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Author:昇平
「いのちの塾」へようこそ!

僕は普段は標高650メートルの山の中に家族と仲間そしてネコ10匹と一緒に生活しています。

そして、その合間に日本やヨーロッパの各地で「本当の自分は?」「本当の平和を実現するには?」などをテーマに講演をしたりセミナーを主宰しています。

このブログでは、僕が体験的に捉えた人生やこの世界の真実について書いていきます。

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星の王子さまアレコレ その1

星の王子さまアレコレ その1

読まれた方も多いと思いますが、『星の王子さま』はフランスのサン・テクジュペリが書いた童話です。

彼は「子どもたちにはすまないが、私はこの童話を子どもだったころの私の一番の親友である一人の大人にささげたい。大人は誰でも初めは子どもだったのだ。」と言っています。

「大人は誰でも初めは子どもだった」。とても意味深い表現ではありませんか。僕は、彼はこの童話を子どもたちよりも大人の人にぜひ読んでほしかったのだと思います。

僕は若い頃からこの童話が大好きで折に触れては読み返してきましたが、昨年の12月にロマンス語系統の各国語を同時にブラッシュアップをしようと、まずこの童話のある章をフランス語で読み、続いて同じ章をスペイン語で読み、さらに同じ章をイタリア語で読むというやり方で、この童話を1章ずつ最後の章まで読み進めるということを試みました。

今回、この童話について何か書きたいと思ったのは、同じところを繰り返し読んでいるうちに、作者の言いたいことが以前に比べて格段に深く感得される体験をしたからです。そして、あらためて、みなさんにとっても存在の真実をより深く理解するためにこの童話を深く読み解いていくことがとても有効ではないかと思ったからです。

次回から何回かに分けて、僕がその時々に面白そうだと思う箇所を意味を損なわない範囲で大まかに訳した後で、思いついたことをアレコレ書いていくつもりです。もしこの童話を全部通して読んでみたいという方は、たとえば、岩波少年文庫の『星の王子さま』 サン・テクジュペリ作 内藤 濯訳 を購入されてはどうでしょうか。

作者のサン・テクジュペリは作家であると同時にパイロットでもあったようです。物語は一人のパイロットが操縦する飛行機が人里から何千キロも離れたサハラ砂漠の真ん中に不時着するところから始まっています。

パイロットはケガもなく無事だったのですが、飛行機は故障して、そのままでは再び飛び立つことはできません。しかし、乗員は他には誰もいなかったので、たった一人で壊れた飛行機を修理しなければなりませんでした。

パイロットは途方にくれていましたが、やるしかないのです。それはまさに命に関わることでした。

その時、突然「ヒツジの絵を描いてよ」という声が聞こえたのです。「エッ!?」と思わず振り返るとそこに小さな子どもが立っていたのです。人里から何千キロも離れた砂漠のど真ん中です。まさに驚きとともに、不思議で幻想的な雰囲気がゾクゾクと伝わってきますね。

それがパイロットが星の王子さまと初めての出会った瞬間でした。

このように、『星の王子さま』はその全編がいい意味で実に巧みに構成されて、存在の真実を深く追求せざるをえないような仕組みになっています。

実は、この童話を書き終わった数か月後に、サン・テクジュペリ自身が操縦する飛行機が地中海上空で行方不明になってしまいました。一体何があったというのでしょうか。彼の人生はすべて何か不思議さに満ちていたようです。

いずれにしても、『星の王子さま』は私たち大人すべてへ残したサン・テクジュペリの遺言であると僕には思われるのです。





自己と世界

自己と世界

突然ですが、宇宙の中心はどこにあるのでしょうか?

