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Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

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不生で生きる

不生で生きる

盤珪禅師は「親が産み付けたものは、不生の仏心だけである。その不生で一切が整う。だから、とにかく不生でいなさい」と言っています。

「不生」とは “いのち“と同じ意味であり、この世界を顕現し、この世界のすべてを調和し整えるように働いている根源的な力のことです。

では、実際に、不生で生きるということはどういうことでしょうか? タバコ図に似た“世界図”を使って分かりやすく説明してみましょう。

世界図の右側の世界は二元相対的にしか思考することのできないアタマによって認識したバラバラ観に基づいて構築された対立・競争の(タバコ図で言えば、タバコは必要だ。本音でタバコを吸いたいという)世界です。この右側の世界では大まかに3つの道に分かれています。

右側の右は“自分(たち)さえよければ”という思いで生きる道(タバコ図で言えば、“タバコを吸いたいから吸う”という喫煙の道)です。そして、右側の左は“自分(たち)さえよければ”という思いを精神力で抑えながら生きる、言わば、道徳的に生きる道(タバコ図で言えば、“タバコを吸いたいのだがガマンしよう”という禁煙の道)です。そして、その中間で生きる道(タバコ図で言えば、節煙の道)があります。

これに対して、世界図の左側の世界は本来の一元絶対の不可分一体の真実に基づいた非対立・調和の(タバコ図で言えば、“タバコは必要ない。本音でタバコは吸いたくない。だから吸わない”という)世界です。これが“いのち“(不生)が顕現し展開するあるがままの世界です。

「不生(の仏心)で生きる」ということは、世界図の左側の不可分一体、非対立・調和の世界で生きるということです。より具体的に言えば、どんな状況にあっても、本来のありのまま心のままに、不可分一体、非対立・調和の心で生きるということです。

「難しそうだな」と思う人もいるでしょうが、真実は不生の仏心こそが私たちの本来の心なのですから、誰にでもできるもっとも簡単で楽な生き方なのです。

つい身びいきで右側の対立感情(迷い)が出てきても、これではダメだと思ったり、何とかしようなどと相手にしなければよいのです。対立感情が出ても放っておけば、そのうちに消えてしまいます。決して、意志の力で抑えつけようとしたり、コントロールしようとは思わないことです。それでは、いつの間にか世界図の右側の左、つまり、ガマンの禁煙と同じく心と心が格闘することになってしまいます。その結果、自分の本体である不生の仏心を見失ってしまいます。だから、そんな思いは放っておいて、ただ不生の仏心でいればよいのです。

不生の仏心が真実の自己なのです。それは全宇宙とぶっ続きです。だから、自分が不生の仏心でいることで一切が整うようになっているのです。

不生の仏心が発動したものが生きとし生けるものに対する親愛の情・真心です。ですから、真心丸出しで生きていくことこそが自分自身にも周りの人にも全世界の生きとし生けるものにも真の幸福をもたらすのです。

ノンスモーカーは、タバコに関するかぎり、努力することもなく不生で生きています。このように、不生で生きるには、ただ不生でいればよいのです。




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コメント

盤珪禅師語録

昇平先生、お誕生日おめでとうございます。
セミナーの時に紹介していただいた「盤珪禅師語録」を年末年始に読んでいます。
昔の言葉のため分からない単語などありましたが、話し言葉で意外と読みやすく、なによりセミナーやブログで昇平先生がいつも伝えてくださっている「いのち」のお話と全く同じで、読んでいると今まで聞いたお話をいろいろ思い出して、あらためてしみこんできます。
岩波文庫2018年春のリクエストとして復刊していたので、普通に買えました。

昇平先生 お誕生日おめでとうございます。
不生の仏心で生きる!ということ。アタマが外れず、どうしてもアタマで考えてしまう私だと、自覚セミナー後、ようやく気がつきました。それから、アタマを外したいと格闘してました。最近、「あゝ、今アタマだな。」と アタマになっている自分を、少し眺められるようになってきたような感じです。先生、少しずつでごめんなさい。不生の仏心で、生きていこうと決めているんです。お誕生日のコメントが、こんなんですみません。

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