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Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

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本音か建前か

本音か建前か

「自分さえよければいい」、「助け合った方がいい」、みなさんはどちらが本音で、どちらが建前だと思いますか? 

この問いを数十人の中学生にすると、「自分さえよければいい」が本音で、「助け合った方がいい」が建前だと思うという意見がいつも多数です。

なぜ、そう思うかと尋ねると、次のような意見が出てきます。
教室の掃除なんかでも「みんな助け合わなければならない」と言われるから、仕方なくやっているけど、本心では、「嫌だなあ、面倒くさい」と思っている。家でもそんなことがしょっちゅうだから。

普通一般の大人でも、この中学生たちと同じような結果が出ているそうです。
もちろん「助け合った方がいい」とは思うけれども、この社会にはいろいろ難しいことがあって、生きていくのは結構厳しい。だから、何と言ってもまず、自分を、あるいは、自分の家族を何とかしなければ生きてはいけない。だから、「自分さえよければいい」が本音で、「助け合った方がいい」は建前だというわけです。

このように言われると、「なるほどなあ」とか、「その通りだ」と思う人も多いのではないでしょうか?

けれども、子供の時はともかく、大人になると体験を通して、いろいろなことをやっていくのには、お互いに協力し合わなければできないということをだんだん理解するようになっていきます。

たとえば、住んでいる地域の清掃作業などを共同で行わなければならない時や職場で何かみんなで協力して作業をしなければならない時、自分はできればやりたくはないと思いながらも、協力してやらなければと、みんなと一緒に協力して作業をする場合に、「自分さえよければいい」と「助け合った方がいい」のどちらが本音で、どちらが建前だと思いますか?

「みんな助け合わなければならない」と言われるから、仕方なくやっているけれども、本心では、「嫌だなあ、面倒くさい」と思っているのか? 
それとも、「嫌だなあ、面倒くさい」と思う気持ちはあるけれども、「やはり、みんな助け合わなければならない」という思いのほうが本音だと思うのか?

このように、いろいろと気持ちを分析してみると、何だか分からなくなってくるかもしれませんね。

これから先は時間をじっくりかけて、自分で答えを出すほうがよいでしょう。
そのためのヒントになりそうなことをいくつか以下に書いてみましょう。

1 「掃除はしたくないなあ」という気持ちは“本音”というより、その時の”気分“と言った方が当たっているのではないでしょうか?

2 「みんなで助け合って掃除をしなければならない」と言われて、結局、「掃除をしよう」と思って掃除をする場合には、「みんなで助け合わなければならない」ということが本音ではないでしょうか?

3 「助け合った方がいい」が建前、「自分さえよければ」が本音だと思っているとしても、心の奥底では「助け合ったほうがよい」と思っていて、それが本音ではないでしょうか?

4 どうせ掃除するのならイヤイヤやるのではなく、「イヤだ」という思いを切って、「よっし、やろう」とすっきりやった方がよいと思いませんか? ということは何が本音なのでしょうか?




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