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昇平

Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

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アッピーパパ

アッピーパパ

我が家にはアッピーというとても可愛いトラネコがいたのですが、1年半ほど前に亡くなってしまいました。

ところが、数か月前にアッピーにそっくりの足腰がヨボヨボしたオスネコが家の外にあるネコ食堂にやってくるようになり、いつの間にかベランダに置いてある大きな段ボール箱に住み着いてしまいました。

僕たちはその老いたネコを「アッピーパパ」と呼び始めました。その外見と仕草がどう見てもアッピーのお父さんとしか思えないからです。

アッピーは若くてヤンチャな子でしたが、アッピーパパはとてもおとなしく気の弱いネコで、僕らが近づいても、少しは緊張はするのですが、普通の野良ネコのように警戒してサッと逃げたりはしません。

歩くときもゆっくりしか歩けません。日が当たる日中はほとんど芝生の上でじっとしています。そして、夜になると、例の段ボールに入って寝ています。

毎日「モンタ」と呼んでいる凶暴なオスの野良ネコがネコ食堂にやってくるのですが、アッピーパパを見つけては噛みついたりしています。アッピーパパは抵抗することもできずにやられっぱなしです。

どうやら、アッピーパパは以前は飼いネコだったようです。もしかしたら、飼い主に捨てられてしまったのか、それとも、何かの事情で旅に出て、そのまま家に帰れなくなったのかもしれません。

僕はそんなアッピーパパを見るたびに切なくなってしまいます。

そうこうしている内に、このところ急速に寒くなってきました。このままでアッピーパパはこの冬を越せるだろうかと僕は毎日気になってしかたがありませんでした。

ところが、2週間ほど前の朝、外のネコ食堂で我が家のネコサグループのメンバーたちとアッピーパパに食事をやったら、食べ終わったアッピーパパが我が家の家の中に入りたそうにしてドアのところに近づいてきたのです。

そこでドアを開けてやったらアッピーパパはためらいもなく部屋の中に入ってきて、部屋の片隅の日の当たるところに体を横たえたのです。

その日以来アッピーパパは我が家の一員となりました。

夜はネコ用の寝室で寝るのですが、食事は台所の隅にあるレストラン・ネコサでみんなと一緒に食べ、食べ終わると居間の薪ストーブの近くにおいてあるネコ用ベッドに横になって寝たり、くつろいだりしています。

日が照って風が吹かない日中は様子を見てアッピーパパを外の芝生に出してやるのですが、アッピーパパは気持ちよさそうに昼寝をしています。

毎日このようにヨボヨボと歩いたり、じっと横になっているアッピーパパの姿を見て、大変だなとしか僕には思えないのですが、アッピーパパはそんな状況を当たり前にただ生きています。そのナントモナイ姿は僕の思いを超えて、まさに荘厳そのものです。

(もちろん、だから何もしなくてもよい、憐れみや哀しさを感じるのはおかしいなどと言っているのではありません。)

そして、そんなアッピーパパを見るたびに、アッピーの声が聞こえてくるような気がするのです。

多分、アッピーがパパの中に入って戻ってきているのでしょう。




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コメント

きっとアッピーパパは、そうもしていられない状況(例えばレストランネコサがなくなった、なんらかの理由で家の中に居られなくなった等)になったとき、そのときの状況に合わせて思いを越えたところで、ただ適応していくんでしょうね。アタマを通して、先を考えて取り越し苦労をするようなことは、きっとないんだろうな~。とっても楽な生き方だなと感じました。

アッピーがアッピーパパの中に入って戻ってきたのが嬉しいです。前にいた他の猫もまた戻って来ているかな。

良かった!
アッピーパパいらっしゃいませ。
アッピーお帰りなさい!

 たしかにネコや生き物たちは、どんな状況でもナントモナイ姿です。そしていのちいっぱいで。アッピーパパのお話を読んで、不可分一体のいのちってこういう事なんだなあ・・と思いました。
 昔、可愛いがっていたネコやいきものたちがいなくなったり、亡くなった時にとても悲しかった事を憶えています。このお話を読んでひとつのいのちを生きているという事がスッキリとしました。

野性的に生きるねこ

アッピ―パパもチビも当たり前に、今ここを生きて素晴らしい師匠です。足腰がヨボヨボしても、目がなくても、何も言わずただ自然に受け入れて生きる猫たち。亡くなった義母はそう生きて穏やかに天に召されました。
ナントモナクナイ人たちは、ちょっと欲ばりであり、繋がりを実感していないのかもしれません。私も師匠たちのようにナントモナイ姿で、いつも喜びに満ちて生きます。ありがとうございます。

私の実家でも、家にやって来るネコ達が自由にエサを食べられるようにしてあります。近所にもそうしてくれている家が何件かあるので、いろいろなネコ達(たぬきや鳥も)がやって来ます。
ある日、見かけた事のないネコがやって来ました。姿はネコなのですが、その澄んだ瞳の奥に、はっきりと亡くなった友人の存在を感じました。
思わず、友人の名前を呼びました。きっと、友人がネコの姿になって、会いに来てくれたんだと思い、家族にその事を話すと、そんなわけないと笑い飛ばされてしまいました。
自分でも変な事を言っていると思いましたが、なぜかはっきりと感じるので、これがどういう事なのか、ずっと不思議でたまりませんでした。アッピーパパの話を聞いて、本当に友人が会いに来てくれたんだと分かって、とても嬉しい気持ちでいっぱいです。

クリスマスの奇跡?

クリスマスの奇跡?

ヨロヨロと弱っていたアッピーパパでしたが、

クリスマスイブの朝、耳のよこの頭の一点に、自然に任せて手を当てていましたら、気持ちよさそうにからだの中から動きがでて、首から背骨、おなかを伸ばし、手足も指一本一本も伸び、全身が宇宙の中に浮いているようでした。

そしてスイスイと自分で台所まで歩いていって、ご飯をパクパク食べました。

今では毛の艶もよくなって快復してきて、他のネコたちと一緒に寝たり、たまに外に散歩にいくようにもなりました。


それと、もう一匹の弱ったネコ。
数カ月まえから右足がはれて、いよいよ膝も曲がらなくなってヨロヨロ歩いていました。
Y子ちゃんたち、畑の会の人たちも手当てをしてくれても、なかなかうまく歩けません。

そこで、宇宙とつながるラインが閉じて詰まってしまっている膝の裏の一点に指をあてました。
そこから左の脚の付け根から腰がねじれていたのです。

グーッと全身が引っ張られるような動きがおき、しばらく大きく動いていました。
そのあと、見ていますと、ひざも曲がるようになり、痛みも少なくなったのか、普通にスイスイと歩いていました。

歩けることがこんなにありがたい、うれしいことはないと、思ったのか嬉しそうにしていました。

近くにいたY子ちゃんも、目を丸くしてびっくりで、万歳三唱でした。

そんなクリスマスのプレゼントでした。


クリスマスの奇跡!

あれは、本当にクリスマスの奇跡でした!
まるで呪いが解かれたような、悪い夢が覚めたような、いままでは何だったんだ!と叫びたくなるような、笑いたくなるような、劇的な変化でした。
こんなことってあるんだなあ、クリスマスってすごいな、と帰りの運転をしながら、しみじみ思いました。

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