現在の宇宙物理学では、宇宙の中心はどこにあるかは言えないというのが大体の考えのようです。

でも、それは、いわゆる、“客観的な”考え方です。つまり、自分を含めていろいろなものが存在している宇宙という一つの世界、というか、舞台のようなものを想定して、その舞台の中心はどこであるかと考えているのです。ついでに言えば、自分を含めていろいろなものがそれぞれその舞台のどこに位置しているかを考えるというわけです。

一方、“主観的な”考え方は、要するに、自分がどう思うかということです。ですから、自分が舞台の中心は、たとえば、舞台の中にあるあの松の木の幹の中心だと思えば、そこが舞台の中心であるということであり、舞台の中にあるイスが中心だと思えば、そこが舞台の中心であるということです。

こう考えてみると、主観的な考え方は客観的な考え方に比べると普遍性がないような感じがするのは事実です。実際に、日常的にも、「それは君の主観的な考え方であり、客観性がないよ」などという場面に出会うことが結構あるのではないでしょうか?要するに、主観的な考え方は、単なる“思い“にすぎなく、事実そのものではないということなのでしょう。

では、客観的な考え方は事実そのものに立脚していると言えるのでしょうか? つまり、客観的な考え方だからと言って、その考え方が果たして事実そのものを正しく述べていると言えるのでしょうか? 

たとえば、昔の人は太陽が地球の周りの廻っていると考えていました。昔はそれが、いわば、客観的な考えだと思われていたのです。でも、現代ではその考えは間違っていることが分かっています。バラバラ観も間違った考え方の一つです。けれども、現代でもほとんどの人がその考え方を客観的な事実だと勘違いしています。

このように考えてくると、主観的考え方でも客観的考え方でも必ずしも事実を正しく表すことはできるとは言えないようです。

実は、ここまでが今回のブログの前置きです。僕はこの自分というものと自分が生きる世界とを二つに分けてはいません。ひとつしかないのです。どういうことかと言うと、ここに確かに自分がいるのですが、その自分が、すべての存在を含んで、ずっと世界中、宇宙の果てまで(宇宙に果てがあるのかわかりませんが)繋がっているのです。

俺の世界は俺の周囲を廻る
俺は此処にいる
動かない

これは野口整体の創始者である野口晴哉先生の言葉です。“俺”と“世界”の二つに分かれているのではありません。“俺”と“俺の世界”、つまり、すべて“俺”なのです。

尽十方世界は是れ沙門の全身
(全宇宙が道を修める自己の全身である)

これは昔の中国の長沙景岑禅師の言葉です。何だか大きな悟りを開かなければ分からないような深遠な境地と思われるかもしれませんが、これこそ主観・客観を超えた僕の実感とまったく同じです。

でも、この存在の真実に気がつくのは決して難しいことではありません。誰でも先入観なしに静かに自分とその周りを見回してみれば、自分がこの世界の果てまで広がっているのを容易に感じることができるのです。

本当に誰でも天上天下唯我独尊の存在なのです。





不生で生きる

不生で生きる

盤珪禅師は「親が産み付けたものは、不生の仏心だけである。その不生で一切が整う。だから、とにかく不生でいなさい」と言っています。

「不生」とは “いのち“と同じ意味であり、この世界を顕現し、この世界のすべてを調和し整えるように働いている根源的な力のことです。

では、実際に、不生で生きるということはどういうことでしょうか? タバコ図に似た“世界図”を使って分かりやすく説明してみましょう。

世界図の右側の世界は二元相対的にしか思考することのできないアタマによって認識したバラバラ観に基づいて構築された対立・競争の(タバコ図で言えば、タバコは必要だ。本音でタバコを吸いたいという)世界です。この右側の世界では大まかに3つの道に分かれています。

右側の右は“自分(たち)さえよければ”という思いで生きる道(タバコ図で言えば、“タバコを吸いたいから吸う”という喫煙の道)です。そして、右側の左は“自分(たち)さえよければ”という思いを精神力で抑えながら生きる、言わば、道徳的に生きる道(タバコ図で言えば、“タバコを吸いたいのだがガマンしよう”という禁煙の道)です。そして、その中間で生きる道(タバコ図で言えば、節煙の道)があります。

これに対して、世界図の左側の世界は本来の一元絶対の不可分一体の真実に基づいた非対立・調和の(タバコ図で言えば、“タバコは必要ない。本音でタバコは吸いたくない。だから吸わない”という)世界です。これが“いのち“(不生)が顕現し展開するあるがままの世界です。

「不生(の仏心)で生きる」ということは、世界図の左側の不可分一体、非対立・調和の世界で生きるということです。より具体的に言えば、どんな状況にあっても、本来のありのまま心のままに、不可分一体、非対立・調和の心で生きるということです。

