をつけて「書けない」と思っていたけど、「書かない」だけだったことに気がつきました。
本当にすみません。

これからは素直に書いていきます。

思いを手放し、心を開いて、真心で感じたことを行動に移す実践、訓練を続けていきます。
「左の世界のために」と感じたことや考えたことを行動に移そうとするのですが、それを躊躇することが多々あります。それは機が整っていないのか、それともただの自分の思いであるのか迷うことがあります。迷うということは、自分ひとりよがりの思い?
真心が通じたときは、なんだか「ありがとう」と心が喜びで満たされます。頭で考えたことや移した行動は、見透かされている感じや、自分の心にも響かない感じがします。
左の世界になかなかいけないな~ともどかしい気持ちです。

左の世界しかない

「左の世界になかなかいけないな~ともどかしい気持ちです。」

では、あなたはどこにいるのですか?

自分がどう思っても思わなくても、左の世界しかないのです。
気合を入れて頑張らなければ左の世界に入れないのではありません。
あなたはすでに左の世界にいるのです。

その左の世界、つまり、真実の世界の本質は真心です。
ですから、ただ真心に沿って生きていくだけです。
それだけでよいのです。


管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

先日のセミナーで「観念的」と言われた事で、本当にそうだなぁと思いました。これが自分をダメにして、周りや世界まで悪くしているという事が実感出来ました。つくづく
今まで本当に全て間違っていたなぁ・・・と。すると、心が明るくなるではありませんか!周りまで。先生の言っていた通りです。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 ホーム