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Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

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川の瞑想は安楽の宝門 

川の瞑想は安楽の宝門 

道元禅師は「坐禅は安楽の法門なり」と言われました。「法門」というのは「悟りに入る門」という意味です。

僕はその言葉もじって「川の瞑想は安楽の宝門である」と言っています。「法門」という言葉を使ってもよいのですが、それではちょっと仏教臭い感じがするので、「宝門」、つまり、「宝の門」と言っています。

「川の瞑想」というのは、僕が工夫して開発した瞑想法の名前ですが、とても素晴らしいのでみなさんに勧めています。ただ、やり方は非常に簡単なのですが、それだけに、逆に、文章で説明しても勘違いされる方が多く、かえって逆効果や誤解に繋がりやすいのです。やり方を正しく習得するためには僕のセミナーに出ていただくのが最良だと思います。

したがって、この『川の瞑想は安楽の宝門』のブログはすでに僕のセミナーに参加して川の瞑想のやり方を一応は実修している方々に向けて書いていきます。けれども、この文章は川の瞑想は知らなくても、存在の真実に興味のある方々にもとても有益なところがあるのではないかと思います。

では、まず、何を目的として、川の瞑想をやるのか?ということから話していきましょう。

私たちは通常五感と大脳(アタマ)によって物事を捉え認識しようとします。しかし、五感は情報を非常に限られた範囲でしか捉えることができません。また、アタマは“五感“によって捉えた情報を、二元相対的にしか認識できないので、五感やアタマを超えた一元絶対・不可分一体の存在の真実をありのままに捉えることができません。その一元絶対・不可分一体の存在の真実をありのままに捉えようというのが川の瞑想の目的です。

では、どうしたら存在の真実をありのままに捉えることができるのでしょうか?

私たちの五感やアタマは生きるために必要なものですから、それを意識的にストップすることは不可能です。けれども、川の瞑想によって断続する音に意識を向けていると、その奥にある絶対静寂の空の世界を容易に体験することができるようになります。

川の瞑想中はアタマによる思考(思い)が停止している時間がかなり持続します。と同時に、思いが出ても、煩雑には出てこないので、思いを手放すことがとても容易にできます。

思いを手放して、ただ、坐っている瞑想の自然法もお勧めですが、存在の根源である静寂(空)の世界を実感しながら思いを手放しているのでなければ、あまり意味がないと言えるでしょう。その点では、川の瞑想の方がやりやすいし、より効果的だと思います。

そして、川の瞑想を日々実行するだけでなく、それに熟達することにより、日常の生活のいろいろな場面で意識的に存在の真実を生に体験できるようにしたいものです。

折にふれて、絶対の静寂に身と心を投げ入れるのです。“絶対の静寂”と言っても、すべての音を消してとか、音が聞こえてこないところに行ってということではありません。

どんなにいろいろな音がしていようと、そこには同時に絶対的に静寂な世界が存在しているので、そこに身も心も投げ入れてしまうだけのことです。それが川の瞑想です。





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