「難しそうだな」と思う人もいるでしょうが、真実は不生の仏心こそが私たちの本来の心なのですから、誰にでもできるもっとも簡単で楽な生き方なのです。

つい身びいきで右側の対立感情(迷い)が出てきても、これではダメだと思ったり、何とかしようなどと相手にしなければよいのです。対立感情が出ても放っておけば、そのうちに消えてしまいます。決して、意志の力で抑えつけようとしたり、コントロールしようとは思わないことです。それでは、いつの間にか世界図の右側の左、つまり、ガマンの禁煙と同じく心と心が格闘することになってしまいます。その結果、自分の本体である不生の仏心を見失ってしまいます。だから、そんな思いは放っておいて、ただ不生の仏心でいればよいのです。

不生の仏心が真実の自己なのです。それは全宇宙とぶっ続きです。だから、自分が不生の仏心でいることで一切が整うようになっているのです。

不生の仏心が発動したものが生きとし生けるものに対する親愛の情・真心です。ですから、真心丸出しで生きていくことこそが自分自身にも周りの人にも全世界の生きとし生けるものにも真の幸福をもたらすのです。

ノンスモーカーは、タバコに関するかぎり、努力することもなく不生で生きています。このように、不生で生きるには、ただ不生でいればよいのです。




ただやる それだけだ

ただやる それだけだ

今回は特別に長文の原稿を掲載します。この文章は12月の整体セミナーの最終日にあった出来事に対して僕の感想を述べたものです。

そのセミナーの2日目と3日目に参加した方々にはすでにこの文章をメールに添付して送っています。参加しなかった方々には状況がよくの呑み込めないところもあると思いますが、とても重要なテーマだと思うので、年の締めくくりの意味とともに、新しい年の新しい出発に向けての研鑽資料としてお読みいただければと思います。


ただやる それだけだ。「ただ」は「無心で」ということです。この場合の無心の「心」とは「アタマ・思い」ということです。「ただやる」とは、言い換えれば、「不生でやる」ということです。ただやる、それだけなのです。

僕は大学生の時まではケチな根性のかたまりでした。学校で何かの役を選ぶという時などにはいつもイヤなことはやりたくないと逃げてばかりいました。ある役に選ばれても、いつもイヤだなあと思いながらやっていました。家の仕事の手伝いも同じでした。いつもゴネてばかりいて、やらないで済ましていました。結局は、母や姉や兄が代わりにやっていました。まったくダメな自分でした。それでも、親も兄弟たちもそんな僕のことを仕方のない子と思いながらも、愛情深く可愛がってくれたのです。でも、それに僕は甘えてばかりいたのです。今思い出しても自分が情けなく、家族のみんなに本当に申し訳なく思います。そして同時に、そういう家族みんなの愛のおかげで、なんとか今の自分があるのだなあといつも思っています。

大学を卒業して、22歳でしたが、和田重正先生の本を読んだり、先生が主宰される集いや合宿に参加するようになりました。何がきっかけだったかは忘れてしまいましたが、僕は突然「こんな自分ではいけない」とこころから思いました。そして、一気に生き方を180度転換したのです。そのように決心した瞬間、それまでの重苦しい気持ちが消え、とても軽やかで爽やかな気持ちになりました。それからは、いろいろな役を積極的にやるようになりました。

例えば、大きな公開場で500人ぐらいの聴衆の前で講演をしたり、友人たちの結婚式の司会進行を自ら手を挙げてやらせてもらったり、和田先生のところに集まってくる若い人たちの集いでも司会を率先してやったりしました。また、「まみず」という人生雑誌にも何度も投稿して、それが掲載されました。でも、それらは決して「自分にはデキる」という自信があったわけではありません。実際、それらの講演や司会が上手にできたとも思いませんでした。でも、そんな気持ちが僕の積極性を妨げることはありませんでした。自分を成長させるためにやるという気持ちもまったくありませんでした。ただやったのです! それ以外の何ものでもありませんでした。

