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Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

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なぜタバコについて書くのか  その2

なぜタバコについて書くのか  その2

このブログでタバコについてしばしば書いているもう一つの大きな理由は、「どうすればタバコをやめられるか?」というテーマは、「自分とは何か? この世界とは何か?」を知ること、つまり、存在の真実を知ること、つまり、「悟り」と質的には同じだからです。

ここで、あらためて、簡単に、「どんな意味で質的に同じであるか」ということについて説明してみたいと思います。

私たちはこの社会で生まれ生きていく中で、「本当はどうか?」と、きちんと検証していないのにもかかわらず、ほとんどの人が「当然のこと」としている考え方を、私たちもいつの間にかそれをきちんと検証することもなく、「当然のこと」としてしまって、それらの考えに基づいて生きています。

ここでは、それを「社会的洗脳」と呼んでおきましょう。それで何も問題がなければ、それでよいとも言えるのですが、実際には、この社会では個人的にも社会的にも人々はいろいろな深刻な苦しみと混乱の中で生きています。

その根本的な原因は、私たちが当然のこととしていることのほとんどが間違っているからなのです。

そういう社会の在り方に疑問を感じて、真実、つまり、悟り、あるいは、本当の救いを求めるために、家や家族を離れ、出家した人の代表的存在がお釈迦様です。

いずれにしても、私たちは個人的、社会的ないろいろな問題に直面して、それを何とか解決しようとはするのですが、ほとんどの場合に、洗脳されたアタマ、あるいは、間違った観念の中で、個人的にあれこれ考えたり、あるいは、複数の人で議論したりしながら、それを解決しようとしているので、どうしても根本的な解決を得ることができないことがほとんどなのです。

それはなぜかと言えば、自分自身がこの社会において洗脳されてきた事実自体にほとんどまったく気付いていないからです。

その現象はスモーカーの心理状態によく似ています。タバコをはじめて吸い始めると、スモーカーのアタマは社会における人々(特に、スモーカー)のタバコについての認識、つまり、タバコは確かに健康に悪いし、副流煙が人に迷惑をかけるなどのデメリットがあるかもしれないが、「タバコは何ものにも代えがたい喜びだ、心の支えだ、必要なんだ、吸いたい」という認識と同時に、タバコ自身の化学的作用によって洗脳されて、いつの間にか自分自身も「タバコにはタバコならではのメリットがある。タバコはいいものだ」と思い込むようになり、もはやそれを疑おうともしません。

けれども、「スモーカーモード」のアタマで「吸いたい!」と思いながら、健康に悪いし反社会的な習慣だからなどの理由で、「吸ってはいけない!」と頑張ってみても、自分の座っている座布団を自分で持ち上げようとしているようなもので、これですっきりタバコをやめることはできません。

これは洗脳されたアタマで物事を解決しようとしても、まずは不可能だということの典型的な例だと言えるでしょう。

(つづく)





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