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昇平

Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

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僕が野良ネコを可愛がる訳

僕が野良ネコを可愛がる訳

我が家では何匹もネコを飼っているので、外のベランダにもエサを用意しています。

そのために、毎日いろいろな野良ネコが入れ替わり立ち替わりエサを食べにきます。アッピーパパもその内の一匹だったのですが、今ではすっかり我が家の一員となり、老後をゆったりと過ごしています。

その他に、黒色の毛に所々黄色のマダラがある丸々太った一匹の雌ネコが、2,3か月前から、ベランダに置いてある段ボール箱に住みついたようで、朝エサを用意しているとさっと現れるようになりました。僕は早速「マダラン」という名前をつけてやりました。

マダランはどうやら元は飼いネコだったようで、とても人懐こくて、ドアを開けてやると、すぐに部屋の中に入って、家の中を一回りしては、また外に出ていきます。

このようなことが我が家では日常茶飯事になっているのですが、僕がこのように野良ネコを可愛がるのには訳があるのです。

僕の少年時代、我が家はとても貧乏でした。ただ、母が動物好きで、家の中で小鳥を飼ったりネコを飼ったりしていました。それで僕も動物がとても好きになったのです。

ところが、ネコの避妊手術もできないほど貧乏だったので、だんだん増えて、小学5年生の時には4匹のネコを飼っていました。ところが、ある日の夜遅く父と母が変な形をしたものを入れた大きな袋をそれぞれ背中に担いで出かけようとしています。

僕は「それは何ね?」と訊きました。すると母が横を向いて「ネコたちだよ。もううちでは飼いきらんとよ。それでどこかに捨てにいくったい」と答えました。

末っ子の僕はその子たちが生まれたから弟や妹のような気持ちで可愛がっていました。それで、「嫌だ!」と叫びたくなりましたが、父と母の本当に悲しそうな顔を見て、言葉を飲み込みました。

その時、僕は「自分たちが生きていくために、ほかの者たちを押しのけて生きざるを得ないのだ」という、何とも言えず、情けなく、また、悲しい気持ちを骨の髄まで感じたのです。

生まれた時から飼ネコとして、食べ物を貰い、家の中で好きなように暮らしていたネコたちがいきなり見知らぬ路地に放り出されてどのように生きていくのかと考えると可愛そうでしかたがありませんでした。

でも、父と母の気持ちを考えると、僕は「どこにネコたちを捨ててきたとね?」と尋ねることもできませんでした。

それでも、毎日学校から帰ると、両親には内緒で、見当をつけてはアチコチとネコたちを探しに出かけていました。でも、とうとう見つけることはできませんでした。

その悲しさとやるせなさが、ついには、20歳の時に、競争社会の中で自分が生きるために他を押しのけていく生き方をやめるという決断に繋がっていきました。

僕に今いくらかでも人に対する優しさがあるとすれば、この小学5年生の時の体験があったからだと思います。

僕にとっては、人もネコもイヌも鳥もまったく同じなのです。

とにかく、人でもネコでもイヌで鳥でも一人でも一匹でも一羽でも不幸な人やものがいない世界を実現したいと思って生きています。

そして、それが、僕が肉を食べなくなった理由でもあります。





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コメント

このブログを読んで、何度もコメントを書こうと思いましたが、言葉になりませんでした。

私も一緒にネコたちを探したかった・・・

ストーブの後ろで寝入っているてまり(イヌ)も、森の小鳥たちも、上野のパンダの子も、スーパーに無造作に並べられているお肉たちも皆同じでした・・・


みんなが幸せがいい!

一匹も一羽も一頭も不幸なものがいない世界を作りたいです。
動物たちが人間の都合で、殺されたり、ひどい環境に置かれたり、してほしくありません。
たばこと同じように、お肉を食べることは、何一つ良いことはないと思います。

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