そうは言っても、僕の内面は依然としてあい変わらず、とても内気の恥ずかし屋だったのです。でも、当時僕に出会った人たちは僕のことを「とても爽やかで明るく積極的な青年だ」と思っていたようです。そのくらい僕の生き様が変わったのです。そして、そうして、いろんなことに積極的に関わっているうちに、体験を通して少しずつうまくできるようになってきました。それが今日まで続き、僕なりには成長してこられたのだと思います。

ただ、内面的には、真実の自己、真実の生き方という点では、どのように工夫しても解決がつかず、悩んでいました。このように言っても、二重人格的に生きていたということではありません。内面的な悩みが僕の外面的な生き様に影響を与えることはまったくなかったと思います。今考えると、むしろ、内面的に悩みがあっても、外面的に明るく積極的に生きる生き様は正しかったと思うと同時に、そういう生き様をしていたからこそ、内面的に決定的に行き詰ってしまった時に、人生最大の思いがけない気づきがあったのだと思います。そして、その気づきと相まって、それまでの生き様がさらに発揮されるようになったのだと思います。


さて、今回の整体のセミナーの最終日の午後のセッションには僕は参加できなかったのですが、後でそこで起こったことについて奈央先生とエリカさんから聞きました。以下、僕の感想を述べてみたいと思います。その中にとても重要なことがあるので、セミナーのまとめとして、また、ぜひ今後よい人生を歩んでいく糧・ポイントとしてほしいと思います。

状況は僕には正確には分かりませんが、大まかには、普段セミナーに参加していない奈央先生の甥の秋秀が会場に入って来た時に、奈央先生が「秋秀にクンバハカを指導して伝えられますか? 誰がやりますか?」というような問いかけをしたところ、その問いかけに対して、誰も手を挙げなかった、あるいは、答えなかった、それで奈央先生がみなさんをとても強く叱ったというようなことであると聞いています。

もしかしたら、その時、奈央先生は怒っていたのかもしれません。でも、たとえ、そうだとしても、それを責めるつもりは僕にはありません。問題としなければならないことは、奈央先生が何に対して怒ったかということです。自然農法の創始者である福岡正信先生はしょっちゅう「みんな一番大切なことがちっともわかっていない」と怒っていたそうです。

実は、この午後の出来事を聞いて、僕自身は怒ることはまったくありませんでしたが、正直「やれやれ」と思いました。何が「やれやれ」なのかというと、「まだ本当のことが分からないのか」という思いです。

このところ、ブログに何回も書き、また、今回のセミナーでも「自覚のセミナーの締め」ということで、和田先生や盤珪禅師の存在の真実の開悟の体験談を読んだりしながら、不生、あるいは、不生の仏心ということをこころを込めて説明してきたにも関わらず、皆さんがまだアタマの人であるということを認めざるをえなかったからです。

もし仮に、その場に大学生以前の僕が参加していたとすれば、やはり、皆さんと同じように手を挙げなかったと思います。それは、それまで僕の中に濃厚にあったケチな根性のためです。でも、180度生き様が転換した22歳以降の僕であれば、躊躇なく、すっと手を挙げていたと思います。

セミナーの最終日の午後には、皆さんの気持ちは僕のようなケチな根性はなかったのだと思います。でも、皆さんの気持ちを推測すると、おそらく、次のような思いのどれかがあったのだと思います。

うまくやれる自信がない。

自分なんかでいいのかなあ?

自分より上手に教えることができる人がやるほうがよいのでは?

自分がやってもよいのだが、若い人たちに指導の機会を与えよう。

その他にもいろいろ思ったことがあるかもしれませんね。それらのどれかの思いが手を挙げるのをためらわせたのだと僕は推測しています。

でも、それではまるっきりダメなのです。

それはいつもアタマで生きているということです。アタマの人であるということであり、不生の人ではありません。

皆さんに僕のようなケチな根性があったとはまったく思いません。善意でそのように思ったということなのでしょう。でも、不生の人であれば、誰でも、何か思う前に、すっと手を挙げるのです。

自信がない、できるかな、もっと上手にできる人がやるのがよい、若い人たちに機会を与えたい、などなど、それは不生の仏心ではなくアタマの思いなのです。だから、そこで不生の気の流れがストップしてしまい、全体の気が何とも言えず沈んでしまうのです。沈んだ気は邪気です。

