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昇平

Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

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二つの原体験

二つの原体験

僕は10歳のとき、ある日突然、「なぜ、この世の中には貧しい人びとがいるのだろうか。こんな世の中は絶対に間違っている」という思いに強く打たれました。

そして、14歳のときに修学旅行で、広島の原爆記念館を見学しました。そこに展示してある数々のものを見ている間ずっと、ただただ、「人間はなんて馬鹿なんだ。こんな世の中は絶対に間違っている」という思いに体が震え続けていました。

この二つの原体験の記憶は、その後もずっとわたしのこころの奥にあり続けました。そして、22歳のとき、和田重正氏の「みんなで国に理想を」という提案に出会いました。

それを読んで、「これこそ、人びとが幸せになり、それぞれの国も世界も救われる確かな道だ」と確信しました。こどものときから、ずっと持ち続けていた疑問に対する答えが見つかったのです。本当にこころの底から感動しました。

そして、この考えを世界中の人びとに伝えていくことが、自分の使命だと思ったのです。それが、約40年の思索と実践を経て、著書『国の理想と憲法――国際環境平和国家への道』、そして、その英語版の『BEYOND NATIONAL EGOISM(国家エゴイズムを超えて)』として結実しました。 

147億年の宇宙の歴史の中で、この地球上に35億年前に最初の原始的単細胞生物が誕生し、そこから生物の進化の歴史が始まりました。

そして、今日のわたしたち一人ひとりに至るまで、無限とも言える世代を経て、“いのち”が一つの世代から次の世代へとバトンのようにリレーされてきました。

もし、「いのちの鎖」の輪の一つでも切れていれば、あなたも、わたしも、この世には存在していないということになります。そういう事実からも、一人一人、また、すべての生物の生命はかけがえのないものであると言うことができるでしょう。

人間は他の動物にはない発達した大脳を駆使して輝かしい科学技術文明を発達させてきました。その結果、人類は他の動物を圧倒して、この地球上で繁栄を謳歌しているように見えます。

ところが、その人類は今日まで絶えず同じ人類同士で大規模な殺戮を繰り返しています。そして、いまや、自分たちの食べ物や飲み水に毒を入れ、吸う空気を汚染し、自分たちの生きている世界そのものを破壊しようとしています。

このような世の中で、多くの人びとが個人的にも社会的にも不安を抱え苦しみながら生きています。

こんな世の中は絶対に間違っています。

人間はそんなに愚かしく無力な存在なのでしょうか。人間は数々の過ちを犯し、自他を苦しめてきました。しかし、自分たちで犯した間違いは、必ず自分たちの力で解決できるはずです。

わたしたちは、自分自身の幸福と安らぎを得ることは勿論、わたしたち人間自身によって、諸々の社会的問題を解決し永遠の世界の平和と人類の幸福を必ず実現できるはずなのです。

今日までそれが実現しなかったのは、無関心と無知と、そして何よりも、諦めにあったのではないでしょうか。

「必ず実現できる」という信念を持って、間違いの根本原因を徹底的に究明すれば、必ず解決への道を見付けることができる、と僕は確信しています。





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コメント

今年も暮れようとしていますが、この一年、微に入り細に入り、導いていただきありがとうございました。
自ら地に足をつけて、この世界を、力を抜いて全力で、歩んで参ります。すべてのいのちが、いまここに平和のうちにありますように。

「無関心」、「無知」、「諦め」の言葉は私たちにとってとても耳の痛い言葉です。
人類が滅亡の危機に至るまでの間に、私たちがこの三つの言葉と対照となる「関心を持つ」「知る」「信念を持ちやり遂げる」ことをしていれば、世界は変わっていたかもと思います。
しかし、どうしてできなかった、考えてみました。
「無知」とは知識がないこと。知識とは生まれてから、現在に至るまでの間にさまざまな体験(五感から得る情報)、教育(学校、親等さまざまな人からの多岐にわたる教え)を受け、大脳に蓄積された物事を判断するもとになっている情報であると思います。
でも、昇平先生の言っている「無知」とはこの情報量のことではなく、物事の「真相、真意」を知らないこと、と言っているように思えてなりません。
私たちが、受けてきた教育はこの情報量を増やすことで、ものごとが起きる真相・真意を明らかにしていくものではなかったと思います。また、そうした教育は当たり前で、何ら間違っているとも思わなかったと思います。
そして、現在もこのやり方は変わっていません。その限られた情報により物事の本質である真相を求めようとしても、利己的に働く頭(大脳)は正しい判断ができないと思われます。そのため、これまで科学文明の発展に気を取られ、人類滅亡の危機が迫っていること、そして、その根本原因が、人間が持つエゴイズムにあることに気付かずにいたものと思います。
頭(大脳)は、現象面を捉えることができても、物事が起きる本質である真相・真意を「知る」ということはできないと思います。
「知る」ということは、人間の心の奥深くある「いのち」の存在に触れ、不可分一体の世界の存在を自覚することにより、本当の意味での「知る」ことになると思います。
そして、「無関心」「諦め」も自己中心的、バラバラ観がそうさせていることも解ってきました。
つい、最近まで、戦争は繰り返し起きるもの、未来永遠人類社会が続く限りなくならない、と信じて疑わなかった自分がいたことを懐かしく思います。

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