不生(の仏心)で生きるということは無心、無邪気、素直に生きるということです。できる、できない、うまくできるかなどという考えなどまったく関係ないのです。愉気で言えば、思わず手が必要なところに行って気が流れるのです。これが不生の仏心のハタラキの好例ですが、生きることのすべてが不生の仏心で自ずから整うのです。この世界は本来大安心の世界なのであり、アタマでいろいろ考えて生きるのでなく、不生の仏心でスイスイと生きていけばすべてがうまく行くのです。

和田先生は「ここが極楽というのではなく、極楽はここだ」と言っています。その意味は「極楽はどこかにあるというものではなく、極楽とはこの世界のことだ」ということでしょう。

つまり、世の中にはいろいろなことが起きているが、何が起きようと、それぐるみこの世界はそっくり極楽なのである、ということです。それは、この世界では何も心配することはないのであり、たとえ何かが起きて心配したとしても、その心配ぐるみ大安心の世界だということです。

不生でいれば、「誰がやりますか?」と問われた時には、できるかどうかなどと考える隙もなく、“思わず”手を挙げ、同時に、即「私がやります」という言葉が出てくるのです。後は、できるかどうか、自信がないなど考えもせずに、ただただ、相手のことを思い、実際にやりながら、できるように、できるようにやるだけです。気持ちとしてはそれだけです。余計な思いは微塵(みじん)も出てこないのです。

やってみて、思うようにできないこともあるでしょう。でも、そういうことばかりアタマで考えてから、やる・やらないの判断や決断をしているようでは、どこまでもアタマの人として,かすんだ妄想の世界の中で生きていくことになります。

ついでに言えば、みなさんが手を挙げて「やります」と言っても、実際に誰がやるかは、この場合には奈央先生が指名するのでしょう。あるいは、「では、誰がやるかみなさんで決めてください」と言われれば、ジャンケンするなり、話し合って決めればよいのです。ただし、「とても自分なんか」と最初から逃げ腰ではダメです。いつでも「自分がやる」という気持ちで、ジャンケンするなり、話し合うのです。アタマで考えるのは、必要であれば、それからでいいのです。

僕がこれまで赤城での整体のセミナーに参加して、毎回感じてきたことは、「ほとんどの皆さんが輝いていない。気が出ていない」ということでした。それはアタマの人だからです。アタマのいろいろな思いに振り回されて本来の自分を見失ってきたからなのです。だから、愉気をしている姿を見ていても、ほとんどの人から明るい爽やかな気が出ていないのです。そういうことで、これまで僕はセミナーに何回も参加していても、皆さんから愉気をしてほしいという気持ちが一度も出てこなかったのです。おそらく、奈央先生も同じだと思います。

だから、どんな時でも、不生の仏心一つで生きていればよいのです。何でもできる! 何でもやる! 何が起ころうとも「よしきた!」と受け止める。ひたすら、冷静に、そして、積極的に生きる。それで死ぬまで生き切るのです。

そのように不生の仏心で生きようと決定すれば、すべてが明るく爽やかな方向に転換します。それは今までの生き方から見れば、難しいことのように思えたかもしれませんが、真実はまったく難しいことではありません。「ただ、それしかない。それだけだ」ということを明らかにして、そう生きようと決めればよいだけなのです。

みなさんはこれまでセミナーやブログでいろいろと存在の真実について理解されていると思います。それで、雰囲気もずいぶんよくなり、精神的にも成長されてきたことを僕はとても喜んでいます。

でも、最後の一線というか、一番大切な一線を越えなければ、本当に生きていることは素晴らしいという人生にはなりません。その一線とはどこにあるのか? 実は、どこにもないのです。それが分かった時に、あなたは不安な世界から何があっても大安心という光り輝く世界に飛び出ている自分を見出すでしょう。そして、自分自身がどこまでも光り輝く存在だということを見出すでしょう。

繰り返しになりますが、それはどこかにあるのではありません。この世界、この自分こそが、すでにそうなのです。それをこれまでアタマを通して見ていたために、見失っていただけなのです。

だから、「ただ、そうだったのか」と認めればよいのです。その瞬間に、実際に、本当の世界、本当の自分はいまここにあるということに気づくでしょう。盤珪禅師も和田先生も同じことを言っています。だから、迷いに迷ったあげくに、この真実に気がついた人は、その途端、思わず大笑いしてしまうのです。「何だ! もともとそうだったのだ。これほど簡単なことにどうして気がつかなかったのだろう。何て見当違いの所に求めようとしてきたのか」というわけです。

ここまで読んできて、もうすでに皆さんは真実に気がつかれていると思います。ただその真実に決定して生きればよいのです。何も失うものはありません。得るものばかりです。ですから、何も恐れることはありません。

ただ、明るく楽しい気持ちでそう生きようと決めればよいのです。そうすれば何があっても、どんなことを言われても「よしきた。やるぞ」という不生の仏心で生きていくことが出来ます。それが腹の人です。簡単なことです。あなたが「そうしよう」と思いさえすればよいのですから、誰にでもすぐにできます。

ついでに言えば、不生の仏心とは感情的でなく、ただ冷静な心という静的なものではありません。不生の仏心とは、感情的でなく冷静ではあっても、それだけでなく、動的・ダイナミックな無限のエネルギーであり、愛そのものであり、すべてを整える麗明なハタラキなのです。だから、自分の小さなアタマであれこれ考えを巡らすのではなく、不生の仏心、本来の気の流れに素直に沿って生きればよいのです。愉気も大安心の中、不生の仏心でやってこそ、“よい”愉気となります。

奈央先生がみなさんを強く叱ったのは「これまでこれほど話をしてきたのに、まだ、そんなところで生きているのか。情けない!」というこころの叫びなのです。強く叱られれば、普通の人はイヤになるのでしょうが、奈央先生のこころの奥が読み取れる僕には、表現の仕方はともかく、奈央先生の気持ちはよく分かるのです。僕もまったく同感です。

みなさんが不生の仏心でいて、お互いに本当に透明でツーカーの爽やかで明るく爽やかな生き方に転じればそのように叱るはずもありません。

存在の真実に気づき、生き方が転換すれば、ひとりひとりが輝いた存在・真人類になり、その人がいるだけで周りが輝いてきます。そうすれば、気を出そうなどと思わなくても、よい気が互いに巡り合うようになるのです。

どうか、不生の仏心でさっと動ける人になってください。そうしていけば、まず自ずと放つ気が変わり、周りも変わります。すべてが自然によい方向に変わっていき、それがますます大きな流れになっていきます。それがネホサでもあります。


うまくやれる自信がない。: では、いつになったら自信が出るというのですか?

自分なんかでいいのかなあ?: この世界ではいつもあなたが主人公として生きていくのです。

自分より上手に教えることができる人がやるほうがよいのでは?: それではいつまでたってもできるようにはなりません。ずっと死ぬまで負け組として、亀の子として生きていくことになります。そんな人生でよいのですか?

自分がやってもよいのだが、若い人たちに指導の機会を与えよう。: いかにももっともらしく聞こえますが、それがダメなのです。そんな余計なことを考える前に、自分が率先して範を示せばよいのです。その気が周りに伝わり他の人を触発して真の生き方に目覚めさせるのです。それしかないのです。


最後に、勝手な、また、失礼な言い方ですが、次回のセミナーでは、僕が「あの人にぜひ愉気をしてもらいたい」と思うような人にみなさんなっていてほしいと思います。それが新年に懸ける僕の夢です。

もっとも、「アンタなんかに愉気はしたくない」ということであれば仕方がないのですが・・・。
僕はそんなことを思いながら、セミナーで話したり、ブログを書いているのです。

いまここで、みなさんが真の自己、真の人生に目覚めて、来年初めのセミナーには、明るく爽やかで積極的な不生の人として参加されることをこころから楽しみにしています。





2018年の師走に

2018年の師走に
(奈央さんのブログから)

クリスマスを迎え、今年もあと一週間ほどになりました。

104歳の母が今年の7月に亡くなりました。
母のケアでは本当に多くの方にお世話になりました。

喪中ですので、新年の年賀状は失礼させていただきます。

お手紙をお出しできなかった方に、
ここでご挨拶させていただきます。

・・・・・・

母 両角千鶴子が7月7日、104歳で旅立ちました
家族に見守られ自宅で笑みを浮かべ安らかな死でした

教え子を戦場に送りだした苦しい体験から
再び戦争の無い社会作りに生涯を貫いた人生でした

皆様のおかげで母の人生は幸せでした
ありがとうございました

皆様良いお年をお迎えください

平成30年12月 野村 昇平,  奈央

・・・・・・

母の葬儀の際には、何人もの方から心のこもった弔辞をいただきました。
その中から前橋キリスト教会、荒川雅夫牧師様の弔辞をご紹介させていただきます。


<別れの言葉 ~両角千鶴子先生を送る>

先生は15年以上前に、憲法9条を守る会を結成するために尽力し、ついに発足しました。

・ 戦争を反対する思いの人々を会員として集めること
・ 集会を毎月定期的に実施して会員相互の交わりと互いの研鑽をすること
・ 反対の意思を集めて全国的な運動とするために署名を集めること
・ 群馬県内において、日本国内においての各地の反戦平和運動のために協力すること

この大切な使命を推進するために、両角千鶴子先生は立ち上がります。すでにかなりのご高齢でしたが、常に先頭に立って、会員を集め、指導し、励まし、推進してきました。

晩年は会合に参加できなくても、両角先生の存在が9条を守る会のメンバーに大きな励ましとなり、影響を与え続けてきました。

この大きな使命に生きるようになるために生き、歩み、教え、導き、継続され続けたのかを思い返したいと思います。

先生の原点は小学校教師であったという事です。日本が15年戦争、ことに太平洋戦争は、国民に多大の犠牲を強いるというよりも、想像を超える苦難を強いました。

この戦時下の教師として生きた先生は、子供たちを戦場に送る困難な責任を果たさなければなりませんでした。好ましくないことにも児童生徒を訓練し、戦争へと駆り立てる時代に立たされ、平和を志向する教師としての苦悩は、想像を絶する苦難であったでしょう。

だから戦後になり、戦前・戦中の苦難を思い起こし、乗り越えるために平和のために生涯を捧げつくしました。数多くの平和運動に身を投じたのです。おりしも、国内では憲法を守るための運動が推進されてきましたが、憲法9条を守る会が発足し、全国に訴えられたのを契機に、先頭に立って行動してきました。

前橋市でも会を発足しました。
私は前橋キリスト教会牧師として先生と一緒にこの使命を共にして立ち、戦ってきました。国家が国家の命令によって人を殺し、他国を占領することは決して許されることでありません。日本の使命は、日本国憲法の崇高な責任を果たすことであり、憲法を学び、憲法に生き、憲法をしっかりと世界と日本に伝えていくことです。

聖書に「よくやった。良い忠実なしもべよ。貴女は小さなことに忠実だったから、わたしはさらに多くのものを与えよう」と言われています。

キリストの使徒パウロは「私は走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通した。今からは私に義の栄冠が待っているだけだ」と最後のことばを残しました。
 
先生の生涯の全てが、残された私たちへの偉大な遺言であり、ご命令でもあると思います。
「平和のために生涯を尽くしたことほど幸福はない」と語っております。
人生は出会いで決まる、と言われていますが、先生と出会えたことは最上の幸福の道でした。

遺されたご遺族の皆様の上に心からお慰めをお祈り致します。

2018年7月12日 
前橋四中憲法9条を守る会 会長  荒川 雅夫

・・・・・・・・・・・

母は、平和を心から願っていました。

2007年に「国の理想と憲法 『国際環境平和国家』への道」(野村昇平著)が出版された時には大変喜んで何度も読み返し、本には沢山の線が引かれていました。
 

平和憲法を活かすこと。
そして世界中にそういった国が出現してくることを、心の底から願っています。

今年はたくさんの自然災害も起こりました。
そんな中でも、いろいろなことがあっても、それぞれの方が前向きに取り組んでいった変化の年でした。

来年もさらに「不生の仏心」真心いっぱいの良い年になりますように。

今年も一年間、ありがとうございました。 




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